第169話 個人授業【前】
前回のあらすじ)Fクラスの少女イリアに放課後治癒魔法を教えるかわりに、勉強を教えてもらえることになった
放課後。
ゼノスは一足先に敷地内の職員寮に戻り、来客の旨をリリとカーミラに伝えた。
「え、貴族学校のお姉さんが勉強を教えてくれるの?」
「なるほど、リリに教えるとは考えたの」
教師という立場上、さすがに自分に教えてくれとは言えないので、リリの勉強を見てもらうという口実で基礎教育を学ぶ機会を得ることにした。
「貴様にしては機転が利くではないか」
「褒められてないが? まあ、いつまでここにいられるかわからないから、少しでもできることはやっておこうと思ってな」
「どういうこと?」
きょとんとするリリに、ゼノスはシャルロッテの機嫌を損ねた件を説明する。
「え、シャルロッテさんって七大貴族の娘さんだよね?」
「そうなんだよなぁ……」
数少ない知人の機嫌を損ねてしまった。
もはやこの学園における教師の役目も風前の灯である。
「えー、もう終わりかえ? つまらんのぅ」
「悪かったよ」
「わらわプロデュースによる学園七不思議その一、夜中に誰もいない音楽室でピアノが鳴る怪談すらやっておらんというのに」
「めちゃくちゃしょうもないこと考えてた、この浮遊体!」
不毛なやり取りの直後、ドアが控えめにノックされた。
リリが耳当てをつけ、カーミラが姿を消したのを確認し、ゼノスはドアを開けた。
「イリアか。よく来たな」
「あ、こ、こんばんは、先生」
お下げの少女が、大きな鞄を抱えて立っている。
そして、更に後ろには栗色の髪をした不機嫌そうな少女が仁王立ちになっていた。
「……シャルロッテ? なんで?」
「あ、あの、シャルロッテ様が自分も行くって」
おどおどと答えるイリアを脇にどけ、シャルロッテはずいと前に出る。
「べ、別に校舎の角であなた達の会話を聞いてたとかそういう訳じゃないからっ」
そのままずかずかと中に入ってきて、びしぃとゼノスを指さした。
「というか、どうして追いかけてきて謝らない訳? 信じられないんだけど」
「お、おぉ……」
「わざわざ謝罪の機会を与えに来てやったのよ。ありがたく思いなさい。大人しく謝るなら、今回だけは無礼を許してやらないでもないわ」
「……」
リリがはらはらした様子で、ゼノスを見ている。
ゼノスは髪をぼりぼりとかいた後、シャルロッテに言った。
「俺は間違ったことを言ったとは思ってないから、謝る気はないよ」
「なんですって……!」
「ただ、お前が不機嫌でいるのは楽しくないからな。機嫌を直して欲しいとは思ってる」
ゼノスは台所に向かい、普段からリリが愛用している茶葉を使って紅茶を淹れた。
それをシャルロッテに差し出す。
「ほら、せっかく来たんだ。もてなすぞ」
「私にこれを飲めって言う訳?」
「豪華なものが常にいいとは限らないって言っただろ。たまには庶民のものを知るのも悪くないと思うぞ。勿論、嫌なら無理強いはしないが」
「……」
シャルロッテはリリに一瞬目を向け、湯気の立つ紅茶入りカップに視線を落とした。
しばらくその体勢でいた後、恐る恐る口に含む。
やがて、ゆっくりと顔を上げた。
「……お、美味しい」
「だろ? 高級品じゃないけど、うちの目利きが選んだ品だ。間違いない」
シャルロッテはもう一度紅茶を啜った。
さっきまでまとっていた刺々しい雰囲気は幾分おさまっている。
「うん。やっぱり機嫌よくしてるほうが、お前は可愛いよ」
シャルロッテの手が止まり、頬が急速に赤味を帯びた。
「は、はあっ? な、ななな、何言ってるのっ」
「え、今の俺じゃ……」
「しょ、しょしょ、しょうがないわね。今回だけは許してやるわっ。感謝しなさいっ」
シャルロッテはそう言い放つと、我が物顔でリビングの椅子の一つに腰を下ろした。
「で、部屋はどこ? 早く案内しなさい」
「あの……ここが部屋ですけど」
リリが答えると、シャルロッテは驚いた様子で辺りを見渡した。
「え、嘘でしょ? うちのウサギ小屋のほうが大きいわ」
「ええっ、おうちすごい!」
二人のやり取りを横目に、ゼノスは部屋の端に立てかけてある杖に近づいた。
「……おい。さっきのお前だな」
「くくく……結果オーライではないか。わらわは天然女殺しゼノスに少し手を貸しただけじゃ」
「天然女殺しって何……?」
「あ、あの、ええと……」
目の前のやり取りについていけてないイリアは、いまだドアの前にぽかんとした顔で佇んでいる。
声をかけると、ようやく我に返ったように大きな鞄を胸の高さに持ち上げた。
「じゃ、じゃあ、勉強始めますね」
くくく……結果オーライ
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