第234話 火口の死闘【3】
前回のあらすじ)S級魔獣ダークグリフォンと剣聖アスカの死闘。ロアを助け、ピンチに陥ったアスカの前に現れたのはゼノスだった
「ゼノス……」
アスカが驚いた顔で、目を見開いている。
「ぎりぎり間に合ってよかったよ」
ゼノスは短く息を吐いて言った。
休火山ダイオスの山頂を目掛けて走り、繁みを抜けた時には、もうロアが倒れ、アスカが走り出そうとしているところだった。
遠方からアスカとロアに防護魔法をかけることもできたが、ダーク・グリフォンの熱線の強さがわからない以上、自分が受けるのが一番だと判断。
アスカはロアをかばうと想定し、能力強化魔法で脚力強化、ロアの前に身体を投げ出したアスカの、その更に前へと飛び出した。
「だいぶ熱くて痛かった。討伐ランクSは伊達じゃないな」
ゼノスは熱波のダメージを思い出して眉間に皺を寄せる。
実際、ダーク・グリフォンの放った熱線は想像以上に強力で、防護魔法があっても若干火傷を負ってしまい、それをすぐに治癒魔法で回復させた。
「普通は一瞬で炭になるから、熱いとか痛いとかいうレベルのものじゃないけど……」
アスカは半ば呆れた表情を見せた後、訝しげに言った。
「それに、どうして私があの娘をかばうと……?」
「師匠ってのはそういうもんだからな」
さらりと答えると、アスカは一瞬黙った後、思い出したように振り返る。
「そうだ、あの娘は――」
アスカの視線の先、クミル族の少女は、戦場から離脱することなく山肌に立っていた。
ようやく意識が鮮明になったのか、しっかりした足取りで駆け寄ってくる。
「師匠、これをっ!」
差し出された己の剣を見て、アスカは茫然とつぶやいた。
「まさか……このために」
ロアが朦朧とした様子で魔獣に背を向けたのは、逃げるためではなく、手放してしまった師匠の剣を取りに行くためだった。
「逃げろって言ったのに」
「弟子ってのもそういうもんだ」
「そう、そういうものっ!」
「……」
二人を見つめた後、感触を確かめるように、アスカはゆっくりと手の平に力を込める。
「でも……ありがとう」
「アァァァァァァァァッ!」
思惑が崩れたダーク・グリフォンの、怒りの咆哮が山々に甲高く轟いた。
大気が揺れ、暗闇の空が鳴動する。
不安げなロアを一瞬見た後、アスカはゼノスに声をかける。
「この娘…………いや、私の弟子をお願い」
「で、弟子……!」
【銀狼】の一言に感激するロア。ゼノスはにやりと笑って返した。
「支援はいるか?」
「助けはいらない……今は」
「了解。こっちは任せろ。存分に戦ってこい」
ただし――、とゼノスは続ける。
「礼は弾めよ」
「やっぱり変わった人」
アスカは微笑を浮かべると、熱線を今にも放たんとしているダーク・グリフォンに向き直った。
「オォォォァッ!」
「《風裂き》」
不可視の斬撃が、放出されたばかりの熱光線を空間ごと削ぎ取る。
想定を超える遠い間合いからの一撃に、ダーク・グリフォンの反応がわずかに遅れ、腹部から赤黒い血液が噴き出した。
「ギィィィィッ!」
「少し浅い……?」
アスカが身を低くして駆け出す。
ダーク・グリフォンは自らの傷口に炎を吹きかけ、無理やりに止血をすると、漆黒の翼を左右に広げて上空に舞い上がった。
夜の闇と一体化した後、急回転して翼をはためかせる。
「……っ!」
アスカが突然横へと跳んだ。
ついさっき立っていた場所の泥土が盛大に弾けて宙に舞う。
「え、なにっ?」
「おそらく羽根を飛ばしたんだ」
驚くロアに、ゼノスは動体視力を強化しながら言った。
羽根と言っても、その一撃だけで大岩を穿つほどの威力がありそうだ。
しかも、真っ黒なので月夜の下では視認するのも難しい。よくかわせたものだ。
「《風縫い》」
「ァァァァァッ!」
光と熱と爆音が、空と大地にこだまする。
土くれが爆散し、風が唸り、大気が赤く染まった。
剣聖と厄災の攻防が、見る者もいない休火山の火口脇で繰り広げられていた。
観客は少し離れた山肌に立つクミル族の少女と闇ヒーラーのみ。
「師匠、すごい……」
「もはや人と魔獣の戦いじゃないな」
ゼノスは戦闘を眺めて言った。
あそこにいるのは二匹の魔獣。あるいはそれ以上の何か。
ロアが拳を握って口を開いた。
「先生、あたし、師匠を助けにいく」
「馬鹿言うな。師匠の邪魔をする気か?」
「で、でも、あいつは集落の仇でもあるんだ。あたしだけ黙って見てる訳にはいかないよ」
「駄目だ。なぜアスカが俺にお前を任せたのか考えてみろ」
「……」
ロアは唇を噛んで俯く。
ダーク・グリフォンは【銀狼】と戦いながらも、こっちの様子を少し気にしているようだ。
おそらく【銀狼】の弱みを突きたいのだろうが、アスカの連続攻撃によってなかなかその余裕がないように見える。それでも二度ほど熱線がこっちに向かって放出されたが、防護魔法と回復魔法でダメージは回避していた。
ロアは悔しげにゼノスの腕を掴む。
「じゃあ、先生。せめて師匠を魔法で助けてよ。師匠あちこち傷だらけだよ」
「ダーク・グリフォンの次撃がいつこっちにくるかわからないから、こっちも防御体勢を迂闊に解けないんだよ」
それにアスカ自身が支援はいらない、と言ったのだ。
「でもっ」
「いいから、待て」
――今はな。
そうつぶやいて、ゼノスは戦いの行方を見つめた。