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第335話 脅威と勝機【前】

前回のあらすじ)魔王と勇者パーティの戦いが始まった

 魔王城の一室で始まった戦いは、既に半刻を迎えようとしていた。


 爆炎と轟音が絶え間なく戦場を満たし、最終決戦を派手に彩っている。


 空間が複雑に入り組んでいるのか、いつの間にか戦闘の舞台は魔王城の頂部とも思われるドームのような場所に移動しており、灰色の空が真上に広がっているのが見える。


「ここなら邪魔は入らない。存分に遊べるぞ」


 魔王ハデスは淡々と言った。おそらく魔王が許可した者しか入れないような仕掛けがあるのだろう。無数のレッドドラゴンが上空を舞っているが、それらも近づいてくる様子はない。邪魔が入らないのはありがたいが、それだけ魔王に余裕があるとも言える。


「ははっ、まじで強えじゃねえかっ!」


 ダンゼルトは歓喜の叫びをあげているが、戦況は芳しくない。

 なんせいまだに魔王の姿すらはっきりと見えないのだ。


 人間に近い形をしているようだが、溢れ出る瘴気のせいか、全身に黒い靄がかかっているようでその姿はぼやけて見える。


 ――まさかここまでとはの……。


 カーミラはかざした杖から魔法を連射しながら、内心でつぶやいた。


 戦いのどさくさに紛れて、気配を消したエリクが魔族の心臓でもある魔核を貫くというのが基本の作戦だが、紫色の電流が絶え間なく場に降り注ぎ、巨大な悪魔の手のようなものが何もない空間から突然現れて床を破壊し尽くす。近づける隙が全く無い。


 そして、更に恐るべきは、これでも魔王は全く本気ではないであろうということだ。


 メフィレトが、魔王には魑魅魍魎渦巻く南方大陸の統一戦で負った傷のダメージがまだ残っていると言っていた。あまり動かないのはそれもあるかもしれないが、本調子でない状態であっても、力の差は歴然としている。


「まいったの。このままではジリ貧じゃぞ」

「カーミラさん」

「うおっ、びっくりした」


 声の主はエリクだ。気配を消したまま声をかけてきたのだろう。


「戦闘中に急に後ろから話しかけるでないっ」

「あ、すいません。このままでは勝機が見えないので、ちょっと作戦会議を、と思いまして」

「一瞬の油断が死を招くこの状況でか?」 

「はい、魔王に気づかれないように特大魔法を連発しながらお願いします」

「相変わらず無茶を言いよる」

「カーミラさんならできますよ」

「くくく……わらわの扱いをよく知っておるではないか」

「長い付き合いですから」

「で、何か考えはあるのか?」


 前を向いたまま尋ねると、すぐ後ろから返答があった。


「それを聞こうと思いまして。カーミラさん、前に魔法の研究が完成したと言ってましたよね。それって実は奥の手になる魔法だったりしないんですか?」 

「しない」

「しないんですかっ⁉ 随分思わせぶりだったので、てっきり切り札なのかと」

「魔法の内容を言ったら引かれると思っただけじゃ。あれは単にわらわの尽きぬ好奇心を満たすためだけの魔法じゃから――」


 カーミラはそこで言葉を止めた。

 いや、場合によっては、局面を変える手になり得るかもしれない。


 だが、すぐに首を横に振る。


 駄目だ。理論は完成したが、確証はないのだ。

 それに賭けるには不確定要素が大きすぎる。


「無理じゃ。戦略に組み込める精度ではない」

「わかりました。では、僕の作戦を聞いてくれますか?」

「あるならさっさと言わんか」

「魔王を本気にさせて下さい」

「は?」


 一瞬魔力の出力が弱まりかけて、カーミラは慌てて杖に力を込めた。


 戦場には魔王の黒い魔力が竜巻のように渦を巻いている。いつの間にか空中に百を超える巨大な赤い瞳が現れ、間断なく熱線を放っている。闇魔法の一種だろう。


「貴様はアホかっ。油断した状態でこれじゃぞ。魔王に本気になられたらもう目はなくなる」

「いえ、逆に今の余裕をもって周囲を見渡せる状態だと、迂闊に近づくことができません。本気とはいかなくても、何か驚かせるような……そんな手で魔王の注意を引き付けて下さい。その瞬間を僕が狙います」

