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第290話 試食会

前回のあらすじ)聖女が見つからず、上層部には焦りの色がみられた

 十日後。廃墟街にある治療院では、メイド姿のアルが顔をくっつけんばかりにして、ゼノスに詰め寄っていた。


「ねえ、早くっ。早く、早く、早くっ!」

「わかったわかった。行くからそんな勢いで近づくな」 


 ゼノスはアルを押し返しながら立ち上がり、食堂へと足を進めた。


 テーブルには亜人の頭領三名が腰を下ろしている。


「で、何が始まるんだい?」

「いつものように遊びに来たら、食堂で待つようそこの女に言われた」

「リリの美味い飯が食べられるのか? 我は楽しみだ」


 亜人たちが口々に言うと、アルはふふふ、と不敵に笑った。


「キャンプの時はお世話になったし、今日は私の手作りデザートを皆さんに振舞おうと思って」

「そうだ。あたし用事があったんだ」 

「リンガは急にお腹が痛くなった」

「そういえば我は腹いっぱいだったな」

「待ってぇぇっ、なんでぇぇっ!」


 涙目で声を上げるアル。亜人たちは気まずげに顔を見合わせる。


「いや、なんか嫌な予感がしてさ」

「……うん、リンガの尻尾がぞわぞわした」

「我の鋼鉄の肌に鳥肌がたったぞ」


 さすが長年荒くれ者達をまとめあげ、貧民街を管理する頭領たちだけあって、危機察知能力に長けている。


「大丈夫。今度は大丈夫だからっ」


 アルは自分に言い聞かせるようにつぶやくと、キッチンから大皿を持ってきた。


 中にあるのは大小さまざまで、形も歪な焼き菓子らしきものだ。


「さあ、どうぞ、召し上がれ」


 期待と不安が入り混じった顔で、アルは皆を見回す。


 ゼノスと亜人三名は、それぞれ一つずつを指でつまむと、おもむろに口に入れた。


 もぐもぐと顎を動かす様子を、アルは固唾を呑んで見守っている。


「ど、どう……?」

「……うん、いいんじゃないか」


 ゼノスが頷くと、亜人たちも追随した。


「焼きすぎなところと、生焼けなところが混ざってるけど」

「甘味はなんとなく感じられるとリンガは思う」

「つまり、これはクッキーだな?」

「やったぁぁぁぁぁっ!」


 アルは天井に向かって咆哮すると、右手を高々と持ち上げた。


「そんなに喜ぶところか?」

「だって、クッキーってわかってもらえたもの」

「あ、そういう段階……」


 確かに最初に作ったものが、悪魔召喚に失敗したような何かだったことを思うと、かなりの進歩かもしれない。


「アルさん、すごく頑張ってたんだよ」


 リリがキッチンからやってきて、湯気の立つ紅茶のポットを机に置いた。


「リリのおかげよ。ありがとう」

「よかったね、アルさん」


 二人は笑顔でハイタッチを交わしている。


 アルのほっそりした白い指には、小さな傷が無数にあり、料理との格闘の痕がうかがえた。今回は敢えて治療せず、自らが頑張った証として残しておきたいとのたまう。


「しかし、驚いたねぇ」


 食後、ゾフィアが紅茶に口をつけながら言うと、アルは自信満々に腰に手を当てた。


「この短期間でクッキーをマスターした私の料理センスに?」

「いや、そうじゃなくて」

「そうじゃないんだ……じゃあ、何が?」

「あんた聖女で王族なんだろ。あたし達からすると、おとぎの国の住人みたいな現実離れした存在だからさ。それが貧民と生活して料理を頑張るって想像がつかないよね」

「リンガも王族と会話するなんて不思議な気分」

「うむ……なんだこの料理は。まずい、料理人を殺せ――王族なんてそんな感じだと我は思っていたぞ」


 レーヴェの言葉に、アルは虚空を眺めて頷いた。


「もしかしたら……お兄様はそういう感じかもしれない」

「やっぱそうなのか、怖……」


 思わず口を挟んだゼノスに、アルは曖昧な笑顔を向ける。


「でも、よくわからない。家族とも交流は少ないし、私は王族の中でも特殊だから」


 聖女の力を発現した者は、王宮の外れにある塔の中でほとんどの時間を過ごすという。


 王族ご用達の家庭教師、身の回りの世話をする侍女、時々訪ねてくる王族や上級貴族と短時間の顔合わせをする以外はほとんど人に会うことはないらしい。


