第333話 南方大陸
前回のあらすじ)メフィレトの提案によって、勇者一行は転移魔法陣で魔王のいる南方大陸に向かった
「ここが南方大陸……」
エリクが辺りを見回しながら言った。
巨大転移魔法陣で辿り着いたのは、無骨な石で作られた砦だった。
大勢の魔族が待ち受けているのも覚悟していたが、辺りはがらんとしており、魔族らしき者の姿は近くにはなかった。
もしかしたら、あのメフィレトという魔族が事前に手をまわしていたのかもしれない。
かなりの強者と思われるが、まるで行動が読めない。言動からすると魔王の腹心なのだろうが、随分と変わった魔族だ。
しかし、おかげで想定していたより少ない労力で魔王城に辿り着けそうなので、その点では助かったとも言える。
「うおお、でけえな。こりゃゴーレムか?」
ダンゼルトが周囲を見渡して言った。辺りに魔族の姿はないが、代わりに巨大な石像が十体ほど立っており、来訪者を静かに見下ろしている。
「うむ、じゃが……」
ゴーレムは魔族の使う闇魔法で生み出される、特殊な魔石を核にした人造生命だ。
過去に戦場で何度か相手にしたことがある。痛みも恐怖も感じず、核となる魔石を破壊しない限り何度でも再生する厄介な敵だが、ここの石像が動き出す気配はない。
「魔力の波動を感じませんね。魔石が反応していません」
セーラが足を進めながらつぶやく。
長きに渡る戦争によって、ゴーレムの核となりえる純度の高い魔石はあまり残っていないと聞いたことがある。人間側が追い詰められているのは確かだが、魔族側も相応の代償は払っているのだ。
「百年か……」
どちらが滅びるにせよ、人魔戦争の終結は近いのかもしれない。
「なんだよ、ゴーレム動かねえのかよ。面白くねえな」
「ダンゼルト、そういうことを言うと急に動きだしたりするのじゃ。危険な伏線を張るな」
「まあ、いいけどよ。ところで魔王倒した後は、何したいかみんなで話そうぜ」
「だから、そういう危険な伏線を張るのはやめいぃっ!」
「ちなみに俺はとりあえず前のとこに戻るぜ。あそこなら寝てるだけで飯が出てくるしな」
「魔王を倒した英雄が監獄に戻る……正気の沙汰ではないの。まあ、予想通りじゃが」
「私は勿論結婚です。愛するあの方と」
「セーラも乗るでないぃっ! しかも、特に危険な伏線じゃ、それはっ」
「結婚か。どっかで聞いたことある言葉だな。もし美味いものなら俺にもくれよ、セーラ」
「ダンゼルト、あなたは魔王を倒した後のことなど気にしても仕方がないですよ。世界が平和になったらあなたの常識感覚ではどうせまともに生きていけませんから」
冷たく言い放つセーラ。
いや、お前もじゃろうが、と突っ込もうと思ったが、カーミラは止めた。
そのまま砦を出ると薄暗い空に稲光が走っていた。
視界の奥には、黒い城らしき陰影が見える。
メフィレトが言った通り、転移魔法陣は魔王城の近くに繋がっていたのだ。
空気はどんよりと淀んでおり、瘴気が濃い。
ダンゼルトが、ふとエリクとカーミラに言った。
「で、さっきの話だけどよ、お前らはどうなんだ?」
「だから、答えるのは危険じゃと言っておろう」
「別にいいじゃねえか。勝つ時は勝つ、負ける時は負ける。ここで話そうが話すまいが、結果は変わらねえだろ。一年過ごした仲間なんだからよ、お前らがどうするつもりなのか知っておきてえんだよ」
「急にまともなことを言うでない……」
カーミラは軽く溜め息をついて、おもむろに口を開く。
「わらわは魔法の研究と世界探訪じゃな。溢れ出る好奇心と、天才の叡智で、挑みたい問題が山ほどあるからの」
そう答えた後、エリクを見ると、勇者は少し困ったように言った。
「僕は、うーん……まだ思いつかないですね」
「……」
残る三人は顔を見合わせる。カーミラは肩をすくめた。
「まあ……それが普通じゃろうがの」
百年続く人魔戦争。魔王を倒した後の世界のことなど、もはや想像すらできないような状況なのだ。エリクはにこりと笑って、城に向かって足を踏み出した。
「魔王をもし倒せたら、その時考えます」