第148話 幕間と遭遇
前回のあらすじ)浮遊体を連れたゼノスは、ヴェリトラを探し地下水路を駆ける
同時刻。廃墟街の治療院では、リリと亜人達がぼんやりと食卓を囲んでいた。
窓の外はすっかり夜の帳が降りている。
リリが顔を上げて、席を立った。
「あ、もうこんな時間だ。夕飯の準備をしようと思うけど、みんなは食べていく?」
キッチンに向かおうとしたリリに、ゾフィアが心配そうに声をかける。
「リリ、先生が心配なんだろ。無理して明るく振舞わなくてもいいんだよ」
「……」
リリは立ち止った後、笑顔で首を横に振った。
「ううん、私にできることは今まで通りにここでゼノスを待つことだけだから」
ゾフィアは机に頬杖をついて、口元に笑みを浮かべた。
「なるほどねぇ。あんたは強いね、リリ」
「え、そんなことないよ。私が強ければ、カーミラさんみたいに直接ゼノスの手助けに行けたと思うし……」
カーミラが腕輪に宿ってゼノスに密かについていったことは皆知っていた。
だからこそ、少し安心できるというのもある。
「いや、強いと思う。リンガなら居てもたってもいられなくなる」
「うむ、今、少しだけ女としての器の違いを見せつけられた気がしたぞ。ほんのちょっとだがな」
リンガとレーヴェの言葉を聞いて、リリはくすりと微笑む。
キッチンに立ち、張り切って腕まくりをした。
「ねえ。せっかくだから、みんなで美味しいものを食べようよ」
「いいねぇ。地下に行った奴らが悔しがるような上等なもんを食べようじゃないか」
「うん、リンガもだんだんお腹が減ってきた」
「そうだな。我らだけでゼノス殿の勝利の前祝いといくか」
女子達の賑やかな笑い声が、月夜に響き渡った。
+++
舞台は変わって地下水路。
わずかな明かりが点々と灯る石の通路を、闇に紛れるような漆黒の外套がはためきながら通り過ぎていく。
「匂うぞ。そこを左じゃ」
「了解」
カーミラの案内に従って、ゼノスは全速力で駆けた。
道中、ゾンビやグールが列を為して襲ってくるが、それらは全てゼノスの治癒魔法が薙ぎ払っている。こうして震源地に向かってアンデッドを排除していけば、被害も少しは抑えることができるはずだ。
「ゼノス、治癒魔法をわらわに当てないように注意するのだぞ」
「ああ、気をつけてるよ。ただ、敵の数が多いから、うっかり間違えて浄化したらすまん」
「すまんで済むかっ」
「ははは、冗談だよ」
「冗談に聞こえなかったが……?」
だいぶ深いところまで来ている感覚はある。この辺りまで来れば、ゼノスにも地の底から立ち上ってくる濃縮された死の気配が感じられる。
「む、待て」
カーミラの一言で、ゼノスは足を止めた。
「なんだか妙な気配じゃ。今までとは違う奴がおる」
「……」
確かに、指先がひりひりとしている。
なにか嫌な気配が次第に近づいてきているのを感じる。
腐臭と悪臭がますます強くなり、そして――
どごん、という鈍い音とともに、水路の壁が派手に弾けた。ぽっかりと開いた暗闇から、真っ黒に落ちくぼんだ瞳が覗いている。ぼんやりした明かりに照らされた皮膚は剥げ落ち、青黒い粘液があちこちから垂れていた。
なにより、でかい。
四つん這いのような姿勢を取っていてなお、水路を埋め尽くさんばかりの巨体だ。
流れる水がみるみる濁り、腐っていく。
「む、これはっ」
「ゾンビロードか……」
王立治療院近くの墓地で、かつて出会ったゾンビキングの更に上位種だ。
「ふん、ゾンビの最上位とか言われている奴か。調子に乗りおって」
「あ、おい、どっか行くぞ」
ゾンビロードはこちらに興味がないのか、壁や天井を破壊しながら、意外な速さで水路を駆け上がって行った。
このままでは甚大な被害が出る。反射的に追いかけようとしたが、カーミラに止められた。
「待て、ゼノス。わらわが行く。貴様は底へ向かえ。ここまで来れば目的地はすぐそばじゃ」
「そうかもしれないが――」
「貴様の本番はこれからじゃろう。あれとやりあっても時間と魔力を無駄に消費するだけじゃ」
「任せていいのか?」
ふわりと浮かび上がったカーミラは黒衣の裾を翻した。
「ふん、貴様のためではないぞ。ましてや地下の住人共のためでもない。人間共の命などレイスのわらわにとってはただの養分に過ぎぬわっ。じゃが――」
死霊王は目を細め、ゾンビロードが消えた水路を睨んだ。
「あのでかぶつめ。このわらわを無視しおった」
ゾンビロードに死亡フラグ……!
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