第330話 決戦前夜
前回のあらすじ)魔王は全員と仲間になりたかった。なれない者を全て排除すれば全員が仲間になり、孤独ではないと感じている様子だった。
満天の星の下、夜の山中でカーミラは大きく息をついた。
「くくく……ようやく完成じゃ。さすがわらわは天才――」
「カーミラさん」
「うおおっ」
急に声をかけられたカーミラは、その場で小さく飛び上がる。
振り返ると、小柄な少年が柔和な笑顔で立っていた。
「エリク、気配を消して後ろから話しかけるのはやめろと前から言っておるじゃろう」
「あ、すいません。なんか驚く顔が癖になってきて……」
「趣味が悪いわっ」
カーミラはそう言うと、肩をすくめてエリクに尋ねた。
「どうしてわらわがここにいるとわかった?」
「それは一年も一緒に旅してますから。なんとなくカーミラさんがどこにいるかはわかりますよ」
「怖いぞ……」
エリクはにこりと笑う。
「自分の気配を消してばかりいると、逆に人の気配には敏感になるんです」
「よくわからん理屈じゃが……ところでセーラとダンゼルトは何をしておる?」
「セーラさんは神様と交信中です。ダンゼルトさんはそんなセーラさんに話しかけようとして、結界に閉じ込められています」
「あの二人、仲がいいのか悪いのかわからんの……」
「カーミラさんはここで何をしていたのですか?」
「別に大したことではないわ」
「付近の魔素が乱れていますね、魔法の研究ですか?」
カーミラは軽く息を吐いて、そばの岩に腰を下ろした。
「相変わらず無駄に鋭い奴じゃな」
「前にも魔法の研究をしていると言ってましたもんね。遂に完成したんですか?」
「まあな、天才じゃからな」
「さすがですね。おめでとうございます」
「どんな魔法か、聞かないのかえ?」
「自分から言わないということは、どうせ言うつもりはないのかなと」
「くくく……わかっておるではないか」
「まあ、もう一年も一緒に旅をしていますからね」
エリクはもう一度同じ台詞を口にして、視線を遠くに向けた。
「いよいよですね」
「……うむ」
二人は山の中腹から、同じ方向に目を向ける。
視界の先には、夜だというのに虹色の魔素が明滅して、真昼のように明るい場所があった。
この一年間、魔族の拠点を避けられるものは避け、避けられないものは密かに忍び込んでボス級魔族を闇討ちするということを繰り返し、いよいよ目的地に近づいていた。
南方大陸の魔王城に行くには、この大陸の南端にある巨大な転移魔法陣を使う必要がある。
二人が見ているそこは魔素の大瀑布と呼ばれる場所で、大量の魔素が渦巻く、かつては聖地と呼ばれる地でもあった。
今は巨大な砦が建築され、魔族の重要拠点になっている。あの中に複数ある巨大転移魔法陣のうちの一つは魔王城のそばまで通じているらしく、あの砦に潜入し、転移魔法陣で魔王城に乗り込むのが当座の目標だった。
「まったく……この場にいてすら巨大な魔力を幾つも感じる。魔王軍の幹部が勢ぞろいしておるの。気は乗らないのぅ」
「ですが、あまり悠長にはしていられませんよ。明日には行きましょう」
「わかっておるわ。貴様の前向きさはどこからくるんじゃ」
魔族の幹部を秘密裡に消していっているが、結果的に助けられた人々が勇者の存在を期待とともに語り始めており、魔王軍も油断ならない勢力がどこかにいることに気づきつつあるだろう。
あまり時間をかける余裕はない。
エリクはそこで深々と頭を下げた。
「カーミラさん、本当にありがとうございます」
「急にどうしたんじゃ?」
「いえ、魔王討伐の旅につきあってもらって」
「ああ……本当じゃ。ここまで来るだけでも想像の十倍大変じゃった、気軽に乗るんじゃなかったわ。わらわが死んだら化けて出てやるぞ」
「化けて出られるのを楽しみにしてます。でも、僕はこの旅、楽しかったですよ」
「貴様は頭のネジが飛んでおるからの」
「カーミラさんには言われたくないですよ」
二人はそう言って、少し笑った。
誰もが諦めかけていた百年続く魔族の支配を、たった四人でひっそり終わらせようとしているのだ。
どの道まともな精神でできるものではない。
「……あと少しじゃな」
「ええ、そうですね」
二人は静かにつぶやいた。
空を埋め尽くす星が一つ、斜めに流れていく。
最終決戦が、近づいていた。