第146部 アンデッド襲来【前】
前回のあらすじ)ヴェリトラは大幹部会に姿を現さなかった。同時に地下水路に大量のアンデッドがあふれていると報告があり――
複雑に入り組んだ地下水路。
支流のように無数に分岐した水が、再び集まって流れ落ちていく更に地下に、ぽっかりとひらけた空間があった。
天然の鍾乳洞のような場所に、鼠色のフードの人物が立っている。
「【黒の治癒師】君。予定通り手紙は渡してきたよ」
ヴェリトラは腕を組んだまま、視線を【案内人】に向けた。
「ご苦労。結界は?」
「発動済みだよ。地上への出口となる部分に魔法の壁を作っている。しばらくは誰も外には出られないけど、これだけの数だとそう長くは持たないよ。せいぜい半日かな」
「十分だ」
「それにしても、壮観だね」
【案内人】がヴェリトラの隣に立って、感想を口にした。
二人が見下ろす先の地面には、巨大な魔法陣が二つ描かれている。
そのうち一つ、紫色の光を放つ魔法陣の中央にはヴェリトラの部下のエルゲンが立ち、印を結んで呪文を詠唱している。そこからゾンビやグールなどのアンデッドが溢れ出し、呻き声を上げながら水路へと殺到していた。
「なるほど、考えたね。ここなら大量のアンデッドを生み出せる訳か」
「ああ。ここは地下水路の終着点の一つ。かつて地下で行き倒れた者、戦いに敗れた者、そうやって水路に落ちた亡骸がやがて流れ着く場所。ここの地の底には無数の死体が眠っている。アンデッドの材料には事欠かない」
「まあ、ボクが興味あるのは、その先なんだけどね。地下水路中をアンデッドで満たして一体何をしたいんだい?」
【案内人】がフードの中の瞳をヴェリトラに向ける。
「ここまで協力したんだ。蘇生魔法についてそろそろ教えてくれてもいいんじゃないかな?」
「……」
ヴェリトラはしばし黙った後、おもむろに口を開いた。
「師匠の手記には、蘇生魔法の研究記録が残されていた。一部が破れていたり、消されていたりで全容はわからなかったが、その解明に多くの時間を費やしてきた」
「ネクロマンサーの彼を側近にしたのもそのためだね」
【案内人】の言葉に、ヴェリトラは軽く頷く。
死者を死者のまま使役するのが死霊魔法。
死者を生者として蘇らせるのが蘇生魔法。
質は違うが、死者に働きかけるという意味では、方向性は近しい。蘇生魔法の研究を進めるために死霊魔法の知識が必要だった。研究費の捻出と、ネクロマンサーのようなアンダーグラウンドの人脈を得るためにヴェリトラは地下ギルドに入った。
「その成果が、あの魔法陣ってこと?」
アンデッド生成の魔法陣の少し奥には更に一回り巨大な魔法陣が描かれている。
見ているだけで眩暈がするような複雑な形状をしており、ぼんやりと淡い白色光を放っている。
「いや、あれは、師匠のものだ」
「?」
手記を何度も読み返していたヴェリトラは、後半に不自然な白紙の頁があることに気づいた。
ふと思いついて炙り出しをしてみると、この魔法陣が浮かび上がったのだ。完全な解明は困難だったが、再生の術式が変則的な形で無数に組み込まれている。おそらくこれが師匠が研究していた蘇生魔法の魔法陣だ。
「ふぅん、ボクでも読み込めないな。なかなかやり手だったんだね、キミの師匠って人は。一度会ってみたかったな」
「会えるさ、これからな」
「ふふ、期待しているよ」
眼下を大量のアンデッドが通り過ぎる中、【案内人】は弾んだ声で言った。
「それで、アンデッドの大発生と蘇生魔法は結局どう繋がるんだい?」
「師匠の手記で欠けている部分を研究で補った結果、魔法陣だけでは足りないことがわかった。蘇生魔法の発動には捧げるものが必要なんだ」
「捧げるもの?」
「水や炭素、リンといった人体を構成するものだ。それに蘇生対象の身体の一部」
「師匠という人物の死体かい? 見当たらないけれど」
「遺体はない。燃やされてしまったからな」
亡くなった師匠をゼノスは火葬した。生前、伝染病の原因になるから、俺に万が一のことがあったら燃やしてくれと師匠はよく言っていたからだ。自分はできなかったが、ゼノスは師匠を躊躇なく火葬した。
ヴェリトラはぎり、と奥歯を噛んだ。
「じゃあ、本人の一部は結局手に入らなかったってことかい?」
「師匠が過ごしていた廃屋で、髪の毛を見つけた。それを使っている」
「なるほどね、それで準備は完了かな」
