第321話 二人道中
前回のあらすじ)カーミラはエリクの魔王討伐の誘いに乗ることにした
「ゴルルルアッ!」
成人の軽く倍の背丈があるブラッドタイガーが獰猛に吠えて襲い掛かってくる。分厚い爪をするりとかわしたエリクは、背負った剣を引き抜いて、魔獣の前足を切り飛ばした。そのまま前傾しながら、ブラッドタイガーの真下にもぐりこみ、心臓を下から一突きする。
「ガルウッ……」
断末魔の呻きとともに、ブラッドタイガーは大地に倒れ伏した。
「【火炎弾】」
その躯をカーミラの杖から放たれた業火が、即座に焼き尽くす。
「ありがとうございます、さすがカーミラさん」
「ふん、おだてても何もでんぞ」
カーミラは肩をすくめて、少年に言った。
「しかし、倒した魔獣の躯すら焼き、土魔法で埋めて証拠を消すとは、随分と徹底しておるな」
「慎重すぎて悪いことはないですよ。それに焼いてもらったのは遺体を隠すためだけじゃありませんから」
エリクはにこりと微笑み、ぷすぷすと煙を上げる焦げた魔獣に目をむける。
「この魔獣、焼いたら意外と美味しいんですよ」
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「ほら、美味しくないですか? ブラッドタイガーの姿焼き」
「美味くないわ。貴様の味覚はどうなっておるんじゃ」
串に刺した魔獣の肉を、カーミラは苦々しい顔で頬張った。
ドルガネフ大森林を出た二人は、高位魔族に見つからないよう瘴気の濃い場所を選びながら、大陸を南下していた。そのため魔素につられて集まってくる魔獣との交戦は避けられないが、今のところ厄介な高位魔族とは遭遇していない。
エリクは美味しそうに魔獣の肉を口にして言った。
「あと二人は仲間を増やしたいですね。戦闘系と補助系のエキスパートで、魔族にも知られていない人物」
「当てはあるのか?」
「まあ、この数年色々と調べてまわったので、何人かは……」
エリクはもぐもぐと口を動かして頷く。
「それにしてもカーミラさんはすごいですね。普通は極められる魔法は一系統だけだと聞きました。なのに、ほとんど全ての攻撃魔法を極めている。さすが大賢者ですね」
「くくく……まあのぅ。なぜそんなことができるかわかるか?」
「わからないです」
「わらわが天才だからじゃっ」
「な、なるほどっ」
エリクは感心したように何度も頷いた。
「色々と新しい魔法も開発したんですよね?」
「わらわから見れば既存の魔法理論は穴だらけじゃ。ちょっと補強してやるだけで進化させることができる。ちなみに今研究中なのは……」
そこまで言って、カーミラは持参した酒をカップに傾けた。
「まあ、わらわの話はよい。それより貴様じゃ。あの剣技はどこで身に着けた? わらわの知っているどの流派とも異なる」
「あはは、山育ちで身に着けたので完全に我流です」
エリクは朗らかに笑った後、ぱちぱちと爆ぜる焚き火に目を向ける。
「僕は子供の頃に山に捨てられたんです」
「……」
酒入りの器を手にしたまま、カーミラはエリクを見つめた。
「僕は山あいの狩猟民族の村の生まれだったんですが、魔族の侵攻で狩猟も農業もままならなくなって。いわゆる口減らしというやつです」
背中の剣に軽く触れて、エリクは淡々と言った。
「渡されたのは、この一本の剣だけ。それでなんとか身を守り、獣を狩り、水を探して、厳しい自然の中で生きる術を学びました」
「ほう……捨てられたのはどこじゃ?」
「ゴルダナ霊峰の辺りです」
「くくく……なるほど」
カーミラはにやりと笑って、酒を口へと運ぶ。
魔境と呼ばれる地域だ。凶悪な魔獣が跋扈し、高位レベルの冒険者でも迂闊に近づかない土地。
