第331話 潜入と遭遇
前回のあらすじ)冒険開始から約一年。魔王城のある南方大陸へと向かう巨大転移魔法陣がある魔族の拠点へと勇者パーティは忍び込もうとしていた
「カーミラさん、道はわかりますか?」
「右側からの魔力の波動が強い。おそらくこっちじゃ」
翌日。
勇者パーティの四人は、魔素の大瀑布と呼ばれる場所に建築された砦に、ひっそりと忍び込んでいた。
この中には魔王城のある南方大陸へと繋がる巨大転移魔法陣があるらしく、それを使って魔王城に潜入するのが今回の目的である。
砦に忍び込み、地下深くへと下り、点在する柱の陰に隠れながら細い通路を進んでいると、列の最後方にいるダンゼルトが不満げに言った。
「エリクにカーミラよぉ。そんなにこそこそすることねえんじゃねえか。ここにゃ倒し甲斐のある魔族が山ほどいるんだろ。せっかくだから暴れようぜ」
「本当に頭が悪いですね、あなたは。本番は魔王との戦いです。ここで無駄な体力を使う訳にはいかないでしょう」
セーラが不愛想に、ダンゼルトをたしなめる。
「魔王を葬ってこそ神様は私を認めてくださるのです。その他大勢に関わっても時間の無駄です」
「はいはい、つうか、そもそも神なんているのかよ?」
「は? 永久に結界に閉じ込めますよ」
「セーラ、ダンゼルト、貴様らちょっと黙らんか」
後ろの二人にカーミラが声をかけると、エリクが右手を挙げて小声で言った。
「あそこ、ですかね」
石の通路の奥、視線の先には、見上げるほどの大きな扉がある。
その奥から魔力のうねりを感じる。おそらくあの中に魔王城に繋がる転移魔法陣があるはずだ。
門の前には、二体の魔族が門番のように立ち塞がっていた。
「お願いします、セーラさん」
「ええ」
エリクの合図でセーラが、柱の陰からゆっくりと姿をあらわす。
門番が気づいて何かを叫ぶが、音は響かない。
すでにセーラの結界が二体の魔族を包み込んでいた。
神様との二人時間を楽しむために、セーラの結界は音や光を選択的に遮断できる便利な魔法だ。
セーラが右手を握ると、結果が縮まり、魔族を四方八方から圧迫する。敵の強度が高い場合は、潰しきるには至らないが、それでも自由を奪うことはできる。
ダンゼルトとエリクがすぐに飛び掛かり、攻撃が当たる瞬間セーラが結界を解除する。二体の魔族は音もなく倒れ伏した。
「では、行きましょう」
軽く息を吐いたエリクが、扉をゆっくりと押し開けた。
「しかし、少し妙じゃの」
「なにが妙なんですか、カーミラさん」
「ここは魔族の重要拠点じゃぞ。それにしては警備が薄すぎんか」
昨夜はもっと大きな魔力を幾つも感じていたはずだ。
「もうこの場を去ったのでしょうか?」
「だとしたらありがたいがの……」
確かに魔族は力に頼った思いつきでの行動が多く、人間のように細かい策略を練る印象はない。
だからこれまで目をつけられることなく、ここまで来られたとも言える。
「ええ、まじかよ。つまんねえな」
「貴様は黙っとれ、ダンゼルト」
扉を開くと、そこは巨大なホールになっていた。
更に奥に十個ほどの扉が並んでおり、おそらくそれぞれに南方大陸各地へ繋がる巨大転移魔法陣があるのだろう。
だが、そこへ向かおうとしても足が動かない。
巨大な重りがまるで全身にのしかかっているような感覚。
「ようこそ、侵入者諸君」
空間が歪み、そこから青白い瞳をした一体の魔族が出てきた。
涼やかな外見に反して、身体から発される魔力は洪水のようで、前に進めない理由がその魔力の圧によるものだと瞬間的に理解する。
「やあ、初めまして。ボクは不滅のメフィレト。後ろにいるのが魔王軍幹部連中の一部だよ」
いつの間にかメフィレトと名乗った魔族の背後に十体近くの魔族がいた。
青白い瞳の魔族は少し感心したような口調で言った。
「人間がここまで来たのは何年ぶりだろう。かなり近くに来るまで侵入を感じ取れなかった。君たちは気配を消すのがうまいようだね」
カーミラは眉をひそめて言った。
「……それは貴様もじゃろう。一体なぜじゃ?」
ホールにこれだけの敵が待ち受けていたことを感知できないはずがない。感じ取れたのは転移魔法陣が発するであろううねりだけだ。
すると、メフィレトは軽い調子で答えた。
「ちょっと空間と魔力を操っただけだよ。転移魔法陣が発する魔力以外を一時的に消しといたんだ。ああ、君たちの魔力も出せないようにしといたから」
「……」
