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第326話 峠の宿

前回のあらすじ)神を愛しすぎる修道女セーラが仲間になった

「え、泊まれないんですか? ここは宿ですよね?」

「すいません」


 エリクの質問に、若い女主人は申し訳なさそうに頭を下げた。


 神を愛しすぎる修道女のセーラを仲間にした後、一行は大陸を更に南下していた。


 山あいにある里を見つけて、宿を取ろうとしたところ、きっぱりと断られてしまった。


「俺ぁ飯さえあれば、寝るのはどこでもいいぜ。庭でも、森でもな」

「私はお風呂に入りたいです。神様のために綺麗にしておかなければならないのに、かなり汗ばんでしまいました」

「わらわはベッドで眠りたいぞよ」


 ダンゼルト、セーラ、カーミラが順番に要望を口にする。


 エリクは頬をぽりぽりと掻いて宿の女主人に尋ねた。


「どうして泊まっては駄目なんですか?」

「危険だからです」

「危険? それってどういう……」 

「まあ、よいではないか。マーシャや」


 エリクが尋ねようとすると、女主人の背後から声がした。


 見ると、杖をついた腰の曲がった老人が立っている。


「今夜のことは気にするな。もう決まっておることじゃ。マーシャ、お前は宿屋としての仕事を全うしなさい」

「お父さん……」


 マーシャと呼ばれた女主人は、後ろを振り返って言った。

 そして、唇を噛んだ後、ゆっくりと頭を下げる。


「わかりました。では……お泊まり下さい」



「ひゃっほぉぉ、ベッドじゃあっ」


 部屋に入るなり、カーミラは早速ベッドに飛び込んだ。


「楽しそうですね、カーミラさんっ」


 エリクも続いて別のベッドにダイブする。


「まったく、そんな子供のような真似を……神様が見ていますよ」

「くくく……久しぶりのベッドに飛び込まぬなど、むしろ神への冒涜というもの」


 たしなめてくるセーラに、カーミラは含み笑いで答える。


「じゃ、俺は床で寝るぜ」

「ええっ、ダンゼルトさんもベッドで寝ましょうよ」

「いいじゃねえか、エリク。監獄じゃずっと石の床で寝てたしな。そっちのほうが落ち着くんだよ」

「ありがたみのない奴じゃ」

「ところでダンゼルト。私の幼馴染が男は狼だと言っていました。使える部屋が一つしかないからといって、私に夜這いをかけたら結界魔法で押しつぶしますよ。私の身は神様のものですから」


 冷たく忠告するセーラに、ダンゼルトは耳をほじりながら答える。


「セーラよぉ、別にそんなつもりもねえけど、なんで俺にだけ言うんだよ」

「だって、エリクはお子様でしょう」

「え……」


 軽くショックを受けるエリク。


 部屋まで案内したマーシャという若い女主人が恐縮した様子で言った。


「あの、皆さん。夕食ができたら呼びに来ます。あまりよいものはお出しできませんが……」


 用意された部屋はよく言えば広々しており、悪く言えば調度品が少なくがらんとしていた。


 百年続く人魔戦争の影響で、あらゆる場所で物資が足りなくなっている。


 寝床と食事があるだけもよしとしなければならない。


「しかし、あれはなかなかいいのう」


 カーミラはベッドに寝そべったまま、部屋の壁に目を向けた。


 そこには沢山の絵が飾られている。空や川といった自然物に鳥や猫といった動物。そして、人物画。どれも今にも動き出しそうな躍動感にあふれていた。


「マーシャとやら。もしかして、おぬしが描いたのか?」

「あ、え、ええ……」


 部屋を出ようとしていたマーシャという女主人は、少し照れた様子で頷く。


 ずっと硬い表情をしていたが、初めて感情らしきものが見えた気がした。


「父の影響で、私も絵を描くようになって。旅の絵描きに教えてもらったり……」

「父というのはあの老人ですか? 祖父ではなくて?」


 セーラは修道女とは思えない遠慮のない物言いをする。確かにマーシャは高めに見積もっても二十代前半くらいに見えるが、宿にいた杖をついた人物は還暦を軽く超えていそうだ。


