第3話 闇ヒーラーを開業します
その後、ゼノスはリリを連れて、街外れの定食屋に入った。
「おいしい……!」
野兎肉の煮込みを口にしたリリが、思わず声を上げる。
湯気の立つ皿に顔を突っ込み、ほふほふと頬張る姿はまるで子犬のようだ。
今後、この子をどこに預けるのがよいだろうか。街の教会の場合は紹介者が必要で、貧民出身のゼノスにはその資格がない。貧民街の孤児院なら預かってくれるだろうが、あそこは実質人身売買の温床となっている。エルフの子供がどんな扱いを受けるか考えるだけでも憂鬱な気分になる。
悩んでいると、リリがふと口を開いた。
「ゼノスは、何をしている人……?」
「実は俺もパーティを追い出されたばかりでな。行く当てがある訳じゃないんだが、ちょっと考えたことがあるんだ」
「考えたこと?」
「ああ、治療院をやろうと思う」
ライセンスがないので、正式な開業届は出せない。
もぐりの、いわば闇治癒師ということになるだろうが。
「さっきリリを治癒した時、ありがとうと言ってくれただろ。それがなんか嬉しくてな」
もともと独学で治癒魔法を勉強したのも、貧民街の虐げられていた人たちの傷を癒そうと思ったのと、ある治癒師との出会いがきっかけだった。アストンのパーティで一言の礼もなく、こき使われている間に、長らく忘れていた感情だった。
それをリリが思い出させてくれた。
そう告げると、リリはゼノスをまっすぐ見て言った。
「リリも、手伝いたい」
「え?」
「リリも治療院を手伝う。闇ヒーラーって格好いい。ゼノスは格好いい」
「いや、でもな……」
ライセンスなしでの治療院開業は一応、違法になる。
自分は失うものなどないが、いたいけな子供を付き合わせるのは気がひける。
しかし、リリは全く引くつもりはないようだ。
「リリのこと、ゼノスが買い取った。ゼノスがご主人様だもん。だから、ゼノスについていく」
「それは単に助けようと思っただけで」
「そうなんだ……その気もないのに、リリを買ってポイ捨てするんだ……」
「誤解されるようなこと言うなよ……?」
そんな言い回しをどこで覚えたのかはさておき、希少なエルフの子供を一人で放り出すわけにもいかない。結局、安全な受け入れ先が見つかるまで、という条件で、ゼノスはしばらくリリを預かることに決めた。
リリは、ぱぁと目を輝かせる。
「ほんと? 嬉しい! リリ、ご主人様にいっぱいご奉仕する」
「だから誤解される発言はやめような?」
次の瞬間――
店のドアがけたたましい音で開き、男が倒れ込むように入ってきた。
「す、すまねえ。み、水をくれ!」
男は苦痛に顔をゆがめ、息も絶え絶えに叫んだ。
よく見ると、左肩から腕の先までが真っ赤に腫れあがり、一部は焦げ付いたようになっている。
他に客がおらず、店の主人はおろおろするだけだ。
ゼノスは席から立ち上がった。
「その腕、どうしたんだ」
「ああ、ちょっとな。悪いが、水を……」
男の頬には鱗がある。リザードマンと人間の混血のようだ。
ゼノスは水の代わりに、男の腕に手をかざした。
「火炎魔法でやられた傷だな。しかも、上級魔法だ」
「ああ、もうこの腕が駄目なのはわかっているさ」
「おおげさだな。かすり傷とは言わないが、これくらいは軽傷だろ」
「え? あんた何を言って……?」
ただ、傷は深部に達していそうだ。
完全に治すには詠唱も併用したほうが確実だろう。
「<治癒>」
ゼノスが唱えると、男の腕が白い光に包まれた。
光が消えると、火傷は綺麗になくなっている。
男は驚いて声も出せないようだった。
ようやく、絞り出すように言葉を発した。
「今何をした? あんた、いったい……」
「ゼノスはとってもすごい闇ヒーラーなの」
なぜかリリが得意げな顔で、ふふんと鼻をならす。
「まだ開業してないけどな」
「あ、そうだった」
「闇ヒーラーのゼノス……。こんなすげえ治癒師がいるとはな。覚えておく、助かったぜ」
男は礼を言うと、足早に店を出て行った。
突然現れて風のように去っていったので、結局何が何だったのかわからない。が、ひとまず自分は自分のことをやろうと、ゼノスは考えを切り替えた。
「それじゃあ、リリ。俺達は物件でも探すか」
これからは誰の顔色をうかがうことなく、好きに生きるのだ。
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