表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

195/340

第195話 二人きりの舞踏会

前回のあらすじ)シャルロッテがFクラス残留の宣言をし、Fクラス退学は免れた。その後、シャルロッテはゼノスに手紙を渡しーー

 ――放課後、歌劇場で待つ。


 シャルロッテの手紙に書いてあったのは、短い一言だった。


「……」


 終業式の後、ゼノスは手紙を手に校内の歌劇場に向かった。


 今日で終わりになる貴族学園での生活を思い返しながら、敷地内を歩く。


 教育のことは最後の最後で少しだけわかったような気もしたが、それも定かではない。貧民出身というのが明らかになり、すぐにでも追い出されると思ったが、Fクラスの生徒達の態度はさほど変わらず、教頭からも不思議と音沙汰がない。


 いずれにせよ、貧民が貴族の子弟に混ざって暮らすというこの特殊な機会は、シャルロッテへの手術がきっかけで始まったことだ。


 しんと静まり返った歌劇場。そのステージの上に、七大貴族の少女が立っていた。


 腕を組み、こっちを睥睨する瞳には怒りの色が滲んでいる。


「こんなところに呼び出してどうしたんだ?」

「その前に、私に言うことがあるんじゃないかしら」

「そうだな。悪かった」

「今回は素直に謝るのね。前に私に説教した時は謝らなかった癖に」

「前のは説教のつもりはなかったが……今回は本当に悪いと思ってるからな」


 シャルロッテは腕を組んだまま、ふんと鼻を鳴らした。


「謝って許される問題じゃないわ」

「じゃあ、どうすればいい」

「私の言うことを何でも一つ聞いて」

「俺にできることなら」


 ステージのそばまで近づくと、シャルロッテは組んでいた腕をほどいた。


「じゃあ、踊って」

「え……?」


 ゼノスは思わず立ち止まる。


「踊り……俺が?」

「何でもするんでしょ。いいからこっちに上がりなさいよ」


 驚きつつも、ここで拒否という選択肢はない。ゼノスはステージに上がった。


「はい、手を取って」

「お、おぅ……」


 ぶっきらぼうに差し出された左手を、ゼノスは右手で掴んだ。


 シャルロッテはそのままゆっくりとステップを踏み始める。


 何をどうしたらいいのかさっぱりわからないが、とにかく転ばないように足を動かす。


「下手くそ」

「し、仕方ないだろ。踊りなんてしたことないんだ」


 そのまま静かに踊りながら、シャルロッテは口を開いた。


「私……考えたの」

「……?」

「前に私に説教したでしょ。施しをする時は相手が喜ぶのか考えたほうがいいって」

「だいぶ根に持ってる?」

「当たり前でしょ」


 すぐ近距離にある深緑の瞳が、ゼノスをきっと睨んでくる。


 薄い唇をわずかに尖らせた後、シャルロッテは言った。


「最初はFクラスに興味なんてなかった。でも、今は少し違う。あの娘達を退学にする訳にはいかないって思った。だから、考えたのよ。あの娘たちが喜ぶことは何かって。それで――」


 少し俯いてぽつぽつと話す少女に、ゼノスは笑いかけた。


「そうか……ありがとう」

「なんであなたがお礼を言うのよ」

「一応、今日までは担任だからな」

「……」


 シャルロッテは唇を結び、下から見上げてくる。


「でも……あなたのことは幾ら考えてもわからなかった。そもそも生まれてこのかた貧民なんて見たこともないし、話したこともないし、教科書でしか聞いたことないし。あなたは一体何なの?」

「本職は治癒師だけど、色々あって貧民の子供のために学校を作りたくてな。それで教育ってやつを学びたかったんだ」

「貧民には学校がないの?」

「ないな。学校どころかまともな職も手当てもないぞ」

「そんなことがあるの?」

「ある。めちゃくちゃある。そもそも正式な国民ですらないしな」

「だから……外国出身って言ってたのね。嘘ではなかったのね」


 シャルロッテは何かを考えるように、虚空を見つめる。


「あなたの言うことがどれくらい重要なことなのか、私にはよくわからない」

「ああ」

「ただ、一つだけはっきりわかるのは、何をどう考えても、貧民は私に相応しい相手じゃないってことよ」

「それは間違いないな」


 ゼノスは苦笑し、二人の間に沈黙が下りる。


 響くのは静かな息遣いだけ。


 触れた手の平から、相手の体温が伝わってくる。


 高窓から斜めに差し込む夕陽が、淡いスポットライトのように二人の姿を照らし上げた。


「貧民は人間じゃないって習った。でも、手は温かいのね」

「そりゃそうだ。貧民だって生きてるからな」

「前は冷たかったわ」

「あれは食糧庫の中だったからだ」

「ただ、踊りは本当に下手くそ」

「悪かったな」


 シャルロッテは、顔をおもむろに下に向けた。


 視線を床に落としたまま、ぼそりと呟く。


「なんで貧民なのよ」

「悪かったな」

「あなたが、貧民じゃなかったら……」

「なかったら?」

「……馬鹿」


 わずかに持ち上げられた視線。真っ白な頬に雫が光っていた。


「シャルロッテ、お前――」

「なによ、泣いてないわ。人前で弱みは見せない。涙も見せない。常に気高くあるのが一流の貴族なんだから」


 両の瞳からあふれ出した雫が、とどまることなく頬を滑り落ちる。


 拭うことはしない。拭えばそれが涙と認めることになる。


 シャルロッテは顔を上げ、声を詰まらせ、それでもはっきりと言った。


「泣いて、ないから」

「……ああ、そうだな」


 ゼノスは穏やかに頷いて、目線を少し上に向ける。


 観客のいない歌劇場。


 役者は七大貴族の令嬢と、廃墟街の闇ヒーラー。


 この国ではおよそ交わることのない二人のステップが、舞台の上にゆっくりと刻まれていった。


5章本編終了です、お付き合いありがとうございました。

あとはエピローグになります。

(微調整で193話の後半をそのまま194話の前半に移動してます)


明日も更新予定です。


いつもありがとうございます。

本編を収録した闇ヒーラー5巻が7月15日頃発売予定です。


今回はイリアのキャラデザを公開します。


挿絵(By みてみん)


素朴で可愛いですね。


また十乃壱先生によるコミカライズ2巻が発売中です。

発売即重版したこちらも是非~!


挿絵(By みてみん)


気が向いたらブックマーク、評価★★★★★、いいね などお願い致します……!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点]  こんなん泣くわ!
[気になる点] あれこの物語性始まって初めての失恋? 涙ふいてやれよゼノス
[一言] ゼノ先生が貧民だってことにショック受けすぎじゃねって思ったけど、そういうことかー 甘酸っぺえ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