表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

155/340

第155話 理想の治癒師<エピローグ②>

前回のあらすじ)ヴェリトラの部下エルゲンを葬り、【案内人】は姿を消した

 からりとした陽射しが注ぐ一日。


 廃墟街の治療院には、猫人族の【情報屋】が訪ねてきていた。 


「と言う訳で、【カーミラ様と愉快なしもべ達】は、【獣王】の派閥が引き取ることになったにゃ。あいつらも喜んでたにゃ」

「それはよかったな」


 ピスタの報告に、ゼノスは軽く安堵の息を吐いた。


 地下ギルドでのアンデッド大量発生事件。


 騒動は一旦の収束を見せたものの、いまだ混乱が残っているのと、ピスタ達の案内で地上に脱出した者達が恐怖のあまり地下水路に戻るのを拒否しているようで、実質的に機能不全に陥っているようだ。


 中には解散寸前の派閥や、拠点を移した派閥もあると言う。


 派閥達の行く末は少し気になっていたので、【獣王】の下に入ったと聞いて安心した。


「【獣王】はほとんど引退状態だったらしいけど、もう少し続けることにしたみたいにゃ。今後は人助けを中心にした何でも屋をやっていくって言ってたにゃ」

「地下ギルドの大幹部が人助けとはなぁ」

「拾った命だから、最後はいいことに使うって言ってたにゃ」

「そうか」


 ゼノスは口元を緩めて頷き、【情報屋】に尋ねた。


「それで、ピスタはどうするんだ?」

「あたしの目的は達したから、とりあえず母さんのところに戻るにゃ」


 でも――、と自身の猫耳を撫でる。


「時々は……【獣王】を手伝ってやらないでもないにゃ」

「そうか。きっと喜ぶよ」

「闇ヒーラーちゃんには本当に御世話になったにゃ。ありがとうにゃ」


 おもむろに立ち上がったピスタは、にひ、と笑って一瞬で距離を詰めてきた。

 