「だから、むしろ私からすると、あなた達のほうがおとぎの国の住人みたいよ」


 ハーゼス王国の歴史や階級制度は家庭教師から習うらしいが、あくまで机上のもので、そもそも聖女の塔から貧民街の方角は見えないようになっているようだ。


 だから、貧民という存在は知っていても実感が持てなかったそう。


「でも、同時にここがおとぎの国じゃないということもわかったわ」


 定職もなく、明日食べるものもなく、当たり前のように行き倒れが発生する場所。


 それが貧民街。


「私……食べ物ってどこかから無限に沸いてくるもので、料理って勝手に出来上がってくるものだと思っていた。でも違ったのね。クッキー一つ作るのにもこんなに手間がかかるなんて、知らなかった……」


 自身の傷だらけの指先を見つめて、アルはつぶやく。


 彼女からあまり特権意識が感じられないのは、よくも悪くも特殊な成育環境によって巨大な権力を行使する機会に恵まれてこなかったことも大きいのかもしれない。


「ま、三日くらいで音を上げるかと思ってたけど、意外と適応してるよな」


 ゼノスが言うと、アルは得意げに口の端を上げる。


「甘くみられたものね。まだまだこんなものじゃないわ。今日の昼ご飯も私が用意するから、みんなも食べていきなさいよ」

「いや、あたしは遠慮しておくよ」

「リンガもクッキーで十分」

「我はリリの飯を食べに来たのだ」

「なんでっ……!」


  +++


 夕方になり、世界は黄昏色に染まる。


 リリが夕飯の仕込みをしている間に、ゼノスとアルの二人で買い物に出かけることになった。


「ゼノス先生、調子はどうだい?」

「ありがとう、悪くないよ」

「いい秋野菜が採れたんだ、今度持っていくぜ」

「ああ、楽しみにしてる」

「先生~っ。また走れるようになったよ、ありがとう」

「はりきりすぎてまた転ぶなよ」


 道を歩くと、次々と通行人達が声をかけてくる。


 アルは感心した様子で言った。


「あなたって、慕われてるのね。無免許悪徳治癒師なのに」

「ははは、間違っちゃいないな。ま、この辺は顔見知りが多いからな」

「私の料理も喜ばれる日が来るのかしら」


 肩を落とすアルの隣で、ゼノスは苦笑する。


「それだけ熱心なら、もう少し頑張ればもっと上手くなるんじゃないか?」 

「そう、ね、もっと時間をかければ……」


 アルはそこまで言って、おもむろに空を見上げた。


「時間……でも、もしかしたらもうあまり……」


 そのまま立ち止まっているアルに気づいてゼノスは振り返る。


「ん、どうしたんだ?」 

「……」


 アルは唇を引き結び、やがておもむろに言った。


「ねえ、ゼノス。ちょっと聞いて欲しいことがあるの」

「なんだ?」

「凶星、が……」

「……きょうせい?」

「道を開けろ、貧民共っ!」


 ふいに通りの奥から荒々しい声がして、会話は中断される。


 見ると隊列を組んだ一団が、貧民たちを押しのけながら我が物顔で通りを闊歩していた。

なんでっ……!


明日も更新予定です。


アニメは2025年4月3日(木)放送予定です。

本作の公式X、公式サイト、PV公開中です。


★★★★★お願い★★★★★

公式Xのフォローを是非お願いします! 

また3月2日(日)にアニメ先行上映会があるようです。

メインキャストのトークショーもあるようなので予定つく方は是非…!

★★★★★★★★★★★★★


挿絵(By みてみん)


前章を収録した闇ヒーラー7巻が発売中です。


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また、十乃壱先生による続々重版のコミック4巻も同時発売予定です!


挿絵(By みてみん)


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― 新着の感想 ―
聖女、適応力はそれなりに高いようで。 謎物質からクッキー(仮)までは進化したか。
まず、Xの件ありがとうございました フォローはする予定ですが、当方など足元の石ころ程度に思ってくださいませ >>クッキー クッキーはアメリカ英語だから、この地は北米なのですな(まってちがう) と…
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