第239話 プロローグⅡ ~七大貴族会議~
前回のあらすじ)王国西方の国境が魔獣の群れの襲撃を受けた
「状況は?」
西方防衛線が魔獣の襲撃を受けた日の午後には、王都にて緊急の七大貴族会議が開催されていた。
大理石の円卓を囲んでいるのは、国家中枢を担う六名の大貴族たち。
「観測された魔獣はおよそ二百体との報告が上がっております」
軍の関係者が早口で答えると、厳めしい顔つきをした細目の男が口を開いた。
「ところでバミラス卿の姿が見えないようだが?」
「まだ外遊先から戻っておられません。おそらく間に合わないかと」
部屋の隅に控えている国家機関の職員が恐縮して答えると、男は鼻を鳴らして言った。
「外遊ではなく、ただの放蕩旅行だろう」
「ギース卿。今は目の前の議題に集中しましょう」
やんわりと口を挟んだのは穏健派と呼ばれるフェンネル卿だ。
「それで、二百体の魔獣はどうなったのかね」
「はっ。夕方にはなんとか追い返すことに成功したようですが、国境警備隊の被害は甚大です。しかも、翌日には新たな群れが押し寄せる始末。砦の兵士は連日の対応に追われています」
「ふむ……対応を急がねばならんな」
フェンネル卿は顎髭をなでて唸った。
ハーゼス王国とマラヴァール帝国南端の国境付近には、ヤヌール湿原という魔獣の巣があるため、魔獣や魔物はそこからやってきたものだと予想はつく。
だが――
「こういうことはよくあるのかね?」
「いえ……迷い魔獣がやってくることは時々ありますが、通常は単独、せいぜい数匹の集団になっているくらいで、これほどの群れで襲ってきたことは記憶にございません」
「原因は?」
「まだ確認中です」
「一過性のものであればいいがな」
「フェンネル卿。僕はあまり楽観視したくないですがね」
横で口を開いた美しい青年は、七大貴族筆頭ベイクラッド家の若き次期当主アルバート・ベイクラッドである。
アルバートは組んでいた長い足を下ろして一同を見渡した。
「病はいつどこからやってくるかわかりませんから」
「病……聖女様の予言か」
先月、【最重症】の病が国家に近づいているという予言が七大貴族会議にもたらされた。
過去には【重症】の予言で、伝染病や大災害に見舞われた過去がある。【最重症】というグレードは、その上を行くもので国家の存亡に影響を与えかねない。
その後、予言の原因と思われたザグラス地方に現れた厄災級のS級魔獣はブラックランクの冒険者である【剣聖】の手によって無事に討伐されたが、凶事を告げる不吉な星はいまだ天空で怪しい輝きを放っているという。
「消えぬ凶星……それはマラヴァール帝国のことなのか」
円卓の一人が重々しく言葉を発した。
昨今勢力を拡大している新興国家で、北部戦線の重圧は増していると聞く。
ただ、魔獣の群れが発生したのは、同国の南端から少し距離がある場所で、一概には判断しにくい状況だ。
「わからんな。証拠がない状況では迂闊に咎められんぞ。下手につつけばむしろ新たな火種を作りかねん」
別の者の一言で、場にしばしの沈黙が降りた。
アルバートは、細目をした七大貴族に視線を向ける。
「どうされますか、ギース卿」
ギース卿は腕を組み、表情を変えずに口を開いた。
「既に援軍を送る手配はしている」
「さすが行動がお早い。しかし、兵力の配分については微妙な判断が要求されますね」
「ふん、言われずともわかっている」
ギース卿は眉間に薄い縦皺を作る。
ハーゼス王国とマラヴァール帝国の間で、もっとも緊張が高まっているのは北部戦線と呼ばれる地域だ。主力軍同士の睨み合いが拮抗しているため、迂闊に他の戦場に兵力を割く訳にはいかない状況にあった。
「北部戦線の主力軍は動かせん。援軍は王都から送る」
「ほう、それで不測の事態に対抗できますか?」
「ああ、そのために壁を厚めに用意する」
「壁?」
「貧民だよ」
ギース卿は当然と言う風に言った。
質素な食事と安価な給金で、現在少なくない数の貧民が国境警備に駆り出されていることは知られている。最前線に配置される彼らの役割の一つは、敵襲撃時の防波堤となることだ。
「なるほど、貧民を」
「ああ、せめて壁くらいにはなってもらわねばな。こういう時のためにあの害虫共を王都の裏に住まわせてやっているのだ」
「害虫ですか」
「間違っているかね?」
「いいえ」
アルバートは微笑を浮かべて、頬に手をやった。
「期待していますよ」
「言われずとも我が軍は期待に応えてくれるだろう」
ギース卿が眉根を寄せて答える。
「我が軍、ですか」
「異論あるかね? 今は私の管轄だ」
七大貴族は国家における政治や軍事、外交、商取引などをそれぞれ管轄している。
権力が一ヶ所に偏らないよう、数年おきに担当が代わるようになっているが、現在はギース家が国軍を管理していた。
「いえ、僕が期待しているのは……」
アルバートは口の中でつぶやき、微笑のまま窓の外の青空を眺めた。