 避ける間もなく、頬をぺろりと舐められる。


「うおっと、それを忘れてたな」

「にゃはは。【獣王】も闇ヒーラーちゃんをまたぺろぺろしたいと言ってたにゃ」

「気持ちだけもらっておくと伝えておいてくれ」


 頬を押さえたゼノスは苦笑しながら立ち上がった。

 ピスタを外まで送ると、隣にふよふよと霊体が降りてきた。


「ゼノス、貴様に一つ言っておくことがあるんじゃがの」

「もう酒ならやっただろ」 

「そうではない。もっと重要なことじゃ」

「じゃあ、なんだ?」

「キッチンの脇でリリが倒れておるぞ」

「は?」


 慌てて中に戻ると、カーミラの言う通り、リリがうつ伏せに転がっていた。


「え? おい、リリっ! 大丈夫かっ!」


 すぐに駆け寄って診察するが、脈は正常。呼吸は安定。

 ただ気絶しているだけだ。


「なんで……?」


 カーミラが呆れた調子で言った。


「そら慕う男の熱い接吻を目の前で見せられれば、気絶の一つや二つするじゃろうて。貴様の通り名はこれから【鈍感ボケヒーラー】じゃ」

「もはやただの悪口……!」

「なんじゃと、この絶妙なセンスがわからんか」

「お前がセンスを語る?」


 カーミラとやり合っていると、リリがふいに目を覚ました。


「あれ、リリ一体……?」 

「あのな、リリ。聞いてくれ。さっきのは不可抗力だし、そもそもあれは猫人族の親愛の情を示す行為であって別に――」

「ええと……何の話?」


 どうやら倒れたショックで忘れているようだ。


 力を抜いて息を吐くと、治療院のドアが開いて、いつもの面子が現れた。


「先生、さっき【情報屋】とすれ違ったんだけどさ」

「なんだか妙に上機嫌だったから、リンガは問い詰めた」

「すると、ゼノスにぺろぺろしたというではないかっ。猫人族だけずるいぞ。我にもぺろぺろさせてくれっ!」

「お前ら、余計な話題を蒸し返すなぁぁっ!」

「くくく……ようやくいつもの日常が戻ってきたのぅ」


 カーミラの含み笑いとゼノスの焦り声が、賑やかさを増す蝉の声に混じって、青い空へと溶けて消えていった。


  +++


 そんな治療院を、遠く眺める一人の人物がいる。


「礼を言うよ。ゼノス」


 純白のローブをまとったヴェリトラは、風に流れる藍色の髪を耳にかけながら呟いた。


 ゼノスとその派閥の奮闘、それに【獣王】の呼びかけで一部の大幹部達が共闘したこともあり、地下水路では死者らしい死者は出なかったと聞く。


 長年の目的を叶えることはできなかったが、ずっと重苦しかった心は、この風のように軽やかになっている。おそらく深い地の底で、もう一度あの人に会えたからだろう。


「私は王都を出る。別の地で自分のできることを探すつもりだ」


 別れは告げない。深い深い地の底で、もう十分に語り合った。


 廃墟街の片隅に佇む治療院を見つめながら、ヴェリトラは師匠の口癖を思い出す。


 治癒師は怪我を治して三流。人を癒して二流。世を正して一流。


 かつて【案内人】に聞いた話では、ゼノスは貧民街の亜人抗争を終わらせ、王立治療院の闇を払ったと言う。そして、悪の温床だった地下ギルドを結果的に機能不全に陥らせるだけでなく、残った派閥の一部に至っては今後人助けをやっていくと聞いた。


「怪我だけでなく、人間を救い、ひいては社会そのものを変えてしまう治癒師、か――」 


 この世の全てを治療してしまうヒーラー。


 それは師匠が未来に託した理想であり、願望であり、希望だったのだろう。


「……」


 ヴェリトラは静かに踵を返した。


 ここハーゼス王国は、太陽王国とも称される大陸の強国だ。これまでに地下ギルドの大幹部として、国家中枢に近い者達と関わることもあった。


 光と闇は表裏一体。強い光の下にはそれだけ濃い陰ができる。


「この国の闇は深いよ。だが――」


 もう一度治療院を振り返って、ヴェリトラは口元に笑みを浮かべた。


「お前ならいつかそれをも変えてしまうかもしれないな。闇ヒーラー、ゼノス」


 +++


「ん?」


 治療院にいたゼノスはふと壁際に寄って窓を開けた。


「どうしたの、ゼノス?」

「ああ、いや――なんでもない」

 

 通りの奥を眺めたゼノスは、リリの問いかけに軽く首を振り、うっすらと笑った。 


 爽やかな暑気を含んだ風が、頬を通り過ぎ、窓枠を小さく揺らす。


 温かく穏やかに吹いた風の中に、ほんの一瞬、師匠の残り香を感じた気がした。

4章終了です。長らくお付き合い有難うございました。


本エピソードを収録した闇ヒーラー4巻が今月11/15頃にGAノベル様より発売予定です。

書き下ろしやだぶ竜先生の素晴らしいイラスト満載の一冊を是非お手元に!


続刊に関しては(リアルな話ながら)4巻の売上次第なところもあるので、是非応援頂けると有難いです~! もし書けそうなら12月頃からぼちぼち始められればと思っております。


今回は4巻カバーを紹介します。


挿絵(By みてみん)


ピスタ可愛すぎでは……?


また、闇ヒーラーはコミックシーモア電子コミック大賞2023のラノベ部門にノミネートされています。

会員登録なしでクリックするだけで投票できるので、よろしければ是非応援お願いします~!


見つけてくれてありがとうございます。

気が向いたらブックマーク、評価★★★★★、いいね などお願い致します……!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 2人去ったか 正直自分の責任をゼノスに押し付けてくる態度にはうんざりさせられたが、 安易に主人公に惚れないところは他の女キャラより好感がもてる ピスタも・・・かな(なめるのは友情と判断
[良い点] 4章完結、お疲れ様です。 この章も楽しませて頂きました。 というか、ほとんど毎日更新でしたね。 ありがとうございます。 [気になる点] 手記はヴェリトラが持ち続けることになったのでしょう…
2022/11/08 12:17 退会済み
管理
[一言] あっ!師匠の手記を見してもらってない気がするにゃ まあ、メインの目的は達したのかにゃ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