第150話 派閥の真のボス
前回のあらすじ)地の底でゼノスとヴェリトラは再び相まみえる
「おい、生きてるか……?」
地下水路の一角で、満身創痍で座り込んでいるのは、【カーミラ様と愉快な僕達】の面々だ。
「ああ、なんとか無事だ……」
「一応、全員生きてるぞ……」
「まじでぎりぎりだったな……」
徒党を組んでなんとかアンデッドに対抗していたが、体力の限界を迎え、死を覚悟していた。
だが、時間とともに次第に亡者共の勢いが弱まり、結果なんとか生き残ることができた。
立ち上がる力もなく、ただ荒く呼吸を繰り返していると、石の通路の奥から複数の黒い影が近づいてきた。
「や、やべえ。また来たぞ……」
「ま、まじかよ。もう……」
息も絶え絶えに声をかけあうが、誰も動けない。
このままアンデッドの餌食になることを覚悟したが、相手が発したのは人の言葉だった。
「おい、お前さん方、生きとるか」
ゆるゆると顔を向けると、巨大な獅子のような姿をした男が先頭に立っている。
「あ……あんた、誰だ?」
「わしゃあ【獣王】と呼ばれておるもんじゃ」
「はぁ? なんだよ、【獣王】って……え?」
男達の動きがぴたりと止まる。
「獣……王……。え? 確か大幹部にそんな名前のがいたような……いや、嘘だろ?」
「ああ、その大幹部じゃ」
「ぎゃあああっ!」
地下における大幹部は、半ば伝説のような存在だ。
震えあがる男達を見て、【獣王】は困ったようにたてがみをかいた。
「お前さん達は闇ヒーラーの派閥じゃろう。まあ、叫ぶ元気はあるようで安心したぞ」
「え、な、なんで?」
「お前さん達のボスには世話になったからな。アンデッドを蹴散らしながら探しておったんじゃ。地底に向かった闇ヒーラーがかなりアンデッドを倒してくれたのと、大幹部のうち四人が協力してくれたおかげで、脅威はだいぶ遠ざけることができた」
【獣王】はごろごろと喉をならした。
「お前達、無事かにゃっ」
その時、反対側の通路から息を切らしながらやってきたのはピスタだ。
「姐さんっ!」
「やっと結界が張られてない隠し出口を見つけたにゃ。地上に脱出するにゃ」
ピスタは【カーミラ様と愉快な僕達】の派閥員を鼓舞する。来る途中に出会った者達に出口を案内をしていたため駆けつけるのが遅くなったと言う。【獣王】は満足げに笑った。
「ふあはは、やるではないか」
「うるさいにゃ。地下のあちこちに出入りしてた【情報屋】のあたしなら、このくらい当然にゃ」
「む、むぐぅ」
【獣王】を黙らせるピスタに、派閥員達は揃って尊敬の眼差しを送る。
「姐さん、大幹部相手にすげえ……」
「でも、仕方ないから【獣王】も一緒に連れてってやるにゃ。ついてくるにゃっ」
「お、おおう」
みるみるうちに【獣王】の顔が明るくなった。大幹部を手の平で転がす派閥ナンバーツーに派閥員達が畏怖の念を抱いたのは言うまでもない。
【獣王】は引き連れていた側近達に指示を飛ばした。
「出口を確認したら、手分けして地下の者達に場所を教えるんじゃ。なるべく多くを助けろ。【破戒騎士】、【青影】、【百面相】、【蠍姫】の派閥は危機を脱するまでは協力してくれるはずじゃ」
「あ、あの、どうして大幹部様が、そんなこと……」
混乱する男達に、【獣王】は猫のような目を向ける。
「別に助ける義理はないんじゃが、魑魅魍魎の集う地下ギルドで人助けだけをやって大幹部に手が届いた男に出会ってしまったからのう」
【獣王】は豪快に笑い、一歩を踏み出す。
直後、地鳴りのような音が鳴り響き、通路が上下に揺れた。
「う、わ、あああ」
「にゃ、にゃにゃあああ」
「むうっ、これは!」
それぞれが声を上げると同時に、水路の一部が水しぶきとともに弾け飛ぶ。ぽっかりと開いた暗い穴から、強烈な腐臭と皮膚のただれた巨大な死面が覗いた。それは身悶えしながら、石の通路に這いだしてくる。巨体の振動で、石壁に縦横無尽に亀裂が走った。
