第6話 まさか普通の治癒師は腕を生やせないのか?
「ゼノス、暇だね…」
リリが受付カウンターで頬杖をついて言った。
開業から数日が経過したが、廃墟街という場所柄、人通りがなく、客足は皆無だ。
「いいじゃないか。おかげで掃除がはかどった」
ゼノスは綺麗になった室内を眺めて満足そうに言った。
初めて自分の居場所ができた気がして、なんだか感慨深い。
まあ、レイスに間借りしている身分ではあるが。
椅子にちょこんと座ったリリが不安げにつぶやいた。
「そうだけど……リリがお外に行って宣伝してこようか?」
「あまり宣伝すると、すぐに当局に目をつけられるからなぁ」
この国では、王立の治療院が絶大な権力で地域の治療院を管理している。仕事が始まる前から目をつけられると厄介だ。
「でも、このままじゃお客さん来ないよ?」
「心配するな。多分、そろそろ来るはずだ」
「そうなの?」
リリが顔を上げると同時に、入り口の戸がゆっくり開かれた。
「闇ヒーラーのゼノスの治療院はここか?」
男が顔を覗かせ、リリが慌てて走っていった。
「わっ、本当に来た。いらっしゃいませ……って、あれ? この人、見たことがある」
それは、前に定食屋で大やけどを負っていたリザードマンとの混血の男だった。
奥のゼノスが、男に声をかける。
「やっぱり来たな」
「俺が来るとわかっていたのか」
「あんたは上級火炎魔法で火傷を負っていた。そんな奴は一般人じゃない。そして堅気じゃない奴は、普通の治療院には行けない事情を色々と抱えているもんさ」
貧民街で暮らしていた時に、知ったことだった。
金がなくて治療院に行けない者がいる。
そして、金があっても表に出れない者もいる。
闇ヒーラーの出番はそういうところにある。
男はゾンデと名乗った。
「時間がかかっちまったが、あんたを探してたんだ。廃墟街を探索して正解だったな。今日は俺の姉を診てくれないか」
ゾンデが呼ぶと、後ろから若い女が現れた。腰までの黒髪で、目力の強い美しい女だ。
ゾンデと同じくリザードマンとの混血で、額の一部に鱗がついている。
「先生は凄腕の治癒師だと弟に聞いている。診てくれるかい?」
「凄腕かはわからないが、もちろん診させてもらう」
「銃で腕を撃たれてね。それから調子が悪いのさ」
席についた女は、服をはだけ、右腕を出した。
肩から指先までが網目状に青紫色に変色している。
「ああ、これは魔法銃だな。毒の特殊効果が付与されていて、体内に残った弾が周りを腐らせていく」
「見ただけでわかるのかい?」
「昔実験台にされかけたことがあってな」
犯人はアストンだ。
新しい武器の研究と俺の治癒魔法の訓練とか言っていたが、今思えば絶対あいつの暇つぶしだ。
「それはひどい奴もいたもんだね」
「まったくだ。いつか思い知らせると今決意した」
「で、治せるかい?」
「撃たれて一時間以内なら、弾を取り出せば勝手に治る」
「もう十日はたっているんだけどね」
「だったら、その腕はほとんど死んでいるな。毒が他にまわる前に切り落としたほうがいい」
「そうか……仕方ないか。お代は幾らだい」
諦めたように嘆息する女に、ゼノスは言った。
「百万ウェンだな」
「なんだと!?」
姉の隣に座っていたゾンデが大声で立ち上がった。
「腕を切るだけで百万ウェンだって? いったいどういうつもりだ」
「まあ、待ちなよ、ゾンデ。しかし、随分とふっかけるねぇ、先生。あたしが疾風のゾフィアと知っても同じことが言えるかい?」
女は弟を制して、長い足を組んだ。
疾風のゾフィア。
リザードマンの盗賊団を率いる、貧民街の顔役の一人だ。
悪徳商人から金を奪って、一部を貧民に還元する貧民街の英雄でもある。貧民出身のゼノスも当然聞いたことがある名前だった。
これは、いきなり随分な大物がやってきたものだ。
「腕を切るだけで百万ウェンをふっかける、あたしが納得する理由を教えておくれよ。さもなくば——」
「あのな、誰が腕を切るだけだと言った? その後、再生させないと意味ないだろ。再生は結構疲れるんだよ、もうただ働きはごめんだからな。相手が誰だろうが、労力に見合った対価はもらうぞ」
「……は?」
ゾフィアは口をあんぐりと開ける。
「な、何を言ってるんだい。腕を再生する? そんな治癒師聞いたことがないよ」
「え? 他の治癒師はできないのか? 冗談だろ?」
なんせ正規教育を受けていないので、常識がわからない。
アストンのパーティにいた時は、そもそも怪我をさせなかったので、使うことは滅多になかったが。
ゼノスは信じがたい顔をしたままのゾフィアの肩に手をかざした。局所に自動回復魔法をかけ、痛みをとりながら、腐った腕を落とす。次に防護魔法で出血をおさえながら、再生魔法の多重発動で、傷口の再生を万倍に加速する。
「はい、終わり。ああ疲れた」
雑な作りで良ければすぐにできるが、寸分違わず元通りとなるとそれなりに神経を消耗する。
「……心底驚いたね。こんな治癒師初めて見たよ」
すっかり綺麗になった腕を眺めて、ゾフィアは目を丸くした。
弟のゾンデも驚愕の表情を浮かべていたが、ふと顔を上げて言った。
「お、おい、あれはなんだ?」
指先は、天井を指さしている。
そこからレイスのカーミラが半透明の顔を覗かせていた。
「あれか? 同居人のレイスだ」
「レイス!? レイスが同居人だと?」
ゾンデが驚嘆の声を上げると、レイスのカーミラは舌打ちをして、二階に消えていく。
「ちっ、失敗して死ねばよかったのに……ああ、命が欲しい」
「おいおい、だいぶ不吉なこと言ってるぞ」
「気にするな。根はいい奴なんだ」
「絶対違うだろ?」
ゼノスとゾンデのやり取りをみて、ゾフィアが大笑いする。
「あっはっは、先生はすごいし面白いね。今後もうちの者がお世話になるよ。勿論きっちり金は払うからさ」
ゾフィアはそう言って、上機嫌で出て行った。
誰にも知られていなかった治癒師ゼノスの名は、こうして水面下で少しずつ広がっていくのだった。
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