第160話 模擬授業【中】
前回のあらすじ)貧民街に学校を作る準備として、皆で模擬授業をやることになった。まずはゾフィアが教師役を務めるも題材が物騒で中断。続いて教壇に立ったのはリンガだが――
教壇に立ったリンガは、眼鏡の蔓を持ち上げて、えらそうに言い放った。
「生徒、リンガを尊敬する準備はできているかっ」
「はい、大尊敬です、リンガ先生っ」
リリがすかさず右手を上げた。
「生徒役、段々乗ってきてないか……?」
不安げなゼノスとは反対に、リンガは満足そうに頷くと、黒板をばんと叩いて言った。
「リンガの授業は、イカサマ賭博のやり方だ!」
「うん……ちょっとそんな気はしてた」
「くぷぷぷ」
思わず突っ込むゼノスと、笑いをかみ殺すカーミラ。
賭博場を運営しているワーウルフのボスは、おもむろに人差し指を持ち上げ、リリに向けた。
「生徒、イカサマの極意を答えるがいい」
「え、ええっと……ばれないようにうまくやる」
「ふむ、悪くない。悪くないぞ」
リリがイカサマの極意について悪くない答えをしている。
しかし、眼鏡をかけたワーウルフはまだ満足はしてないようで、一歩足を前に出した。
「悪くはないが、真の答えはこうだ。自信を持って堂々と!」
「自信を持って堂々と……!」
リリが繰り返すと、リンガは思い切り首を縦に振る。
「そう、小物は露見を恐れてこそこそイカサマをする。だが、そんな態度では余計にばれやすくなる。リンガほどの大物になると、眉一つ動かさずにイカサマができる。むしろイカサマの何が悪いくらいの態度で臨むのがコツなのだ」
「な、なるほど……!」
「うん、そろそろ一旦休止しようか」
ゼノスは片手を挙げながら授業に割り込んだ。
「盛り上がってるところ悪いが、題材が物騒なんだって」
ゾフィアと同じく、リンガの生徒を巻き込む力も大したものである。
しかし、その結果、無垢な生徒リリは、盗賊の極意とイカサマ賭博の極意を学んだ。
指摘を受けて、リンガの獣耳がぺたんと閉じる。
「……申し訳ない。実はゾフィアが止められた時点で、リンガの題材はよくないと気づいていた」
「そうか。じゃあ、なんでそれでも強行したのか一応聞いておこうか」
「間違っている時こそ、自信を持って堂々とやろうと思ったのだ。その精神こそリンガが教えたかったこと」
うん、意外と立派だ。
いや、立派なのか? だんだんよくわからなくなってきた。
「ただ、もう少し別のやり方もあるんじゃないか……?」
「ぷくくぅ、期待を裏切らんのぅ」
カーミラは完全に楽しんでいる顔だ。
すごすごと引き下がるリンガに代わり、今度はレーヴェが黒板の前に仁王立ちになった。
「はっ、ゾフィアにリンガ。おぬしらにはまだ先生役は早かったようだな。ゼノス、我の授業はしっかり役に立つから安心しろ」
「うん……これは期待していいのか?」
「くくく、わらわは期待しておるぞ」
期待一割、不安九割を抱え、ゼノスはカーミラとともに第三の授業の行く末を見守る。
レーヴェは自信満々に言い放った。
「我の授業は、素手で人食い熊を一撃で倒す方法だ! どうだ、役立つだろう」
「レーヴェ、おい」
止める間もなく、教師は右拳を勢いよく前方に突き出した。うぉんっと風が唸る。
「こうだ」
「こ、こう……」
リリはレーヴェの真似をして、細腕でパンチを放つ。
「違う。それでは弱すぎる。大事なのは心臓を止めるくらいの勢いで拳を打ち抜くことだ」
「心臓を……。ええと、先生、その……どうやって」
「気合だ」
「気合……」
「気合があれば大丈夫だ。授業の後半では山に移動して実践訓練も想定しているぞ」
「さすがに待てぇっ。生徒を殺す気か」
ゼノスは天を仰いで声を上げる。
「と言うか、なんで熊? せっかく魔石採掘業してるんだから、せめてそっちの話とかさぁぁ」
「ひーひっひっひ……たまらん、最高の授業じゃっ」
腹を抱えて笑うカーミラに、教師達は不満げに言う。
「カーミラ、あんたさっきから笑ってばっかだけど、あんただって似たようなもんだろ」
「うん、リンガよりいい授業ができるとは思えない」
「我の熊殺しの授業のほうが絶対上だと思うぞ」
「ほう……?」
カーミラはぴたりと笑いをおさめると、着物の裾をぐいとまくった。
「くくく……いいじゃろう。そこまで言うなら、わらわの本気を見せてやろうではないか」
「え、お前もやるの?」
「もちのろんじゃあ。こんなこともあろうかと教師用の眼鏡は用意しておるわっ」
「なんで全員眼鏡……!?」
颯爽と眼鏡をかけ、ふわふわと黒板前に移動する最高位のアンデッドを、ゼノスは不安十割で見つめるのだった。