第325話 四人目
前回のあらすじ)崩壊した宗教都市で独り無傷の教会に残る修道女がいた
魔族の侵攻に無傷で残った教会。
祭壇の前に立ちはだかるセーラと名乗った修道女を見つめて、エリクが言った。
「やっぱり噂は本当だったんですね」
「噂? なんの噂じゃ」
カーミラが尋ねると、エリクは視線をセーラに向けたまま答える。
「カーティス教会の奇蹟……一般には無傷のこの教会のことを指すと思われていますが、実は奇蹟というのは一人の修道女のことを表している……十代にして聖者認定される直前までいった者がいるという噂です」
「聖者ぁ……ってなんだ? 食えんのか?」
耳をほじりながら首を傾げるダンゼルトにも、エリクは真面目に応じた。
「聖者は食材ではありませんよ、ダンゼルトさん。教会の修道士は人々の支援のために補助魔法を学ぶ者が多いと言われるのですが、聖者というのは同じ時代に一人だけ認定される治癒魔法、防護魔法、能力強化魔法、結界魔法などを含めた補助魔法のとてつもない使い手のことです」
エリクの説明を聞いて、カーミラは眉をひそめる。
「十代で聖者? そんな者がいたなら、わらわの耳にも入っているはずじゃが?」
「正確には聖者認定されていませんから。直前に、私の神様への愛に嫉妬した上層部によって、辺境に飛ばされてしまったのです。聖者になれば神様にもっと近づけたのに」
セーラはどこか不満げに言うと、翡翠色の瞳をこっちに向けた。
「皆様は愛とは何だと思われますか?」
「……」
エリク、ダンゼルト、カーミラの三人は互いに顔を見合わせる。
「僕には……わかりません」
「愛ぃ? どっかで聞いたことあるなぁ。食えんのか?」
「ダンゼルト。貴様には食用かそれ以外かしかないのか」
首を横に振るエリクと、ダンゼルトに突っ込みを入れるカーミラ。
セーラは三人を眺めて静かに言った。
「愛とは信仰です」
そして、両手を合わせて瞳を閉じる。
「両親が敬虔な信徒だったこともあって、私も幼い頃より日夜お祈りを続けていました。そんなある日幼なじみの女の子から相談があったのです」
彼女は恋愛に悩んでおり、どうにかして相手を振り向かせたいと考えていた。しかし、当時恋も愛もよくわからなかった自分は、満足な返答ができなかった。
結局、幼なじみには人魔戦争で明日の命もしれない状況なのだから、あなたもお祈りばかりではなく恋愛の一つでもするべきだ、と悪態をつかれる始末。そこでよく調べてみると恋愛とはいつも相手のことを想って、何も手がつかない状態に陥ることらしい。
「それで気づいたのです。私は毎朝毎晩、一日中神様のことを想い、お慕いしている。ああ、これが私にとっての恋愛なのだと」
「……」
静謐な空間にセーラの熱に浮かされたような声が反響する。
「そうなると、私は次第に考えるようになりました。ただ、一方的に慕うだけでは物足りない。なんとか神様を振り向かせたいと」
一途な信仰心は、やがて熱狂的な愛へと変質していったのだ。
しかし、神は全てを超越する存在。ただの人間が釣り合うはずもない。
ならば至ろうではないか。神の待つ高みへ。
教会でもっとも神に近い存在とされる聖者。寸刻を惜しみ、寝食を忘れ、己を極限まで追い込んで魔法の才能を磨いた。狂おしいほどの想いがなせる地獄の鍛錬。そして、教団内ではいつしかカーティス教会の奇跡と呼ばれるようになり、若くして遂に聖者の座に手が届きかけた。
カーミラは腕を組んで鼻を鳴らす。
「ふむ……想いの方向性はともかく、努力して力をつけた訳じゃろう。それがなぜ追放されることになったんじゃ?」
「だって許せなかったんですもの」
セーラは冷たい声色で言った。
「神様は私だけのものなのに、他の信者共もいけしゃあしゃあとお祈りを捧げて、神様の気をひこうとしているのですよ。だから、結界魔法で誰も神の御前でお祈りできないよう全員を礼拝堂から閉め出したのです」
「おぉぅ、これは香ばしいのぅ」
神への熱狂は、強烈な独占欲へと変貌していたのだ。
一ヶ月に渡って礼拝堂を占拠し、寝食を忘れて祈りを捧げた結果、聖者どころか危険人物認定をされ、空腹と睡眠不足で弱ったところを大司教総出で拘束され、辺境へと送られたらしい。教会からの記録も消され、軟禁状態にあったが、人魔戦争の激化で警備が緩んだ隙をついて再び宗教都市に戻ってきた。
