第151話 地底の邂逅【前】
前回のあらすじ)浮遊体が活躍した
浮遊体がゾンビロードを滅した頃――
「《治癒》!」
地の底で、ゼノスの治癒魔法の詠唱が響きわたった。
真っ白な風が吹き荒れ、ヴェリトラの立つ死霊魔法陣から這いだしてきたゾンビ達を根こそぎ薙ぎ払う。
しかし、間髪入れず新たなアンデッド達が生み出され、ゼノスの元へと殺到した。
「あぁ、疲れた。いい加減諦めたらどうだ、ヴェリトラ」
再び治癒魔法を放ちながら、ゼノスが言った。
「……黙れ」
ヴェリトラはかつての親友の言葉には耳を貸さず、死霊魔法陣に魔力を流し込み続ける。この場所に何十年と堆積し続けた名もなき死者達が、アンデッドとなってゼノスに襲い掛かった。
蘇生魔法を発動するには生け贄が必要だ。そのためにはゼノスを排除するしかないが、部下のエルゲンは昏倒したままだし、【案内人】は途中で姿を消してどこにいるかもわからない。
いや、どこかで見ているとしても、頼る気はなかった。
こうなった今、ゼノスとの決着をつけるのは、自分を置いて他にいない。
ここで過去のしがらみと決別し、師匠に新たな命を吹き込む。
ヴェリトラはゼノスの背後にある地下水路へと繋がる小道に目を向けた。
最初に放ったアンデッド達も一向に生け贄を連れてこない。一体どうなっている。
ゼノスは額に汗を浮かべながら言った。
「俺の後ろが気になってるようだな。お前が何をやりたいのか、なんとなくわかってきたよ。ただ、俺の派閥や大幹部達や謎の浮遊体が頑張ってるから、多分お前の思い通りにはならないぞ」
「お前に何がわかる」
「わかるよ。どれだけ一緒に過ごしたと思っている」
「だったら――」
どうして、私の前に立ちはだかる。
声にならない声が漏れた。
わかっている。本当はわかっていた。師匠が死んだのはゼノスだけのせいじゃない。
孤児院の金を奪い、浅はかな夢を見た己の行動が、悲劇を引き寄せたものだと気づいている。
「どれだけ師匠に会いたいか、どれだけあの時のことを後悔しているか。お前ならわかるはずだっ」
「ああ、わかる」
「だったら、邪魔をするなっ!」
ヴェリトラは更に魔力の出力を上げた。通常、アンデッドは元になった遺体が古く、生前に強かった者ほど強力になる。上層のゾンビは既に出尽くし、更に地の底に埋もれた古い遺体に偽りの生命が宿っていく。
ゾンビロードのような大物はさすがにそうそう出てこないが、グール、ゾンビキングといった上位種が次々と這い出し、雄叫びとともにゼノスに襲い掛かった。
「ったく、アンデッドの博覧会だな」
ゼノスは両手を前に向け、わずかに腰を落とした。
手の平から溢れる光が更に強さを増し、うねるようにアンデッド達を飲み込んでいく。
死霊魔法陣から立ち上る禍々しい紫と、闇ヒーラーの手から放たれる温かな白色が、地下空間でぶつかり合い、混ざり合い、強烈な波動となって大地を揺らす。
「悪いがアンデッドをこれ以上水路に行かせる訳にはいかない。俺がここで全部止める」
「ゼノスっ」
「覚えてるか、ヴェリトラ。師匠がよく言っていた口癖を」
当然だ。
あの人の口癖は、多いものから少ないものまで全て覚えている。
ゼノスは額の汗を拭って言った。
「ヴェリトラ。おっさんが俺達に魔法を教えたのは、アンデッドに人を襲わせるためじゃないぞ」
「黙れっ」
そんなことは百も承知だ。
こんな真似をして、師匠が喜ぶとは思っていない。
怒られてもいい。叩かれてもいい。
むしろ馬鹿野郎と殴ってくれたら、どんなにいいだろうか。
「禁呪に手を出せば、お前はただじゃすまない」
「だから、わかっていると言っただろっ」
紫色の波動が、嵐のように渦を巻き、白い風を薙ぎ払った。
あの人が蘇るなら、自分はどうなってもいい。そのくらいの覚悟はとうにできている。
「いや、わかってない。お前は全然わかってない。お前は自分勝手だ」
「なに、が」
