第328話 マーシャの決意
前回のあらすじ)勇者パーティは高位魔族を倒した
「あれ……?」
宿の主人であるマーシャが目を覚ました時には、窓の外はうっすら明るくなっていた。
「いけないっ」
鳥のさえずりを耳にしながら、マーシャは跳ね起きた。
魔族が毎月新月の夜に要求する生贄。
最後となる今回は自分の育ての親である父の番だった。父の代わりに生贄になるつもりで、夜の山に向かう予定だったのに、いつの間にか寝入ってしまっていた。
もう父は山に祭壇に行ってしまったのだろうか。
焦燥にかられながら立ち上がり、慌てて父の部屋へと向かう。
「あれ……?」
そばでは、なんとその父もベッドで寝息を立てていた。
「ど、どうして……?」
父は山に向かわなかったのだ。
そして、自分も。
つまり、二人とも無事だ。
生贄を寄越さねば、村人全員が命を落とす呪いをかけたと魔族は言っていた。
あれは嘘だったのだろうか。いや、そんなはずがない。
魔族がそんな甘い存在ではないことは、百年続く人魔戦争で嫌というほど身にしみている。
「だったら、どうして……」
マーシャは宿を飛び出して、山へと向かい、ふと足を止めた。
山頂の祭壇へと向かう山道から、四つの人影が姿を現したのだ。
「……」
しばらく言葉も発せないまま、マーシャはその場に佇んでいた。
橙色の朝日を斜めに浴びた四人の姿が、なぜかひどく神々しいものに見えたからだ。
「あ、マーシャさん。おはようございます」
先頭を歩く小柄な少年――エリクがぺこりと頭を下げる。
「お、おはよう、ございます……」
たどたどしく答えた後、マーシャは彼らに尋ねた。
「あの、皆さんは……どうして山道から?」
「あん? そりゃあ魔――」
「散歩じゃ、散歩。早朝の散歩は気持ちいいのぅ。そうじゃろ、エリク」
ダンゼルトの口を強引に押さえて、カーミラが早口で言う。
「ええ、そうですね。朝は空気が美味しいです」
四人がマーシャの脇を通り過ぎても、マーシャはその場から動けなかった。
「あのっ」
やがて、マーシャは、意を決して彼らの背中に呼びかけた。
立ち止まった四人が、マーシャを振り返る。
なぜそう感じたのかわからない。
でも、朝日を浴びた彼らの姿を見て、直感してしまった。
「も、もしかして、皆さんが、祭壇の魔族を……?」
ごくり、と喉を鳴らすが、エリクはただ優しげに微笑むだけだった。
「……魔族? なんの話ですか? 僕らは言った通り、ただ散歩をしていただけですよ」
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四人は結局それ以上を語ることなく、出発の時間を迎えた。
小柄な少年。大剣を担いだ剣士。黒装束の女に、修道女。
迎えた時は不思議な組み合わせの客だとむしろ怪しんだが、父は助かり、村を覆っていた陰鬱な空気はすっかり取り払われている。村人たちが祭壇に確認にいったところ、魔族の姿はなく、ただ静謐な空気だけがそこにあったという。
四人の旅人は何も語らない。
だが、村は確かに救われた。
何が起こったかもわからないまま、村民は涙を流し、抱き合って喜んでいる。
「皆さんっ」
マーシャは遠ざかる彼らの背中に声をかけた。
そして、こう言った。
「全てが……全てが終わったら、必ずまた来て下さい。渡したいものがありますっ」
「……?」
四人は顔を見合わせると、軽くうなずいて、再び旅路についた。
「渡したいものとはなにかね、マーシャ」
隣で杖をついた父が尋ねてくる。
「お父さん、昔よく勇者の物語を読んでくれたよね」
マーシャは宿の壁に飾ってある絵を見つめながら言った。
父の影響で始めた絵。旅の絵描きにも習って腕を磨いてきた。
「ああ、冒険の絵本じゃな」
「私、あんなのただの夢物語だと思ってた……」
魔を打ち滅ぼし、人々に希望をもたらす英雄。
子供の頃は憧れたが、物心がついた頃には興味を失ってしまっていた。
長い長い人魔戦争で、誰もがそんな英雄は絵本の中にしか存在しないと考えている。
夢を見てはいけない。
未来を願ってはいけない。
それが今の時代だ。
でも、もしかしたら、夢を見てもいいかもしれない。
未来を願ってもいいのかもしれない。
朝日を浴びた彼らの姿を見た時、なぜかそう感じてしまった。
現実は絵本のように、堂々としていないし、華々しくもない。
多分、誰にも知られない物語。
きっと知られてはいけない物語。
だから、せめて私だけは記憶と記録に残しておこうと思う。
誰にも知られないようにひっそりと描き、倉庫にしまっておこう。
そして、全てを終えて、彼らが戻ってきた時に、手渡すのだ。
勇者たちの肖像を。
勇者の肖像
次回もアニメ放送日の木曜日に更新予定です。
アニメは本日6/12(木)第11話放送開始となるので、よろしくお願いします!
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