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第40話 一方、女湯では

「え、なに?」 

 

 隣の女湯で、青い髪の少女が辺りをきょろきょろと見まわした。


 今、どこからか叫び声が聞こえた。

 確か男湯のほうだった気もするが――


「せっかく人が少ない宿を選んだのに、変な人がいたら嫌ですね……」


 眉をひそめた少女は、脇に置いた眼鏡をかけて、男湯との仕切り壁を見つめた。


 だが、その後は何事もなかったかのような静寂が訪れ、ほっと息をつく。 

 少女はくもった眼鏡を外して、濡れた手で顔をぬぐった。 


「それにしてもベッカー先生に言われた往診先がフラム温泉郷だなんて……」


 彼女の名はウミン。

 王立治療院に属する治癒師だ。  


「疲れが顔に出てたんでしょうか。有難いけれど、先生に余計な気を遣わせてしまいました……」

 

 ウミンは頬を押さえて、嘆息する。

 一度体を冷まそうと湯から上がり、洗い場脇のベンチに腰を下ろした。 

 満天の星を見上げて、ぼんやりと思索にふける。

 

 今、ウミンには二つ気がかりなことがある。


 一つは、王都のどこかにいるかもしれない特級クラスの治癒師のこと。

 そして、もう一つは――


「まったく、淑女として恥を知れ」


 後ろからの声で、ウミンの思考は中断される。

 金髪の女が、肩を怒らせながらウミンの脇を通った。


 青い瞳で、美しい横顔をしている。 


 後に続くように、長い黒髪の女と、獣耳を生やした女、それにやや上背のある女が入ってきた。


「あんたに言われたくないさ、クリシュナ。それにしても先生はつれないねぇ」

「きっと照れてるのだとリンガは思う」

「我の美しい裸体をもっと披露したかったのに残念だ」


 三人はぼやきながら、露天風呂へと向かっていく。


 ――亜人……? 


 ウミンは首を傾げた。


 別に亜人自体は珍しくない。

 王都の、特に貧民街に行けばいくらでもお目にかかれる。


 ただ、一般に亜人は種族の仲間意識が強く、他種族とつるむのは稀なことだと思っていた。

 それが仲良く同じ湯につかっているのだから、ちょっとした驚きである。

 湯けむり漂う露天風呂の雰囲気も相まって、なんだか夢でも見ているような気分だ。 

 

「こんなこともあるんですね」


 感嘆しながら眺めていたら、リザードマンと思われる女が振り向いた。  


「ん、あたし達に何か用かい?」

「あ、いえっ、すいません。何でもないです」

「ふぅん、そうかい」

 

 慌てて首を振ると、女は特に興味なさそうに湯に肩までつかる。


「おそらく我の完璧なプロポーションに目を奪われたのだろう。女をも魅了するとは罪な体だ」 

「その自信がどこからくるのかリンガは時々不思議だ」


 オークの女に、ワーウルフの女が突っ込んだ。

 しかし、言うだけあって見事なスタイルをしている。


「いいなぁ……」


 声のほうを見ると、ブロンドの髪の女の子がいた。


 ――わ、可愛い……。

 

 子供のエルフだ。

 エルフは北方に棲む希少種族で、この辺りで見かけることは比較的珍しい。


 思わず愛でたくなるような可愛らしい少女は、しかし、自身の胸に両手をぺたんと当てて溜め息をついた。

 

「リリもあれくらいの体なら、自信をもって男湯に突入できたのに……」

「え……突入……?」


 可憐な見た目の割に、なんだか不穏な発言をしている。 


「ゾフィアさんもリンガさんもレーヴェさんもクリシュナさんも、みんな胸が大きい……。リリは……ない……」


 遠い目をした少女の視線が、ふとウミンを向いた。 

 息を呑む可愛さに、ウミンは思わず顔の前で小さく手を振る。


 しかし、少女の目はウミンの顔というより、もう少し下に向いている気がする。

 しばらくこちらを見た後、エルフの子はにやりと笑って手を振り返した。 

 

「……あれ? 今、もしかして仲間と思われました……?」


 ウミンは反射的に自身の胸に手をやる。 


「悲観するでない、リリ。貴様の成長はこれからじゃ。それにゼノスは別に胸で選んだりはすまいよ」


 今度は、少女の向こう側から声がした。

 奥に誰かがいるようだが、眼鏡を外しているのと湯煙で良く見えない。


「そうだけど……」

「更に言うと、大きいのが必ずしも好まれるとも限らんぞ」

「そうなの?」

「くくく……子供には理解できぬ深い世界があるのじゃよ」

「深い世界……!」


 奥の人物は、いたいけな子供によからぬことを吹き込んでいる様子だ。 

 エルフの少女は、ふと思いついたように言った。


「ところでカーミラさんは、霊体なのに温泉に入れるの?」

「くくく……細かいことを気にするでない。大事なのは気分じゃ。この開放感と湯煙をわらわはたっぷり堪能しておる」

「あれ……?」

「なんじゃ?」

「カーミラさん……体がいつもより薄くなってる」

「ほう……。極楽すぎて、昇天しかかってるのかもしれんの」

「ええっ、困るよぅ」

「おお……消える……消えるぞ……わらわが……消えていく……」

「はわわわわわわ、わーっ」

「……くくく、冗談じゃ。ちょっと薄くなってみただけじゃ」

「び、びっくりしたよぅ、もぅ」

  

「あ、あのっ、どうしたんですかっ」


 エルフの少女が急に騒ぎ始めたので、ウミンは急いでその場に向かった。

 少女は安堵した様子で口を開く。 


「あ、大丈夫です。一緒にいる人がちょっとふざけただけで」

「え……?」


 ウミンの目が奥の人物にくぎ付けになった。

 その人物は、頭にタオルを乗せて鼻歌を歌っていた。

 しかし、体は半透明で、どう見ても生身の人間とは思えず―― 


「ま、まさか……レ、レイス……?」


 次の瞬間、ウミンは大声を上げた。  


「わっ、わわわっ。な、なんでこんなところに最高位のアンデッドが……!」


 慌てて治癒魔法の詠唱を始める。

 アンデッドには回復魔法が効くとは言われているが、自分の魔法がレイスにどれくらい効力があるだろうか。

 どうしたら、ここの人達を守れるのか。

 

「ありゃ、いかん。他の客がおったのか。一旦退散するかの」


 しかし、魔法の発動前に、レイスはふわりと浮いて、男湯側の壁の奥に消えていった。


 少しして、男湯側から声が響いた。


「カーミラ、次はお前かぁぁ!」

「まあよいではないか、ゼノス。諸事情あって一時避難じゃ」

「一人静かに入らせろよぉぉ。成仏させるぞぉぉ」

「気が立っておるのぅ。ほれ、かけ湯をしてやるから落ち着け」


「な、なんなの……」


 ウミンは呆然としたまま、男湯の壁を見つめる。

 だが、特に亜人達が驚く様子もない。

  

 その場に立ちすくんだまま、ウミンは静かに頭を抱えた。


「夢……? 私、やっぱり疲れてますね……」

見つけてくれてありがとうございます。

気が向いたらブックマーク、評価★★★★★などお願い致します……!

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― 新着の感想 ―
[一言] リリとウミンはナカマ~
[一言] その夢、醒めないらしいですよ、お嬢さん
2022/01/26 01:02 退会済み
管理
[気になる点] 既にタイトルの出来事を終えてこれからどう展開するのか。 [一言] 既にハーレム感出てきてますが、展開を工夫されないと数多あるハーレム物に埋もれちゃう気がします。ヒーラーが最強?小説とい…
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