おそらく元々戦いの才能もあったのだろう。エリクはたった一人で魔境を生き抜く中で、誰にも知られることなく驚異的かつ実戦的な力を身に着けた。
「それで納得がいったわ……狩りが貴様の出自という訳か」
剣士であれば、型を習い、道場で互いに名乗り、礼をして立ち合いを始める。
しかし、狩人は違う。獲物の習性を調べ上げ、こっそりと近づき、相手が気づかぬ間に仕留めるのだ。それで密かに魔王を倒すという発想に至ったのだと理解した。
「エリクよ。貴様はどうして魔王を倒そうと考えた?」
「……どうして?」
「うむ、わらわの貴重な時間を割いて付きあってやるんじゃ。貴様が真に信頼に足る男か、動機を聞いておかねばならんかったわ」
魔王を倒して得られるものは人類の平和、そして、名声だ。
しかし、エリクはなるべく目立たず魔王を倒そうと考えている。歴史に名を残す気はなさそうだ。
だとしたら、人類の平和ため、という正義感から来るものだろうか。
「もしそうならば、わらわの旅はここで終わりじゃ」
「ええっ、なんでですか」
「そんな大上段の正義を掲げる人間など、信頼できるか。歴史を誤った方向に進めるのは、えてしてそういう人間じゃ。反吐が出るわ」
「屈折してますね」
「真顔で言うでない。で、貴様の動機はなんじゃ?」
エリクはしばし考え込むように虚空を睨んだ。
「どうなんでしょう……結局は、自分のためでしょうか」
串に刺した魔獣の肉を、焚き火にかざしてエリクは口を開く。
「僕はゴルダナ霊峰で独りでなんとか生き抜きました。それで数年後にやっと村に戻ったら、もう魔族の侵攻で滅びていたんです」
「……」
「それでふと思ったんです。僕は口減らしに捨てられたんじゃなくて、両親はもしかしたら魔族の襲来を予見して、僕を魔族が迂闊にやってこられない場所に隠そうとしたんじゃないかって」
エリクは木々の隙間から覗く満天の星を見上げて言った。
「単なる希望的観測かもしれませんし、もう確かめようもありません。でも、もし魔王が来なかったら、もし魔族がいなかったら、もし人魔戦争がなかったら……僕は今でも両親と仲良く暮らしていた世界があったかもって思うんです」
「……魔王を倒したとて、その生活は戻ってこぬぞ」
「わかっています。だから……言ってみれば単なる腹いせですかね」
「腹、いせ……?」
相手は約百年もの間、世界を恐怖に陥れ続けた大魔王。
この百年の間に、もはや魔王は打ち倒す対象ではなく、逃げ、隠れ、なんとか防げれば幸運。
そんな存在になっている。
それを一言でいえば、気に食わないから倒すのだとエリクは言った。
カーミラは「くくく……」と含み笑いを漏らした。
「はっ、ふははははっ。いいじゃろう。単純かつ明快じゃ。もう少し付き合ってやろう」
エリクが背負った剣を指さして、カーミラは言った。
「貴様のその剣、おそらく超高位魔獣の牙かなにかで作られておる。そして、魔を祓う特殊な加工がなされておるな。少なくとも貴様の両親は、貴様に生き延びて欲しいとは思っていたようじゃな」
「……」
エリクは両目を見開き、背中の剣を抜いて眺める。
そして、ぽつりと言った。
「……ありがとうございます、カーミラさん」
「礼をしたいなら、酒か美味い飯を用意せい」
言いながら、魔獣肉を刺した串を手に取ると、エリクはにこりと微笑んで言った。
「でも、気づけば串に手が伸びてますよ、カーミラさん。その肉、やっぱり美味しいですよね?」
「……」
握った串を眺めたカーミラは、もそりと肉を齧って口角を上げた。
「くくく……確かに、慣れると意外と癖になるの」
意外と癖になるの
次回もアニメ放送日の木曜日に更新予定です。
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