第316話 エピローグ① ~相応の対価~
前回のあらすじ)戦いは終わった
傾きかけた聖女の塔を、夕陽が斜めに照らしている。
魔導昇降機は完全に故障しており、魔竜王との戦いを終えたゼノスと階下に身を隠していたアルティミシアの二人は、階段を使って地上まで降りることにした。
「ありがとう、ゼノスっ!」
塔を出た瞬間、アルティミシアがいきなり抱き着いてきた。
「おおう」
ゼノスがよろめくと、聖女は慌てて離れる。
「あ、ごめんっ、疲れてるよね」
「まあ……さすがにかなり疲れたな。今日はあと一回くらいしか魔法は使えないだろうな」
「むしろまだ使えるんだ……」
あきれ顔のアルティミシアを前に、ゼノスはぼりぼりと頭をかいて、激しい戦いで半ば崩れかけた聖女の塔を見上げた。
「この塔、放っておくといつ崩れるかわからないぞ。もう解体しないと駄目だな」
「え、ええ、そうね……」
「よかったな」
「え?」
瞳をぱちくりと瞬かせるアルティミシアに、ゼノスは当然のように言った。
「ガルハムートもいなくなったし、聖女の塔もなくなれば、もうお前を捕らえておくものはなくなっただろ」
「……」
驚いた様子のアルティミシアは、大きく頷きながら、再び勢いよくゼノスに飛びついた。
「うんっ!」
「おおう」
「あ、ごめんっ」
アルティミシアがもう一度距離を取った瞬間、そばでうめき声が聞こえた。声のした方角を見ると、瓦礫の奥に誰かが倒れている。
「フィガロお兄様っ!?」
慌ててアルティミシアが駆け寄った先にいたは、黄金色の髪をした美しい男だった。ただ、その彫刻のような顔立ちには、まるで血の気が感じられない。
わき腹に瓦礫の先端が突き刺さった形になっており、赤い血が流れ出していた。鈍器が物理的に刺さった状態であるため、癒しの光だけでは改善できていないのだろう。周囲には崩れた塔の瓦礫が積み重なっており、すぐに助けが来る状況でもなさそうだ。
「おぉ、アルティ、ミシア……」
フィガロと呼ばれた男は、弱々しい口調で言った。
「ちょうど、いい。余の傷を、なおせ……」
しかし、アルティミシアは残念そうに首を横に振る。
「ごめんなさい、お兄様。それはできないの」
「なん、だと、余を誰だと、思っている……」
「そうじゃなくて。もう魔竜が滅んじゃったから、魔竜から受け継いだ聖女の力も消えてしまったの」
「……まさか、余はこのまま……死ぬのか」
フィガロが信じられないように髪と同じ色の瞳を見開いた時、のんびりした声が響いた。
「治してやろうか?」
息を呑んだアルティミシアに軽く頷いて、ゼノスは王子に近づいた。
「なんだ、貴様は……」
意識がもうろうとしているせいか、ここが塔の直下すぎてよく見えなかったのか、さっきまで魔竜と戦っていた人間だということに王子は気づいていないようだ。
「俺は場末のヒーラーだ。非正規だけどな」
「非正規の、ヒーラーごときが、王族の余と、口をきく気か」
「嫌なら別にいいけど」
「ま、待て……」
フィガロは細い息をはきながら、右手をわずかに持ち上げる。
「治せる、のか」
「ああ、ただし条件がある」
「条、件? この余に、条件を突きつける気、か」
「ああ。相手が誰だろうが、俺は労働に見合った対価をもらう主義だからな」
平然と答えるゼノス。横から真面目な顔で口を出したのはアルティミシアだ。
「フィガロお兄様。この人は魔竜を退けた救国の英雄よ。国家の恩人に対して、私もお兄様も王家の誇りを賭けて対価を支払う必要がある」
「……」
「じゃ、ちょっと聞いてくれるか?」
驚いた様子のフィガロの前に腰を下ろし、ゼノスは自身の求める対価を告げた。