第215話 山小屋にて【前】
前回のあらすじ)ザグラス地方に到着した冒険者一行は駐屯地となる山小屋に到着した
「はぁ、やっとついたか」
「油断するな、これからが本番だぞ」
「わかってるよ。何年冒険者やってると思ってんだ」
一旦の目的地にたどり着き、冒険者たちは一息をついて互いに言葉をかわす。
山小屋の周囲は人工的に切り拓かれた広場にようになっていた。
「思ったより悪くないけど、長期滞在はごめんだね」
山小屋に入ったジョゼが、眉をひそめて感想を口にする。
全体的に黴臭く、建物の年季は感じるが、沢山の鉱夫が使っていただけあって、五十名程度は収容できるくらいの広さがある。大部屋の他に小部屋も幾つかあり、簡単な調理場もあるようだ。
山小屋の裏、森のほうに入ったところには汗を流せる泉があり、それがここを駐屯地にした理由でもあるのだろう。
担いできた水や食料を倉庫に保管した後、カイゼルが山小屋の前に一同を集めて言った。
「さて、食料の備蓄は一週間。依頼をどう進めるか、段取りを決めておかぬか」
年齢と、冒険者暦の長さ、そしてプラチナランクという格から、この老冒険者がいつの間にかリーダーのような位置づけになっている。
なぜか意見を伺うようにちらちらとこっちを見てくるが、冒険者でもない一介の闇ヒーラーが出しゃばる場面でもないので気づかないふりをする。
「で、ゼノス殿はどう考えなさるかな」
と思っていたら、名ざしされた。
「なんで? 何者でもない俺の意見を聞いても仕方ないだろ」
「ふあはっは。謙遜なさるな。わしに土をつける貴殿が、只者ではないことはわかっておる。訳あって真の姿を隠しているのだろう」
「いや、隠してないけど……」
いや、隠してるか。だが、決していい意味ではない。
「作戦はそっちで決めてくれ。冒険者としてもキャリアはあんたの方がずっと上なんだ」
「で、貴殿の意見は?」
「人の話を聞けぇぇ」
このじいさん、時々現れる人の話を聞かない系か。
「すまんのぅ、最近耳が遠くてのぅ」
「急に年寄りぶるなよ。プラチナランク……」
大きく溜め息をつくと、ゼノスは軽く参加者を見渡す。
「ええと……今回の表向きの依頼は、ザグラス地方における魔獣増加の原因究明。裏の意図としては原因となっているであろう魔獣を探し出して討伐、さっさと採掘業を再開させろ、ってとこまではみんなわかっているだろ」
カイゼルと何人かの冒険者が頷いた。
「元凶はそれなりに強力な魔獣であることが想定される。で、やばい魔獣のそばにはやばい魔獣が集まる。だから、これだけの人数がいるなら、手分けをして山に入って、出会った魔獣を報告し合う。より強力な魔獣がいる方に調査を進めていけば、いずれ元凶に行き当たるはずだ」
「ふはは、さすがゼノス殿。良い案だ」
「ま、理想論だけどな」
ゼノスが答えると、腕を組んで壁にもたれかかっていた男が、吐き捨てるように言った。
「はっ、くだらねえ。俺らは勝手に動くぜ」
シルバーランクのパーティ【髑髏犬】のリーダー、ビーゴだ。
「魔獣増加の元凶を倒した奴が、一番多く報酬を貰えるんだ。なんで仲良く協力し合わなきゃいけねえんだよ。取り分は俺らのもんだ、誰にも渡さねえよ」
やはり、依頼の性質上必ずこういう奴は現れるとは思っていた。
ビーゴの憎々しげな視線は、【銀狼】に向いている。
それを少しも意に介さず、アスカも言った。
「私も。後は勝手にやらせてもらう」
慌てたのはロアだ。
「え、待ってよ。じゃあ、あたしも連れてって。挑戦は受けるって言ってくれただろ」
「任務中は別。それに足手まといはいらない」
「ひどい、弟子なのにっ」
「弟子じゃない」
二人がやり合うそばで、軽く右手を挙げたのはジョゼだ。
「僕は山小屋に残るよ。山歩きはもう勘弁。小部屋の一つを僕の居室兼診療所にするから、怪我したら来て。仕方ないから治療してあげる」
遅れていたミザリーも数人の冒険者に支えられるように、山小屋にたどり着いていた。
「じゃ、じゃあ、私は食事の用意をします。皆さんにお世話になったのでそれくらいはさせて下さい。来る途中に野兎を狩ることができたので、スープにします」
集団から小さな拍手が起きる。だから少し遅れていた訳か。
一旦、解散となった後、リュックの中からぼそりと声が聞こえた。
「なんだか一波乱ありそうじゃのう」
「だから、嫌な予言はやめろって」
「予言というより、予想じゃな」
カーミラの声が、一段低くなる。
「あのトサカ頭が言った通り、これは七大貴族からの莫大な報酬がかかった依頼じゃ。ここは魔獣のはびこる山中。外部の目もない。ならば、こう考える者がおってもおかしくはないじゃろう。他の邪魔な冒険者がいなくなれば報酬は独り占め……」
「お前、嫌なこと思いつくな」
「くくく……天下の知恵者と呼ばれたわらわならば当然の考察よ」
「天下の知恵者? 本当か?」
「嘘じゃ」
「嘘かよ!」
それぞれの思惑を抱えたまま、冒険本番の幕が開けようとしていた。