「直後に魔族の大規模な侵攻がありましたが、魔族ごときを私の神様に近づけさせはしません」
セーラは手を合わせたまま、どこか得意げに礼拝堂の天井を見上げた。
「のぅ、エリクよ……」
「なんですか、カーミラさん」
「こやつ考えようによってはダンゼルトより厄介じゃぞ。回れ右して帰らぬか?」
「え、なんでですか? 面白いじゃないですか。是非仲間になってもらいましょう!」
「きらきらした目で言うでない。こいつも駄目じゃ……」
「くはは、全然何を言ってるかわからなかったな。結局、神って食えんのか?」
「貴様は黙っとけ、ダンゼルト。話がややこしくなるわっ」
ダンゼルトに突っ込んでいると、エリクが満面の笑みでセーラに言った。
「セーラさん、僕たち魔王を倒そうとしてるんです。仲間になってくれませんか?」
「お断りします」
しかし、むべもなく拒否される。
「せっかく神様と二人きりでいられるのです。私はもう二度と神様のそばを離れるつもりはありません」
「カーミラさん……」
あっさり袖にされたエリクは、捨てられた子犬のような顔でカーミラをみる。
「万策つきた顔はやめいっ。貴様らそろいもそろって……わらわは保護者ではないぞ」
カーミラはため息をついて、肩を落とした。
確かに人間性には大いに問題があるが、セーラの結界魔法は大きな武器になる。
カーミラはもう一度嘆息した後、セーラを見つめて言った。
「それで、セーラとやら。そこまで一途に想いを捧げた結果、神は振り向いてくれたのかえ?」
「……っ」
セーラの顔色が変わる。
「くくく……そうじゃろうのう。独善的な偏愛をただ一方的に向けられても困るだけじゃ」
「なにを……あなたに何がわかるというのですっ」
セーラの声に刃物のような鋭さが混じるが、カーミラは余裕の笑みで言った。
「わかるに決まっておろう。わらわがこの美貌でこれまで何人の男共に言い寄られてきたと思っておる。貴様など足下にも及ばぬ恋愛強者なんじゃあっ」
「恋愛、強者っ……!?」
ぎり、とセーラが奥歯を噛みしめる音が聞こえた。
「よいか? 神を振り向かせるには信仰だけでは不十分。ただただ愛を伝えるだけなど弱者の戦略じゃからな。真の恋愛強者は、相手から自然に興味をもってもらうように差し向けるものじゃ」
「そ……ど、どうやって」
セーラがわずかに身を乗り出してきた。
「くくく……何をすれば相手が興味を持つか。それを知ることが第一歩じゃ。美貌か? 愛嬌か? 気立てか? いや、違う。相手は神。ならば答えは一つ。善行じゃ」
「善、行……?」
セーラは訝しげに眉間に皺を寄せる。
「それなら私はこれまでも沢山の善行を積んできました。魔族の侵攻時には何人もの市民を教会に匿いましたし、旅人にも野菜のスープをふるまっています。私の神様に不用意に近づかない限り、私は慈愛を以て人々に接しています」
「笑止。その程度の善行で神を落とせるとでも思っておるのか」
「では、どうすればいいというのですっ」
「決まっておろう」
カーミラは咳払いをした後、たっぷりと間を取って、こう言った。
「魔王を倒すことよ」
「……っ」
セーラが翡翠色の瞳を見開いた。
「この百年、世界中の人々が魔族の犠牲になり、その影に日々怯え、希望の見えない日々を送っておる。その元凶を滅ぼす。これほどの善行があろうか。これを成し遂げれば、神も貴様を認めざるを得なくなるであろう」
「魔王を、倒せば……神様は……」
セーラは祭壇をじっと見つめながら、そう口の中で繰り返した。
やがて、憑き物が落ちたような美しく清々しい顔で、こっちを振り返って笑った。
「神のお導きに感謝いたします。私たちの魔王討伐の旅路に祝福があらんことを」
やばいのが増えた
次回もアニメ放送日の木曜日に更新予定です。
アニメは本日5/22(木)第8話放送開始となるので、よろしくお願いします!
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BS11:毎週木曜 23時30分~
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アニメは2025年4月3日(木)より放送中です。
本作の公式X、公式サイト、PV公開中です。
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