「ぎゃあああああっ! 巨大ゾンビだぁぁぁっ!」
「終わり、終わりだぁぁっ」
「む、ゾンビロードかっ……病み上がりにはつらい相手じゃの」
阿鼻叫喚の男達。
苦渋の顔で臨戦態勢を取る【獣王】。
突如訪れた絶望の象徴は、ようやく獲物を見つけたとばかり大口をあけて迫ってきた。
むきだしの黄色い歯。口の端からほとばしる粘液で、石床が焼けただれる。
その時――
「待てぃ、デカブツ!」
いつの間にか、一同の前に空中を浮遊する女がいた。
「まったく、無軌道に移動しおって。後を追うのもひと苦労じゃったわ」
女は宙に浮かびながら、肩をぐるぐるとまわす。
人の外見をしているが、存在感は希薄で、半透明の身体に凍えるほどの冷気をまとっている。
女の放つ冷たい圧に、ゾンビロードの動きが止まった。
「ぎゃああああああああああ、今度はレイスだっ。レイスが来たぁぁぁっ」
「今度こそ間違いなく終わりだぁぁっ!」
ゾンビが襲来し、大幹部がやってきて、ゾンビロードが迫り、レイスが姿を現す。
百鬼夜行のごとき怪物達のコンボ。
確実な死を覚悟する男達の横で、ピスタが瞳を瞬いた。
「え……あれ、もしかして闇ヒーラーちゃんのところのレイスにゃか?」
黒衣をまとったレイスがゆっくりと振り返る。
「んー、貴様はさっきの猫娘か。ということは、この男共はゼノスの派閥員か?」
「そうだにゃ」
「あ、姐さんがレイスと喋ってるぞ」
「アンデッドって……会話できんのか?」
「や、やっぱり只者じゃねえ」
恐れおののく男達を、レイスがじろりと睨んだ。
「ほう。だとしたらなぜそこにぼんやり座っておる?」
「え……?」
「わらわの派閥員なら、さっさとわらわを敬わんかぁっ!」
「え、いや、あのっ」
「わらわがカーミラ様じゃあっ。派閥の真のボスを前に頭が高い。ひれ伏せぇぇっ!」
「は、はいぃぃっ!」
何がなんだかわからないが、アンデッド最高位と呼ばれるレイスの勢いに押され、派閥の男達は一斉に頭を下げた。
少し満足そうに微笑んだレイスは、低く唸り続けるゾンビロードに向き直る。
「さて、手下共の手前、多少は良いところを見せねばのう。待たせたのぅ。地獄の亡者よ」
カーミラはそう言うと、白い足でふわりと地面に降り立った。
「貴様も不憫な奴よ。長い眠りから無理矢理起こされて、気が立っておるんじゃろう」
「ごるるぅううぅっ!」
ゾンビロードは口から腐液を吐いて、のそりと前進した。
目の前の半透明の女を敵と認識したようで、全身に濁った殺気がみなぎっていく。
「生者の営みに手を出すのは主義に反するが、貴様は死者。こちら側の存在じゃ。それに――」
唸りながら猛然と突進してくるゾンビロードに、カーミラは両手で印を組んで言った。
「たかがゾンビの親玉の分際で、死霊王のわらわを無視するとは何事じゃああああああっ!」
空間が歪むような錯覚とともに、ゾンビロードの巨躯が潰れた。
まるで見えない巨大な重りが乗っているように、大気が激しく軋んでいる。
轟音が鳴り、嵐のような突風が水路を震わせた。
平たくなりながらも、咆哮し、四肢をばたつかせていたアンデッドの巨体はやがて動かなくなった。もう一度浮かび上がったカーミラは、細かな塵になって水路を流れていくゾンビロードにぽつりと言葉をかける。
「もう眠れ。無垢なる赤子よ」
そして、いまだにひれ伏している男達と、あっけに取られた様子の【獣王】とピスタの前をふわふわと通り過ぎていく。
「……ふん。貸しじゃぞ、ゼノス。さっさと貴様の仕事を終わらせて、きっちり返せ」
貸しじゃぞ。
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