言われてみると、魔力が発揮できない。
つまり、まんまと敵の幹部連中が待ち受ける砦の地下に誘い込まれたことになる。この魔族は今までの相手とは質が異なるようだ。こっちの焦りを知ってか知らずか、メフィレトと名乗った魔族は、淡々とした口調で語る。
「ここ最近、魔王軍の幹部が少しずつ姿を消している。人間たちの中に魔族に対抗できる勢力が誕生したんだと考えたけど、なかなか影を掴めなかった」
メフィレトはそう言って、辺りをゆっくりと見回した。
「ただ、南方大陸にいる魔王様を狙うなら、必ずここの転移魔法陣を使う必要がある。大陸間を渡るほどの魔素が常時供給されるのは、この大陸では魔素の大瀑布と呼ばれるこの場所くらいだからね。幹部が消えていった軌跡を辿ると、そろそろここに現れる頃だろうと思っていたよ」
一歩、メフィレトが足を前に踏み出す。
それだけで全身を押さえつける魔力の圧が倍になる。
「で、君たちがその勢力と考えていいのかな? 四人しかいないけど、君たちは偵察部隊? 本隊はどこに――」
そこまで言ったところで、周囲の空気が突然紫色に変わった。
大気が沸騰し、そして巨大な爆発を起こす。
毒々しい煙が立ち込めるのを眺めながら、メフィレトが肩をすくめる。
「あぁ、まだ話の途中だったのに……」
「メフィレト。お前はいつも回りくどい。魔王様に盾突く者はただ粉砕すればいいだけだ」
背後にいる幹部の一人が右手を前にかざしながら言った。
メフィレトは軽く溜め息をつく。
「アーガイル、君は短絡的すぎる。敵の本体を叩かないと片付かないよ。せめて一人は残して聞き出さないと……」
しかし、メフィレトはそこで言葉を止めた。煙の奥から含み笑いが響いてきたからだ。
「くくく……やばい奴が現れたと思ったが、所詮は魔族。考えは浅いようじゃな」
煙が晴れると、四人の侵入者は結界のようなもので守られていた。
「……結界魔法? 変だな。君たちの魔力は消しているはず」
首を傾げるメフィレトに、カーミラは笑みを向ける。
「甘いのぅ。罠を張ったのはよいが、場所の選択を誤ったな。ここは魔素の大瀑布。貴様がわらわ達の魔力をどれだけ消そうが、すぐに山ほど魔素が供給されておるわ」
「ええと、人間って、外部の魔素をそんなに早く簡単に操れるものだっけ?」
「くくく……なんせこのパーティには天才魔術師が二人おるからの、のうセーラ」
「神のご加護です」
「さすがに魔王城まで正面衝突を避けきれるとはこちらも思っておらんわ。ここが勝負所。さあ、反撃じゃっ。ダンゼルト、許す、暴れろっ!」
「うおっしゃあああっ!」
大剣を手に駆け出すダンゼルト。魔族幹部の一人が言った。
「塵に変えろ」
それが戦闘開始の合図となった。
青い稲光が縦横無尽に空間に走り、空間にずらりと現れた千の刃が、怒涛のごとく侵入者に向けて発射される。
巨大な竜のような外見へと変貌した魔族が、青い炎を嵐のように吹き付けた。
銀色の腕を持つ魔族が手を振るうと、十メートルはあろう真空の刃が柱を切り裂き、耐性強化してあるはずのホールの壁を削っていく。
爆発。爆炎。
魔力の波動がぶつかり合い、ホールの大気が激しく波打つ。
「それよこせっ」
すぐに大剣を駄目にしたダンゼルトが、一体の魔族が手にした黒い大剣を強引に奪う。
「馬鹿め。我が名は呪いのベルルラ。この剣が我の本体だ。呪い殺してやる」
「呪いの剣だぁ?」
ダンゼルトは右手に掴んだ漆黒の大剣を睨んだ。
「だったら慣れてるぜぇぇぇっ」
「う、ごああっ!」
剣の形状をした魔族を振り回しながら、敵を薙ぎ倒していく凶戦士。
結界魔法を駆使して、巧みに攻守を切り替えている修道女。
とてつもない威力の攻撃魔法を休む間もなく繰り出す黒装束の女。
もう一人の小柄な少年は、いつの間にか姿が見えなくなっている。
「っと!」
メフィレトは唐突にその場を飛んで離れた。
背中に冷たい感触を覚えたからだ。後ろを見ると剣を握ったその小柄な少年が立っていた。
背中に手を当て、メフィレトは軽く首をひねる。
「驚いたな。人間の攻撃で傷を負うなんていつぶりだろう」
「あれ? 魔核に傷をつけたはずなのに」
「ああ、ボクは少し特殊でね。でも、そうか……」
破裂音。明滅する光。
爆散する魔力の波動を眺めながら、メフィレトは思わず笑った。
「偵察部隊なんかじゃない……君たち四人が本隊か。たった四人で魔王様を狙うなんて……ははは、なんて面白いんだ」