「私は孤児だったんです。森で泣いていたところを、父に助けられて……」


 人魔戦争の影響で、大陸中で多くの孤児がうまれている。マーシャもその一人だったという訳だ。


 これまでの日々を思い出したのか、マーシャは眼の端を拭って言った。


「自分も大変なのに、私をここまで育ててくれて、本当に父には感謝しています」

「なるほどのう。ところで……」


 カーミラはそこで言葉を一旦切って、こう続けた。


「今夜、何があるんじゃ?」

「え?」

「おぬしの父とやらが言っておったじゃろう。今夜のことは気にするな、と。それにおぬしは最初にここに泊まるのは危険だとも言っておった。それはどういうことじゃ?」 

「あ、ええ、あの……それはこっちの話ですから、お客様は気にしないで下さい。それでは、また後で」


 ぺこりと頭を下げて、マーシャはそそくさと部屋を後にした。


 

「ふむぅ、気になるのう」


 山菜を中心とした夕食を皆で囲んだ後、ベッドに横たわりながらカーミラはつぶやいた。


「なにが気になるんだよ、カーミラ」

「今夜の話じゃ。あれは何か隠しておるぞ」

「どうしてそんなに気になるんですか?」

「くくく……わかっておらんの、セーラよ。暇だからじゃっ!」

「暇だから……」

「来る日も来る日も魔族を避けて、こそこそと魔王城に忍び寄る日々。たまには面白そうな事に首を突っ込みたいではないか」

「その件なんですが――」


 端のベッドに座っていたエリクがふいに会話に入ってくる。


「なんでも一年前にこの一帯に高位魔族がやってきて、村人に対して毎月今日のような新月の夜に、食糧として生贄を山頂の祭壇に差し出すように要求したんだそうです」

「は?」


 カーミラはベッドから思わず身を起こした。


「なんで知っておるんじゃ」

「いえ、僕も少し気になったので、宿の主人とマーシャさんの部屋に忍び込んで、二人の会話を盗み聞きしたんです」


 確かにエリクは気配を消すのが得意だった。それにしても仕事が早い。


 エリクによると、魔族は生贄を差し出さない、または誰かが村を逃げ出したら全員が息絶える呪いを村人全員にかけたという。


 一方で魔族は一年間生贄を捧げ続ければ、呪いは解除してやるとも宣言した。


「ん? なんだそりゃ? よくわかんねえな。結局何がしてえんだ?」

「単なる遊び、じゃろうな。人間の恐怖が奴らの好物じゃからな」


 最初は村の男たちが徒党を組んで魔族を退治しに向かったが、あっけなく全滅。


 やむを得ず村人同士で話し合い、高齢の者を中心に生贄を決めていったという。魔族は村人が時にいがみあい、なじりあい、殴り合い、苦渋の決断で生贄を選定するのを楽しんでいるのだ。