昔からあまり表情の変わらないゼノスが、珍しく不機嫌な顔をしている。
「師匠を失ったのは、俺も一緒なんだ」
「……っ」
ゼノスから発された白い波動が、眩しいほどに輝き始めた。
それは分厚い壁になって大量のアンデッドと紫色の魔力をじりじりと押し返していく。
――魔力、がっ……。
手足がしびれ、意識が持っていかれそうになる。
出力を限界まで引き上げても、白い壁はゾンビ達を塵に変えながら迫ってくる。ゼノスはここに来る前から、かなりの数のアンデッドを退けてきたはず。それでも癒しの風は留まることなく、地底に吹き続けている。
「その上――」
さらにもう一段階、治癒の力が強まった。
「親友まで失ってたまるかぁぁぁぁっ!」
「う、あっ」
ゼノスの叫びとともに、大渦を巻いた白い嵐が、吹き荒れた。
純白の温かな奔流が、
アンデッドも、
戦意も、
悪意も、
絶望も、
全てを根こそぎ洗い流していく。
まともに立っていることもできず、ヴェリトラはその場に膝をついた。
もう手足が動かない。
魔力も搾りカスすら残っていない。
ただ、荒く息を吐きながら、ヴェリトラはゼノスを睨み上げた。
蘇生魔法を発動するだけの魔力はもう残っていない。
発動に必要な生贄もやってこない。
何年もかけて準備をしてきた悲願は、目の前にいるかつての幼馴染によって潰えてしまった。
「この、化け物め……師匠はお前のことばかり気にしていた。だから、お前が嫌いなんだ」
「生憎だが――」
ゼノスは肩で息をしながら、ゆっくりと両手を下ろした。
「俺は嫌いじゃないぞ」
地中の奥深くで、二人の息遣いが重なり合う。
「これだけの力があって……どうしてあの時、師匠を救えなかった……」
「ヴェリトラ。お前は一つ勘違いをしている」
「……なに?」
ゼノスは大きく息を吐いて、その場であぐらをかいた。
「どうせ普通に言っても聞く耳持たないだろうから、聞く耳持つまで付き合うつもりだった。やっと聞く気になったみたいだな」
「……?」
「いいか、ヴェリトラ。俺達は師匠に生かされたんだ」
「? それは、どういう――」
言いかけた刹那、背中に冷たい衝撃が走り、ヴェリトラの声は途切れた。
胸から毒々しい色をした刀身が突き出している。
まるで、あの時と同じような光景だと、どこか他人事のようにヴェリトラは思った。
「ヴェリトラっ!」
ゼノスの声が遠く聞こえる。
倒れ込みながら後ろに目を向けると、いつの間にか体を起こした部下のエルゲンが、怒りに顔を歪めていた。
「蘇生魔法が完成すれば、巨万の富を得ることができる。だからお前に付き従ってきたのだ。これが失敗した以上、お前に用はない」
不意をついて剣を投げたのは、長年付き従っていた側近だった。
エルゲンはそのまま蘇生魔法陣に置かれた金貨入りの袋を鷲掴みして、水路に続く小道へと駆け込んで行った。
「しまった。待てっ!」
ゼノスもかなり力を消耗していそうだが、それでもよろめきながら立ち上がった。
「もういい、ゼノス……」
ヴェリトラはかすれた声で、幼馴染を留める。
「もう……いいんだ。あれにも、随分無理をさせた……。放っておいてくれ」
「ヴェリトラ……」
蘇生魔法を発動できなかった今、全てはもう終わったのだ。
師匠は生き返らない。
ならば生きながらえる意味もない。
なのに――
「ゼノスっ……」
ヴェリトラは細い息を吐きながら、近づいてくる幼馴染を睨んだ。
自分の全身を白い光が包んでいることに気づいたのだ。
「なん、で……」
「悪いが、勝手に助けるぞ。まだお前の勘違いを訂正していないからな」
「もう、お前も……魔力が残っていない……はずだ」
「黙っとけ。なけなしの魔力を集めてるんだ。集中が切れる」
廃墟街の闇ヒーラーはそう言い放つと、まるで師匠のような顔で笑った。
「言っただろ。今度は救うって」
言っただろ。
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