第197話 エピローグⅡ
前回のあらすじ)ゼノスは生徒達に別れを告げた
遠ざかっていくゼノス達の姿を、学園長室の窓から見送るのはアルバート・ベイクラッドだ。
澄んだ瞳。全身から漂う気品と色気。ただそこにいるだけで絵になる立ち姿。
しかし、その端正な横顔からは、どんな感情も読み取れない。
背後に立つビルセン教頭が声をかけた。
「行ってしまいましたな、あの男……」
「寂しいかい?」
「な、なにをおっしゃるのです。ま、まあ、学園の雑事が滞るのは少し残念ではありますが……なにせあの男の雑用能力は専門業者をしのぐレベルで――」
「やっぱり寂しいんだね」
「ち、違いますっ」
広い額を真っ赤にして否定するビルセンを横目で見て、学園長は呟いた。
「不思議な男だ……」
反抗していた生徒達にいつの間にか慕われ、七大貴族の令嬢の態度を変え、差別主義者の教頭に気に入られている。
敵対していたはずの者達を、知らぬ間に味方に取り込んでしまう。
「学園長。結局あの男は何者なんでしょう?」
「……わからないな」
教頭の質問に、学園長は目を窓に向けたまま答えた。
あの男の身元調査は学園とは別ルートを使ったので、教頭は彼の身分を知らない。調査においてもゴルドラン邸で貧民の救命要請に応じたという証言が取れただけで、彼が貧民であると直接示している訳ではない。
アルバート・ベイクラッドは、今のところあの男の身分を公にするつもりはなかった。
元所属先の王立治療院に告げるつもりはないし、紹介者であるフェンネル卿もおそらく知らないだろう。彼を慕うFクラスの生徒は他言しないだろうから、自分が黙っていればそう漏れることはないはずだ。
あの男の身分を隠しておくことに、それほど深い理由はない。
ただ、今はあの不思議な男のことを自分が周りより少し知っているという状況を楽しんでいたいのだ。
「僕が思い通りにできない人物がいるとはね……とても興味深い」
うっすらと微笑む口元に、初めて感情と呼べる何かが浮かんでいた。