「趣味が悪いですね」


 セーラが眉をひそめ、エリクは続きを口にした。


「それで、今夜の新月が十二か月目。最後の生贄がマーシャさんのお父さんらしいです」

「……」


 一同は顔を見合わせた。


「それは、まずいのう」

「まずいですか、カーミラさん?」

「魔族が人間との約束を守るとは思えん。おそらく最後の生贄の提供が終われば村は滅ぼされるぞ」

「でしょうね」

「それにマーシャのあの雰囲気、もしかしたら父の代わりに生贄になろうとしているのではないか」


 マーシャは自分を育ててくれた父にいたく感謝している様子だった。


 カーミラの懸念に、エリクは頷いた。


「そうだと思います。彼女の部屋には、山歩きの準備がしてありました。おそらくお父さんより先に山の祭壇に向かう気でしょう」

「なんだとぉ。だったら止めねえとな」

「止める? なぜです?」

「あ?」


 思わず聞き返すダンゼルト。エリクは全員を見回して、淡々とこう言った。


「僕らは予定通りここを出ましょう。魔王を倒すために、僕達は決して目立ってはいけません。ここで高位魔族に目をつけられる訳にはいきませんから」


  +++


 深夜。虫の声が静かに響く中、宿の外を蠢く影があった。


 山道に向かった影は、しかし、そこでふいに足を止める。


「なんで……」


 視線の先には三つの影が立ち塞がっていた。


「くくく……やはりな、来ると思っておったわ、エリク」

「エリクよぉ、抜け駆けするんじゃねえよ」 

「まったくです」


 仲間たちに非難されたエリクはぽりぽりと頬をかいて言った。


「まいったな……夜の散歩に行くとか言って……先回りしてたんですね」

「マーシャと父はどうしたんじゃ?」

「不意打ちの手刀でちょっと眠ってもらっています」

「それで代わりに貴様が魔族のもとに向かう訳じゃな」

「でも、カーミラさん。僕が言ったことは本音ですよ。目立つのは悪手です」

「では、なぜ山に向かうのじゃ?」

「……マーシャさんは僕と同じく両親を失いました。でも、彼女は新しい家族を見つけた。それを失ってほしくない……今回だけはそう思ったんです」


 エリクは俯いて答えた後、おもむろに顔を上げた。


「僕一人で行けば、少なくとも皆さんのことは魔族に知られずに済みますから」

「たわけっ!」

「ふざけんな、こらぁっ!」

「いい加減にしてください!」 

「え……」


 一斉に仲間たちにどやされ、エリクはぱちくりと瞬きをする。


「こんな面白そうなイベントにわらわを噛ませないとは、貴様は何を考えておるんじゃ」

「ああ、高位魔族ってのは強えんだろ。だったらむしろ俺にやらせろや」

「私が神様と両想いになるための善行の機会を奪う気ですか。来世まで呪いますよ」

「……」


 それぞれの勝手な言い分を絶句したまま聞いていたエリクは、やがて腹を抱えて笑い始めた。


「はっ……ははは、ははははははっ」


 そして、深々と頭を下げ、にっこりと笑って言った。


「皆さん、すいませんでした。では、みんなで行きましょう」

みんなで行きましょう


次回もアニメ放送日の木曜日に更新予定です。

アニメは本日5/29(木)第9話放送開始となるので、よろしくお願いします!


【地上波】

TOKYOMX:毎週木曜 23時30分~

BS11:毎週木曜 23時30分~

サンテレビ:毎週木曜 24時00分~

KBS京都:毎週木曜 24時00分~

【地上波同時・先行配信】

ABEMA・dアニメストア 毎週木曜日23時30分~

その他、各配信サイトにて順次配信開始


前章を収録した小説8巻が好評発売中です。


挿絵(By みてみん)


また、闇ヒーラーのウェブトゥーン版「クレスフォール潜入編」というオリジナルストーリーも是非!


挿絵(By みてみん)


また、十乃壱先生による続々重版のコミック4巻も大好評発売中です!


挿絵(By みてみん)


アニメは2025年4月3日(木)より放送中です。

本作の公式X、公式サイト、PV公開中です。


★★★★★★

公式Xのフォローを是非宜しくお願いします。またアニメでお会いしましょう!!

★★★★★★


挿絵(By みてみん)


気が向いたらブックマーク、評価★★★★★、いいね などお願い致します……!

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― 新着の感想 ―
お互いの顔色うかがって我慢し合うのではなく、お互いがやりたい事をやって尊重し合えるのはいいよね。日本人には出来ないから、俺はうらやましい。
息が合ってるのか合ってないのかw
こんな面白いイベントって、善行をさせないと呪いますよ〜コワ!とても良いパーティーですね♪
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