第2話 天才治癒師エルフ少女を助ける
パーティを追い出されたゼノスは、うらぶれた街角をとぼとぼと歩いていた。冷気をはらんだ夕闇の空気に、思わず外套の襟もとを手繰り寄せる。
「これから、どうしたもんかな……」
今から他のパーティに加入しようにも、治癒師としての正式ライセンスがない自分は、ギルドにメンバー募集の申し込みをすることができない。
それに、信頼していた仲間達に裏切られた直後というのもあって、なんだかどこかに所属するのも億劫に感じられた。かと言って、貧民街を出てから、ずっと冒険者として暮らしてきたため、他に生き方を知っている訳でもない。
とりあえず腹ごしらえをしながら考えようと、飯屋を探そうとしたところ――
「馬鹿野郎っ。商品を射殺してどうするんだ。これから金にする予定だったんだぞ」
「す、すみませんっ。だって、こいつが逃げるから」
通りの奥で、男の怒号が聞こえた。
なんだろうと思い、ゼノスは狭い路地へと足を踏み入れる。
少し進むと、地面に小柄な人物が倒れており、その脇には人相の悪い男が二人立っていた。
倒れた人物は、薄汚れた格好をしており、既に虫の息だ。
その横顔はまだ幼い少女で、耳の端が少し尖っている。おそらくエルフだ。
北方に住む希少民族だが、時々王都に流れ着くことがある。
少女の背中には矢が突き刺さっていた。
「ちっ……もう助からねえぞ。せっかく貴重なエルフをどうしてくれるんだ」
「すっ、すみませんっ……」
「おい、何やってるんだ。まさか子供を矢で撃ったのか」
ゼノスが声をかけると、男達が睨みつけてきた。
「あん? これはうちが飼ってる奴隷だ。部外者が口を出すんじゃねえ」
ゼノスは蒼白になった少女の横顔を見つめ、アストンから手切れ金としてもらった金貨を差し出した。
「じゃあ、俺が買うよ。これで足りるか?」
「はあ? お前は馬鹿か。こいつはもう……」
「おい、黙れ。いいじゃねえか。せっかくそう言ってくれてるんだ。どうせ死ぬなら金になったほうがましだ」
もう一人の男が横から口を挟み、ゼノスの手から金貨をひったくるように奪って、その場を走り去っていった。
ゼノスはすぐに伏した少女のそばに膝をついた。
「おい、大丈夫か」
「あ……う……」
少女はうつろな目で、口をぱくぱくと開閉した。
「私……死ぬ……の?」
「大丈夫だ。この程度なら助かるから心配するな」
「さすがに……無理……」
「というか、もう傷は治したから、普通に喋れるはずだぞ」
「え……?」
少女はぱちくりと大きな瞳を瞬かせ、ゆっくりと体を起こした。
「え? 痛くない。血も出てない……どうして?」
そばに転がった矢を不思議そうに眺める少女に、ゼノスは言った。
「俺は治癒師なんだ。矢を抜いて治癒魔法で傷をふさいだ」
「絶対、死んだと思ったのに」
「ははは。この程度のかすり傷でおおげさだな」
「かすり傷……? す、すごい……」
少女は驚いて、ゼノスに何度も頭を下げた。
「ありがとう。ありがとう、お兄ちゃん」
安堵のためか、少女の大きな瞳には涙が滲んでいる。
誰かを治癒して御礼を言われたのは久しぶりだった。
血の滲むような訓練をして治癒魔法の即時発動ができるようになったことを、アストン達は信じてくれなかった。戦闘時は少しでも傷がついたらすぐ治癒していたから気づかなかったみたいだし、思えばずっと部屋も食卓も別だったから、説明する機会すらもらえなかったのだ。
必死で頑張ってきたが、改めて考えると結構ひどい扱いを受けていたようだ。
「いいさ。それより、さっきの男達は奴隷商か?」
「う、うん。三日前に捕まって……隙を見て逃げたけど、見つかって……」
「名前は?」
「……リリ」
少女は伏目がちに答えた後、遠慮するように言った。
「あの、お金……」
「あいつらに払った金貨のことか? あぶく銭だから気にするな」
手切れ金なんて大事にとっておくものでもない。
むしろ人助けに使えて良かった。
「お兄ちゃんは?」
「俺はゼノスっていうんだ」
「有名な治癒師?」
「まさか。正式なライセンスを持ってないし、治癒魔法も自己流だしな」
生まれゆえ、パーティメンバーとして正式な届けは出しておらず、公的な場には帯同を許されなかった。つまり、ゼノスという治癒師は表には一切名前が出ていない。
「それにしても、奴隷商に捕まるなんて災難だったな。家はどこだ? そこまで送ろう」
「……家は、ないの」
リリはふるふると首を振る。
つまり、路上生活の孤児ということだろう。昔の自分と同じ境遇だ。
希少なエルフの子供が路上生活とはよっぽどの事情があったのだろうが、無闇に尋ねるつもりはない。
「そいつは困ったな」
言いながら、ゼノスは苦笑した。
そういえば、俺だって、帰るところがないのだ。
ふいに、ぐぅとリリの腹の虫が鳴る。
顔を赤くする少女に、ゼノスはこう笑いかけた。
「とりあえず、飯でも食おうか。リリ」
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