「いや、まだ足りないものがある」
それは価値あるものだ。
命の復活には、代償として差し出すものが必要なのだ。
「選んだ一つは金だよ。希少で代替がきかず、人々の間で普遍的な価値がある」
実際、蘇生魔法陣の中央付近には夥しい量の金貨が入った袋が山と積まれている。
【案内人】はぽんと手を叩いた。
「そうか! キミが報酬として金貨しか受け取らなかったのはそういう訳か」
地下ギルドに入り大幹部になったのは、研究費の捻出や裏社会の人脈のためだけではない。
貧民が大量の金を集めるのに、最も近道と思われたからだ。
「ようやく納得がいったよ。本当に面白いね。それで、捧げるもののもう一つは?」
ヴェリトラは淡々とした様子で口を開いた。
師匠が蘇生魔法に成功したかどうかは手記に書かれていなかった。だが、もし失敗したのだとしたら、これが足りなかったのだと考えている。
「大量の命だ」
「へえ……」
【案内人】の口の端が上がる。
「更に面白い……。一人の蘇生をするのに、多くの命が必要……興味深いね。ボクに結界をはらせて、アンデッドを大量発生させた理由がやっとわかったよ」
飢えたアンデッド達に単純な命令を与えるように、ネクロマンサーのエルゲンに指示してある。
一つ。結界に閉じ込められた地下空間で住人達を無差別に襲え。
亡くなる者もいるだろうし、大怪我を負う者もいるだろう。
死んでしまった命は使えないが、辛うじて息がある者達は蘇生魔法の供物になる。
二つ。それらの重傷者達を、この魔法陣まで連れて来い。
そして、数多の瀕死の命を吸って、蘇生魔法は発動する。
【案内人】は甲高い声で笑った。
「いいね。一人を救うために、数多の命を平然と犠牲にする。キミの歪んだ倫理観は大好物だ」
「お前と一緒にするな。別に正しいとは思っていない。ただ、地下ギルドなんていうのは所詮救いようのないクズの集まりだ。一万人のクズの命より、一人の命が重要だというだけだ」
「キミのそういうところは好きだよ」
「お前とは気が合わないようだ」
【案内人】は少しもめげることなく、ふとした疑問を口にした。
「ただ、キミは大幹部なんだから、アンデッドに頼らずとも、大量の派閥員を集めて、そいつらを使って同じことをさせてもよかったんじゃないか? 大幹部の割にほとんど派閥員を持たないのが不思議だったんだけど」
「単純な話だ。人間は裏切る。信用ができない」
「ふふふ、ますます気が合いそうだ」
【案内人】は嬉しそうに笑った。
「いやはや、本当に用意周到だね。大幹部会の日を選んだ理由もやっとわかったよ」
アンデッドを使って大量の生贄を作ろうとした時、最も邪魔になるのは大幹部達だ。
奴らの巨大派閥が立ちふさがると計画に支障がでかねないが、この日であれば、大幹部と側近達は皆、拠点を離れて一か所に集まっている。そうなれば派閥への指揮系統も機能しない。
混乱している間に、アンデッドの群れに蹂躙されるだろう。
「素晴らしい作戦だけど、中にはボスが不在でも結束してアンデッドと戦おうとする派閥もあるかもしれないよ」
ヴェリトラは無表情のまま【案内人】の懸念を一蹴した。
「地下ギルドは己の利益しか考えていない奴らの集まりだ。そんな派閥がある訳ないだろう」
+++
その頃、アンデッドで溢れかえる地下水路の一角に、一致団結して立ち向かう集団があった。
「うおお、なんだこりゃあ」
「わかんねえよ」
「他の派閥の奴らは地上に逃げようと、出口に殺到してるみてえだ」
「待て。地上への出口は壁みたいなのに塞がれてるって噂もある」
「ごちゃごちゃうるせえっ」
ズイという顔に傷のある男が、一喝する。
「ボスは大幹部会が終われば派閥解散と言ったが、正式命令が出るまでは俺たちゃまだ【カーミラ様と愉快な僕達】だ。俺達のやることはなんだっ?」
「一日一善っ!」
全員が合唱する。
「そうだっ。三人一組でゾンビ共にあたれ。狭い通路なら一遍には襲ってこられねえ」
「俺らは怪我人を探して一か所に運ぶようにする。ボスがきっとなんとかしてくれる」
「俺は他の派閥にも共闘を持ちかけてみるぜ」
男達は士気高く、声を上げた。
「協力して持ちこたえるぞっ! 【カーミラ様と愉快な僕達】っ!」
健気な派閥員達……!
明日も更新予定です。
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