第4話 闇ヒーラーは物件にレイスがいても気にしない
「ゼノス、本当にここで開業するの?」
「ああ、そのつもりだ」
定食屋を出たゼノスとリリは、夜の街並みを歩いていた。
まだ深夜とは言えない時間帯だが、周囲に人の声はなく、耳に届くのは犬の遠吠えくらいだ。
荒れた道の両脇には、朽ち果てた家屋が並んでいた。
リリが恐る恐る辺りを見渡す。
「全然、人がいる様子がないけど」
「ここは廃墟街だからな」
ハーゼス王国の王都は、王族の住む宮殿エリアを中心に、貴族の住居が並ぶ特区、その周囲に市民が住む街区、さらに外側には貧民街が転々と連なっている。このエリアは街区と貧民街の間にある地区で、かつて疫病が流行ったことで廃墟となった場所だった。
「どうしてこんなところで……?」
「もぐりの営業を、街中で堂々とやるわけにはいかないだろ」
「なるほど、ゼノス賢い」
「あとは単純に家賃の問題もあるけどな」
アストンは報酬をほとんど分け与えてくれなかったし、手切れ金もリリを買いとるのに使ってしまったため、手持ちは残りわずかだ。そもそも貧民出身のゼノスは、まともな不動産契約もできないが、ここなら幾らでも建物が余っている。
二人は建物を見て歩き、比較的原型が保たれている家を見つけた。
「じゃあ、中を見てみるか」
「うん……」
リリは不安げにゼノスの袖をぎゅっと掴む。
「どうした、怖いのか?」
「だって、お化けが出そうだから……」
お化けというのは、決して架空の存在ではない。
大昔に滅んだ魔王の残り香が、今も世界に影響を与えており、実際ゴーストやゾンビ、グールといった魔物が誕生するのだ。
「リリ知ってる。こういう人がたくさん死んだところは、魔物が生まれやすいって。特にレイスなんかがいたらもう終わりだもん……」
「レイス?」
「アンデッド系の魔物の頂点にいる魔物。見た目は人間みたいだけど、触れるだけで相手の命を奪って、配下のゴーストにするんだって」
怯えるリリと足を踏み入れると、中は当然のごとく真っ暗だった。
「<発光>」
リリがそう言って手をかざすと、淡い光が周囲を照らした。
「リリは魔法が使えるのか」
「簡単なのだけ」
子供でも魔法が使えるとは、さすが膨大な魔力と魔法の才能を持つと言われるエルフだ。
「わああぁぁぁぁ!」
直後、リリが絶叫した。
明かりを向けた部屋の中に、黒髪の女がいたのだ。
顔は美しいが、瞳の奥はどこまでも深い闇で、全身がうっすら透けている。
その全身から禍々しいオーラがあふれ出していた。
「久しぶりの命……よこせ、よこせ……っ」
「ゼノス、レイスだ。レイスがいる!」
「あぁ、やっぱり先客がいたか。この建物が一番居心地がよさそうだもんな」
「ゼノス、そんな悠長な……」
魔物は唇を引き上げ、襲い掛かろうと空中に浮かび上がった。
「<治癒>」
「ぎゃああああっ」
「え?」
リリがまばたきをすると、レイスの腕から先が消滅していた。
ゼノスは落ち着き払って言った。
「なんだ、これがレイスか。だったら百体くらいは倒したことがあるぞ」
アンデッド系の魔物は回復魔法に弱い。
回復魔法の特訓で、昔は一人で墓場に出向いて、よく遭遇したものだ。
「レイスは一度会ったら終わりって聞いたのに……百体?」
リリがぽかんと口を開く横で、ゼノスはレイスに向かって言った。
「悪いけど、この建物が一番具合が良さそうなんだ。なるべく邪魔はしないから、間借りしてもいいか?」
「貴様、何を言っている。さっさとその命を……!」
「<治癒>」
「ぎゃあああっ」
「あ、すまん。襲ってくるからつい。悪気はないんだ」
「ぐおおおっ」
レイスは顔を怒りにゆがめ、再生した両手を掲げた。
その全身が膨れ上がり、黒いオーラが天に向かって放たれる。
「許さぬぞっ。この死霊王カーミラを怒らせた人間は初めてだ。ここら一帯にいる配下のゴーストを全て呼び寄せてやる」
「うーん……できれば静かに間借りしたかったが……」
ゼノスは肩をすくめて、片手を前にかざした。
「<高度治癒>」
ごうっと光の輪がゼノスの周囲を巡り、それが弾けて八方に散らばった。レイスの呼びかけに集まったゴーストが、細い断末魔の悲鳴を響かせて一瞬で消滅する。カーミラと名乗ったレイスは、あっけにとられた顔で叫んだ。
「……な、なんだっ。貴様はなんなんだっ」
「しがない闇ヒーラーだが。いや、本当に悪い。治療用の部屋と寝室、あと浴槽だけ使わせてもらえればいいから」
拝むように言うと、レイスはやがてひゅるひゅると小さくなり、すぅと天井を抜けて二階に消えた。
「……い、一階は好きに使うがいい。だが、二階はわらわの部屋だからな」
「勿論だ、感謝する。やったな。リリ」
「リリ、喜んでいいのか悲しんでいいのかわからない……」
こうしてゼノスは、ひとまず物件(レイス付き)を手に入れることに成功した。
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