「ちょ、待たんか」


 が、もうエリクの返答はなかった。姿も気配も掴めない。

 狩人モードに入ったのだろう。


「相変わらず無茶ぶりをしよるわ」


 額に汗を滲ませながら魔王を見ると、ぼんやりした影の中で何かをつぶやいている。


「斬撃の摩擦で炎を起こし、空間までをも切り裂く剣士……」

「だりゃあああっ!」


 ダンゼルトの一撃を片手で振り払った後、魔王は無数の魔力弾を右腕から発射した。


 しかし、ダンゼルトに向かったそれらは、瞬時に空間に現れたセーラの結界によって阻まれる。


「縦横無尽に結界を張り巡らせる補助魔導師……」


 そう零した魔王に、そこにカーミラの火炎と雷撃が渦を巻いて襲い掛かった。


 弾ける爆炎の中で、魔王は淡々と話を続ける。


「そして、これだけの時間、多属性の上位攻撃魔法を連射し続ける攻撃魔導師。私の足が重いのは重力魔法も併用しているからか。面白い工夫だ」

「くくく……大天才の大賢者じゃからの」


 カーミラの言葉にどこか納得したように、魔王の影が頷く。 


「普通の人間は私のそばに来るだけで事切れる。確かにお前達は口だけではないようだ」


 そして、魔王はこう続けた。


「だが――これだけか?」


 瞬間、肌が粟立ち、背筋を冷たい戦慄が駆け上る。

 魔王の右腕の場所に、いつの間にか剣のような形状のものが握られていた。


「こうか?」


 魔王が右手を振るうと、次元ごと切り裂くような巨大な斬撃が、業火をまとって襲い掛かってきた。


「う、うおおおおっ」


 ダンゼルトが斬撃を押し返そうと剣を振るうが、勢いに押されて身体ごと吹き飛ぶ。


「ダンゼルトっ」


 咄嗟に出現したセーラの結界で、なんとか魔王の斬撃を逸らすことに成功した。流れた斬撃は空間を切り裂きながらドームを突き破り、薄闇の空へと消えていく。


「半刻ほどお前達を観察したが、もう新しく得られるものはないようだ。剣士は息が上がり、魔導師たちの魔力も底が見え始めている」


 魔王は影の中で、こきと首を鳴らす。


「斬撃は覚えた。後は結界の強度がどの程度か試して終わりだな」


 魔王が右手に生み出した黒い球が、みるみるうちに巨大化した。


 小山のような漆黒の炎の周りを、黒い雷撃がばちばちと弾けながら取り巻いている。


 新たな闇魔法。


「メフィレトの目も曇ったか。南方大陸統一戦の影響で、いまだ私は不自由が多い身体だが、それでも力を全て開放するまでもない」


 溜め息のようなものを漏らし、魔王は言った。


「敗北……結局それは一体なんなのだ?」


 魔王の手から放たれた漆黒の火焔が、徐々に巨大化しながら迫ってくる。それは視界を完全に塞ぐほどに大きくなっていた。


「う、おおおっ、なんじゃこりゃあっ!」

「カーミラっ、多分あれは私には防ぎきれませんっ」


 珍しく焦りを見せるダンゼルトとセーラ。

 カーミラは大きく息を吸って、ゆっくりと迫りくる黒炎を見つめた。


「うむ、正念場じゃな。三十秒、いや十秒だけ耐えてくれぬか」

「それで何が変わりますかっ?」

「セーラ、わらわを誰だと思ってる。大陸最強の大賢者カーミラ様じゃぞ」


 衝突。


 魔王の闇魔法が、セーラの結界に触れる。


 空間が軋み、エネルギーの余波が、稲妻となって戦場を駆け巡った。


「う、ぐぐぐ、ううっ」


 セーラの結界は徐々に押し込まれ、細かい亀裂が幾重にも刻まれる。


 そして、不可侵の結界は木端微塵にはじけ飛んだ。


「……っ」


 魔王が息を呑む音が聞こえる。 


 結界は破壊されたが、人間たちはそこに無事に立っていた。


 巨大な黒い炎に細い線が幾つも入り、細かい粒子となって空中に霧散したのだ。


「……何をした」


 魔王の言葉に、カーミラはにやりと笑って返す。


「魔法の構造を分析して、逆構築して分解したのよ」

「この魔法を見せたのは初めてだと思うが」

「くくく……百年に渡る人魔戦争で、わらわのいた魔法国家には闇魔法の文献がそれなりに溜まっておったからの。国が攻められて今はほとんど失われたが、大賢者のわらわは内容を覚えている」


 カーミラは敢えて胸を張って言った。


「無論それだけではただの理論に過ぎぬが、あとは半刻に渡るこの戦いで、貴様の魔力特性をずっと分析しておった。発動から十秒も猶予があれば魔法の分解など容易いことよ」


 半分ははったりである。さすがにいつもうまくいくとは限らない。


 だが、一回で十分だ。


「……なるほどな。お前は興味深い」

「言ったじゃろう。大天才じゃとな」


 そして――、とカーミラが続ける。


「同時に、これは人間が積み重ねてきた歴史の勝利でもあるぞ」

「……っ?」


 瞬間、魔王の胸の位置から、鋭利な剣先が飛び出す。


 カーミラが注意を引き付けた間に、敵の背後にまわっていたエリクは静かにこう言った。


「やっと近づけました。大魔王ハデス」

やっと近づけました


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― 新着の感想 ―
 なろう作家さんは一刻=1時間と解釈なさっている方が多いので、この作品の半刻が30分なのか1時間なのか気になります。
カーミラさんぱねえ…
″魑魅魍魎″ってことは、ガルハムート以外にソコソコの強敵がいたってことか・・・
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