第158話 ゼノスの提案【後】
前回のあらすじ)ゼノスは貧民街に学校を作ることを提案した
ゼノスの提案に、一同は沈黙する。
ややあって、リリが恐る恐るといった調子で口を開いた、
「学校って、先生がいて、生徒がいるあの……?」
「そう、その学校だ」
ゼノスはゆっくり頷く。
「うまく言えないけど、師匠から色々教わったことが今に活きてると思うんだよな」
正直、あの出会いが人生を変えたと言っても過言ではない。自分は運良く師匠に出会えたが、貧民街で普通に暮らしてるだけでは、そういう機会はないだろう。
勿論、何かを教えたところで、すぐに生活が変化する訳じゃない。
あくまで貧民は貧民。この国で最下層に位置づけられているという事実は変わらない。
それでも蒔いた種は、いつかどこかで芽吹くかもしれない。
「幸い廃墟街には余ってる建物は山ほどあるから、校舎だって作れる。まあ、改修はかなり必要だろうけど……って、駄目か?」
皆が茫然としているので思わず尋ねると、リリが猛然と首を振った。
「ううんっ。リリ、とっても素敵だと思う!」
目を輝かせるエルフの少女の横で、亜人の頭領達も大きく頷く。
「学校か……考えたこともなかったけど、いいじゃないか!」
「リンガはとっても楽しそうだと思った」
「うむ、我もわくわくしてきたぞ」
熱を帯び始めた空気に、しかし、冷静な声色が割って入る。
「そううまくいくかのぅ」
一同の視線を浴びたカーミラは、グラスを持ち上げてずずと紅茶をすすった。
「別に反対はしておらん。わらわも学校企画自体はありじゃと思う。なんだか面白おかしいことが起こりそうな予感もするしの」
「え? お前の予感って、大体悪い方向に当たるんだが?」
「まあ、それは置いといて。そもそも誰が何をどう教えるつもりじゃ。他人にものを教えるにはそれなりのノウハウが必要じゃぞ」
「置いといていい問題かわからないが……確かにそこも悩ましいところだよなぁ」
今思えば、師匠は教えるのが上手かった。
理屈っぽいヴェリトラには理論をしっかり教え、自分には実践を通して学ばせた。相手に応じて教え方を変えていたのだ。それ以外の様々な知識も世間話の延長のような形で自然と学べるようにしてくれていた。
ただ、あれは王立治療院で指導的立場にいた師匠だからできたことだ。
「それにゼノス、貴様は教育者には向いておらんぞ」
「まあ、なぁ」
「え、そんなことないよ。ゼノスは優しいもん」
カーミラの言葉をリリが否定するが、ゼノスは腕を組んで唸った。
「いや、確かに俺の魔法は感覚でやってる部分が多いから、人に教えるとなるといまいち自信がないんだよな」
治癒魔法ならまだ師匠に習った要領で最低限のことは伝えられるが、パーティ加入後に覚えた防護魔法や能力強化魔法に至ってはほぼ独学であり、自分でも言語化が難しい。
「そもそも独学で別系統の魔法を体得するというのがおかしいんじゃ」
「治癒も防護も能力強化も身体機能を強化するという意味では同じだからな。治癒魔法と同じ感じでやったらなんかできたぞ」
「これじゃから天才は……」
ぼそぼそと呟くカーミラの向かいで、ゼノスは小さく溜め息をついた。
「ヴェリトラがいたらなぁ……」
あいつなら理論も含めて丁寧に教えてくれそうだが、もう王都にいない気がする。
重くなりかけた雰囲気の中、カーミラが軽く肩をすくめて言った、
「ま、しかし、最初から満点など目指せぬし、試しにリリを生徒に見立てて模擬授業をやってみたらどうじゃ」
「え、リリ?」
驚いて自分を指さすリリ。亜人達がゆっくりと立ち上がった。
「そうだね、やってみなきゃわからないさ。それぞれ二週間準備をしてくるのはどうだい?」
「リンガも乗った!」
「うむ、我も腕が鳴るぞ」
「え、お前達も講師をするのか?」
亜人の頭領達は大きく頷く。
「勿論さ。先生だけに負担をかけられないし、協力させておくれよ」
「リンガはこう見えて教えるのが上手」
「ふはは。我が力だけではないところを見せる時が来たな」
意気揚々と引き上げていく亜人を見送った後、カーミラの口角がにやりと上がった。
「ひひひ、面白くなりそうじゃ」
「お前……いっつも楽しそうだよなぁ」