第334話 対峙
前回のあらすじ)南方大陸に辿りついた勇者一行は魔王城へと向かった
南方大陸に辿り着いた勇者一行は、濃い瘴気の中を進み、魔物を避けながら魔王城の外壁へと辿り着いた。
近づくと頂点が見えないほどに高い城で、薄暗い空には血のような色をした深紅のドラゴンが何匹も舞っている。
息を殺しながら、エリクはポケットから黄金の鍵を取り出した。魔王の腹心であるメフィレトからもらったもので、これを正門に差し込めば、一気に魔王の部屋まで行けるらしい。おそらく空間を繋ぐ魔導具の一種なのだろう。
「魔族の気配はあまり感じないですね」
壁に耳をつけながらエリクがつぶやくと、セーラが上を見て頷いた。
「強力な結界が張っている様子もないですね。解除に時間がかかると覚悟はしていましたが」
「ふぅん……これもあのメフィレトって魔族が手配したのかよ。別にそんなに気をまわさなくてもいいのによぉ」
耳をほじりながら、ダンゼルトが不満げにこぼす。
カーミラは魔王城の頂部を睨みながら、白い指を二本立てた。
「どうかの……警備が薄いのは他にも二つ理由が考えられるぞ。一つ、単に魔族は魔王城まで攻め込まれることを想定しておらん。人魔戦争で魔族が優勢なのは間違いないし、人間と違って魔族の危機管理は雑じゃからの」
「もう一つは何ですか、カーミラさん?」
「誰も魔王には勝てない。だから、警備が必要ない」
「……」
沈黙の降りた一同に、カーミラは肩をすくめて言った。
「ま、そのくらいの心づもりではおったほうがよいということじゃ。作戦はどうする?」
「勿論、正面突破だろ。わくわくすんなぁ、おい」
「貴様には聞いておらんわ、ダンゼルト」
「神様の御心のままに。きっと神様が導いてくださいます」
「貴様にも聞いておらん、セーラ」
「相手の出方がわからない以上、まずはいつものやり方でいくしかないでしょうね」
「まあ……そうじゃのう」
エリクの言葉にカーミラは頷く。
いつものやり方とはセーラが結界で防御しながら、火力のあるダンゼルトとカーミラで力押しをする。その混乱に紛れて、エリクが魔族の心臓たる魔核の位置を見極めて貫くことだ。
カーミラは右手の杖と、左腕につけている魔力向上の魔導具である銀の腕輪に視線を移す。
これまではこの装備でなんとか戦ってこられたが、果たして魔王にどこまで通用するか――
「理想は魔王がこっちを舐めてかかっている間に終わらせることじゃ」
カーミラはエリクを正面から見つめて言った。
「作戦の肝は貴様じゃぞ、エリク。わらわ達に何があっても、貴様は冷静に闇に潜み続けて、敵の隙を狙え」
エリクは表情を変えずに答えた。
「ええ、勿論そのつもりです」
顔を見合わせた一同は互いに頷き、魔王城の外壁を乗り越えた。荒れ地のような中庭を駆け抜け、正門へと躍り出る。小型の魔物がうろついてはいるが、護衛の魔族の姿はないようだ。魔物たちを瞬殺して、黄金色に輝く鍵を正門の穴へと差し込む。
途端に空間が捻じ曲がり、上下左右が曖昧になる。
この鍵がメフィレトの罠という可能性も一瞬頭をよぎったが、さすがにそこまで回りくどいことはしないだろう。
虹色の空間を渡ると、急に重力が戻ったかのように、身体が前へとつんのめる。
そこは一本道の廊下だった。窓からの景色は南方大陸が一望できるほど高く、稲光がすぐそばで明滅している。確かに魔王城の上階へと転送されたようだ。
廊下の奥には扉があり、一同はゆっくりとそれを押し開けた。
中は真っ暗な空間だった。
「……XXX」
奇妙に透き通った、しかし、腹に響く声に、身体が意図せずこわばる。
メフィレトの罠を疑う必要などなかった。この場に充満する瘴気はどこよりも濃く、ここがどんな罠よりも、遥かに危険な場所なのだから。
暗闇から聞こえた声は、次に理解できる言語へと変化した。
「……あぁ、人間か。ここまで来るのは何十年ぶりだ」
こちらの存在に気づいて、魔族の言語を人の言葉へと変えたのだろう。
しかし、そこにいるであろう魔王の姿ははっきりと認識できない。
大きいのか小さいのかすらわからない。ただ闇に塗り固められた何かとてつもないエネルギーの塊がそこにあるということだけがわかる。
「どうやってここに来た。直通の鍵を持っているのは、ごくわずかの側近だけだが……」
そこで魔王は、少し黙ってこう言った。
「……メフィレトか。相変わらず困った奴だ」
ぶぅん、と無数の羽虫が羽ばたくような音がして、闇の奥から複数の巨大な塊が飛んできた。
闇魔法? いや、違う。ただの魔力だ。
単純な魔力の塊をぶつけるだけ。
だが、その一つ一つが大砲の軽く百倍はあろうかという破壊力を持っている。
巨大な破壊音が鳴り響き、大気が嵐のようにごうっと波打った。
「……なるほど。メフィレトの目にかなっただけのことはある。ただの食糧ではないようだ」
魔王はぽつりと言った。
そこに勇者一行は無傷で立っていた。
セーラが咄嗟に結界を張り、それでも押し込まれる分はカーミラが魔力をぶつけ、同時にダンゼルトが呪いの剣で跳ね返したのだ。
「ふん、高位魔族が人の言葉を話すことを不思議には思っておったが、まさか魔王までがそうじゃとはな」
カーミラが言うと、魔王は淡々と応じた。
「むしろ、始まりは私だよ。あれはいつだったかな。南方大陸にやってきた人間から学んだのだ」
「人間ごときの言語を魔族が学ぶか」
「人の言葉は、我々よりも語彙や表現が遥かに豊富で興味深い。言葉が多いということは、それだけ世界を深く捉えられるということだ。人間はひどく脆弱な生き物だが、その言葉によって時に新たな視点を私にもたらしてくれる」
魔王がゆっくりと立ち上がる気配がする。
「お前たちは私に何を教えてくれるんだ」
「何を教える? くくく……貴様がこれまで知らなかったものを教えてやろう」
「知らなかったもの……興味深いな。それは何だ?」
魔王の一言に、カーミラは額に汗を滲ませながらも、にやりと笑ってこう返した。
「敗北じゃ」