第224話 山小屋の襲撃【後】
前回のあらすじ)山小屋に襲来したアイアンコングを退けたゼノス達。手柄を横取りして逃げた一匹を追う【髑髏犬】。同時にカイゼルやアスカ、ロアが山小屋に戻ってきて――
山小屋に戻ってきたプラチナクラスの冒険者カイゼル。そして剣聖アスカとロア。
三人にこれまでの経緯を説明すると、カイゼルは顎髭を撫で、アスカは瞳を細めた。
「ふむ、気になるな」
「……うん」
一方、ジョゼとロアは何が何だかわからない様子だ。
「だからさ、何がまずい訳?」
「そうだそうだっ。あたしもわかるように言ってよ」
いつの間にか二人が結託している。
ゼノスはカイゼル、アスカと目を合わせ、ジョゼとロアに向き直った。
「ええと、今回のアイアンコングの襲撃はなんだか妙なんだよ」
「……妙?」
「これまで大した魔獣が現れていなかったのに、こっちが弱ったと見るや、いきなり群れで襲ってきただろ。しかもアスカやカイゼルがいないタイミングでだ」
「偶然……じゃないってこと?」
「まだわからない。だが、そのうち一匹が死んだふりをした後、今度はあっさり逃げ出した」
ゼノスは言いながら、手負いのアイアンコングと【髑髏犬】のメンバーが向かった方角に目を向けた。
ジョゼとロアが釣られるように同じ方向を見る。
「それは、単に勝てないと思ったからじゃないの?」
「そうかもな。ただ、そもそも今回は魔獣増加の元凶を探しにザグラス地方まで来たのに、魔獣自体が少ないし、山の北西側のルートにしか現れないのも妙だ」
「だから、それが――」
「そして、あいつらが向かったのも北西側だ」
「……っ」
今度はジョゼとロアが顔を見合わせる。
恐る恐る、といった様子でジョゼが口を開いた。
「まさか、誘導されてる……?」
微妙な沈黙の後、アスカがその場で踵を返して北西側に足を進める。
「行ってみればわかる。もしかしたら元凶がいるかも……それじゃあ」
「ちょっと待って、師匠。あたしも連れて行って」
ロアが慌てて後を追おうとするが、アスカは冷たい顔で振り返った。
「ここからはもう練習じゃない。足手まといは邪魔」
「あたしは最初から本気だよ、師匠」
「師匠じゃない」
押し問答を繰り返す二人に、ジョゼが声をかける。
「でもさ、そもそもどうやって後を追う気? もうとっくに姿は見えないけど」
「……」
何とも言えない表情を浮かべるアスカ。
得意げに鼻をこすったのは自称弟子のロアだ。
「やっぱあたしの出番だ。あたしは鼻が利くから、怪我を負ったアイアンコングの匂いを辿っていける。やっぱ必要だろ?」
「……」
アスカのじとりとした視線がゼノスを向く。
「いや、【銀狼】。なんで俺を見るんだ?」
「保護者……」
「……わかったよ。行くよ……」
アスカがロアの面倒を見る気があまりない以上、その役割は自分以外にいない。
いつものごとくロアがぴょんと抱き着いてきた。
「先生、いつもありがとっ」
「労力は全部ツケにしておくからな。出世したらまじで倍にして払えよ」
恨めしげに言うそばで、カイゼルがぐるぐると腕をまわしている。
「……何やってんだ、じいさん」
「急な襲撃ということは、魔獣側も焦れてきておるのよ。おそらく最終決戦は近いぞ。【銀狼】とゼノス殿が向かうというのに、わしが行かぬ訳にはいかんだろう」
「いや、あんたまで来なくても……というか、吸血獣は大丈夫だったのか?」
「吸血獣? ああ、もぞもぞ身体中を這い回っていた害虫か。邪魔くさかったんで、傷口に指を突っ込んで無理やり搔き出したわい、がっはっは」
「がっはっは……って、かなり出血しただろ」
「多少はな。じゃが、筋肉を締めて出血を塞いだから心配いらぬわ」
「プラチナクラスってこんな化け物ばっかなの?」
「がっはっは、貴殿はその化け物に勝ったのだぞ」
大笑いするカイゼルに、ジョゼが慌てて声をかける。
「ちょっと待ってよ。おたくまでここを離れたら、また魔獣に襲われた時はどうしたらいいのさ」
しかし、疲労困憊の冒険者達は強がりながらゆっくり立ち上がった。
「俺らのことは気にすんな。怪我はもう治してもらってるし、ちょっとだるいだけだ」
「ああ、情けをかけられるほど落ちぶれちゃいねえよ。襲われたら追い返すだけだ」
「むしろ下手にここに戦力を残して、任務を達成できねえほうが問題だぜ。俺ら全員の名誉に関わる。元気な奴は全員行ってこいよ」
「……」
ゼノスは無言で頷いて、ジョゼに尋ねた。
「お前はどうする?」
山に入ると一気に見通しが悪くなる。
混戦になった場合に、治癒師がもう一人いてくれたら助かるは助かる。
「行きたく、ない」
「無理強いするつもりはないから、それならここで――」
言いかけたら、「でも――」と口を挟まれた。
「僕は特級治癒師だ。闇ヒーラーなんかに借りを作ったままにできる訳ないじゃないか」
「……そうか」
ゼノスが口元を緩めると、ロアが右手を勢いよく空に突き上げた。
「よーし、最強メンバーが揃ったね。と言う訳で、いざ出発!」
「なんでそんなに元気なんだ、ロア?」
「がはは、腕がなるわい」
「あぁ、気が重いなぁ」
「なんでこんなに沢山……とにかく邪魔はしないで」
クミル族の少女と、闇ヒーラー。
プラチナクラスの槍使いに、現役最年少の特級治癒師。
そしてブラッククラスの剣聖。
それぞれが感想を口にしながら、異色の即席のパーティの初陣が始まろうとしていた。