第209話 旅路と同乗者【後】
前回のあらすじ)馬車に同乗したジョゼという少年は特級治癒師と名乗った
戦闘が終わり、馬車が平常運行を再開すると、ジョゼと名乗った特級治癒師はうんざりした顔で、今回の旅に強制参加することになった経緯を語った。
「シャルバード先生がひどいんだ。『ふぉふぉ、おぬしが特級治癒師で一番暇じゃろう。つべこべ言わずに役立ってこんか』。この一言で危険な冒険に僕を送り出したんだ」
彼はそう言って可愛い顔を歪める。
後半の台詞は、王立治療院院長のシャルバード先生とやらの顔真似と声真似になっているようで、そこはかとない悪意を感じる。
ゼノスは目の前のまだあどけない顔の少年に言った。
「特級治癒師……って、随分若いんだな」
「十六だよ。ひどくない? 他にも特級治癒師はいるのに、わざわざ最年少の僕を送り付けるなんてさ。あのじいさん、僕の才能に嫉妬してるんだ」
十六と言えば、貴族学園の受け持った生徒達と同じくらいだ。
ロアともそう変わらないのではないか。
市民の場合は、中等学校を卒業してようやく治癒師養成所に通えるときいたことがあるが、そんな年齢でどうやって特級の称号に至ったのだろうか。
「うちは代々治癒師の家系だから、幼い頃から訓練を受けるんだ。才能がありすぎたから、早くから王立治療院に目を付けられ、飛び級に次ぐ飛び級で、気づいたら逃げ場がなくなって……治癒師なんて大して興味ないのにさ」
「興味ないのに治癒師をやってるの?」
隣のロアが困惑した調子で言った。
「興味がないから、少しでも早く治療を切り上げたいんだ。さっさと部屋でお菓子食べて、本読みたいしさ。それで速攻で治療を終わらせるようにしてたらこんなことに」
ジョゼは湿った溜め息を吐いた。
そんな理由で特級治癒師にたどり着く者がいるというのも珍しい話だ。
「特級治癒師って、変わった奴が多いんだな」
「え? 他にも会ったことがあるの?」
「あぁ、ベッカーとかな」
師匠も特級治癒師だったらしいが、呪いの件もあるし、ここで触れる必要はないだろう。
「ベッカーさんね。少し腹黒いけど、数少ないまともな特級治癒師だね」
「ベッカーでまともなのか?」
だとすると、他は一体どういう面子なのだろうか。
しかし、ジョゼは思い出したように手を叩いた。
「あ、いや、まともじゃなかった。あの人、大量毒殺未遂で一時期逮捕されてたし」
そういえばそうだった。
あの件に自分が絡んでいるとは言えないが。
師匠も含めて、やっぱりまともな特級治癒師はいないのかもしれない。
「と言うかさ、なんでベッカーさんと知り合いな訳?」
「ま、色々あるんだよ」
「手違いで【特別招集者】になったり、ベッカーさんと知り合いだったり……なのにゼノスなんていう冒険者聞いたことないし。おたく一体何なの?」
「自分にできることをして、ただ静かに暮らしたいだけの人間だよ」
「ふぅん」
ジョゼは興味なさそうに手を頬に当てると、しばらく窓の外に目を向けた。
「どうかしたのか?」
「ああ……いや、別にいいんだけど、さっき怪我した冒険者たちを治癒した時、僕が治癒魔法をかけたより広い範囲の冒険者が復活してた気がしてさ。他にも治癒師がいるのかと思ったけど、詠唱も聞こえなかったし……出力の調整を間違えたのかな?」
「ソウカモナ……」
「なぜまたカタコトに?」
「ああ、いや……それより、剣聖以外にも手練れの冒険者がいるんだな」
ゼノスは咳払いをして話題を変えた。
ジョゼは一瞬怪訝な表情を浮かべたが、気を取り直して口を開く。
「僕が知ってる範囲で言えば【髑髏犬】のリーダー、ビーゴだね。まだシルバーランクのパーティだけど、かなり短期間で到達してる。元は盗賊まがいの連中で素行の悪さでも有名だけど」
集合場所で絡んできたトサカ髪の男だ。やはり怪しい出自らしい。
まあ出自で言えば、こっちのほうが更に怪しいのだが。
「あとはブロンズランクのミザリー・レン。目立った実績はないけど、魔獣使いは珍しいからね。所属していたパーティが全滅したって噂だし、新しい仲間探しも目的かもね」
地味めな女性冒険者のことだろう。なかなかの苦労人のようだ。
「で、目玉はプラチナクラスの槍使い、カイゼル・ドナーかな。還暦を過ぎているはずだけど、まだまだその腕は健在のようだね」
「あのじいさんか……」
プラチナクラスと言えば、事実上の冒険者最上位クラスだ。
確かに、佇まいからして明らかにただ者ではなかった。
「っていうか、ジョゼは冒険者に詳しいんだな。俺も昔冒険してたけど、剣聖とか聖女とか賢者レベルの有名人しか聞いたことないぞ」
「他人の冒険譚を読んだり聞いたりするのは好きなんだ。自分が決められた道をずっと歩かされてきたから、道から逸脱した人々の愚かな蛮勇を耳にするのが楽しくて」
言葉にちょくちょく毒が混じるが、ジョゼに悪気はなさそうだ。
「ま、その冒険譚好きのせいで、今回の冒険に強制参加させられた訳だけど、ハッ……」
乾いた笑い声を立てた後、ジョゼはふと真面目な顔になった。
「ただ、気になるのは【銀狼】だね」
「なんでだ?」
「【銀狼】は孤高の剣士で、他者と群れることは滅多にないって聞くからさ。いかにベイクラッド卿の依頼とは言え、こんな多人数が参加する冒険に手を貸したのは不思議だよ。ベイクラッド卿と個人的な繋がりがあるのか、それとも……」
「ふぅん……」
確かに岩蠍やサンドワームが現れた時の態度を見ても、剣聖は他人とつるむつもりはさらさらなさそうだし、むしろ迷惑に感じている様子だ。
それでもこの冒険に参加すべき理由があったのだろうか。
「……」
剣聖の話題になると、隣のロアは真剣な眼差しになる。
弟子入りの件を全く諦めてなさそうで頭が痛い。
何か声をかけようとした時、馬車がふいに止まり御者の野太い声が外で響いた。
「今日はここまでだ。野営の準備に入るぞ」