第145話 大幹部会
前回のあらすじ)ゼノスはピスタを連れ、ヴェリトラと決着をつけるために大幹部会へと向かった。
ゼノスとピスタが地下水路の待ち合わせ場所に向かうと、小山のような影がのそりと動いた。
「待っておったぞ、ゼノス」
スキンヘッドの部下を引き連れた【獣王】が腕を組んで立っている。
「色々と無理を言ってすまない、【獣王】」
「なに、お安い御用だ。お前さんがいなければわしはここにおらんのだからな」
彼らと合流し、ちょろちょろと水が流れる水路脇を進んだ。
地下の最高幹部達が一同に集結する日。
会場に近づくほど、空気は冷たくひりついているように感じる。
「大幹部会では暴力での揉め事は禁止になっておるが、一応下手な刺激はしないようにしてくれ」
「ああ、わかった」
こちらも無駄に揉めたい訳ではない。ヴェリトラともう一度話ができれば十分だ。
ただ、話し合いだけで決着しない場合のことも考えておかねばならないだろう。
「無法者の頂点達が集まって、揉め事禁止なんて守るにゃか?」
ピスタが父親に素直な疑問をぶつける。
「ふあはは、決まりを守るというより己の為じゃ。大幹部同士が揉めれば、どちらもただじゃあ済まん。弱ったところを今度は別の大幹部に食われてしまう」
なかなかシビアな世界のようだ。
「なるほど……ちなみに大幹部って何人いるんだ?」
「時代によって増えたり減ったりするが、今は九人じゃのう」
そんな会話を交わしていると、やがて大幹部会の会場付近に辿り着いた。
「【獣王】様、御到着です」
洞穴のような入り口の前に、運営と思しき者達がおり、控室に案内される。
控室の奥には更に別の扉があった。
「ここから先は大幹部様のみお越しください」
大幹部会に随行できるのは側近三名までと決まっているようだ。しかし、その側近達も控室までしか入れず、その先の大幹部会の会場に行けるのは大幹部のみとのこと。
「この男は一緒に連れていくぞ」
【獣王】が仮面をつけたゼノスの肩を掴んで言った。
「はい、新たな大幹部候補の推薦者ですね。新興の派閥、【カーミラ様と愉快な僕達】のボスと聞いています」
「うん……」
真面目な顔で派閥名を言われると、それはそれで恥ずかしい。
「幹部を飛び越えていきなり大幹部の推薦とは異例ですが、話は聞いております。どうぞ」
「ああ。それじゃあ、行ってくる」
この期に及んで気にしても仕方ないので、控室に残ったピスタと【獣王】の側近達に声をかけて部屋を後にする。
控室は派閥ごとに用意されているらしい。違う派閥の面々が下手に顔を合わせると揉め事の種になるため、そのような措置が取られているのだろう。
じっとりと濡れた石壁に触れながら狭い通路を抜けると、大幹部会の会場へとたどり着いた。
どこかから風が通るのか、少しひんやりしている。中央に石造りの円卓がある意外は余計な装飾品などもなく、ぼんやりした光源が天井からぶら下がっているだけだ。
「もっと仰々しいのを想像してたけど、思ったより殺風景な部屋なんだな」
「武器になるものはなるべく置かないようにしておるんじゃ」
やはりなかなかシビアな世界のようだ。
円卓には既に五名が腰を下ろしていた。ちらりと見るだけでも、それぞれが独特なオーラを発しており、室内は既に奇妙な緊張感に満たされている。
そのうち一人、大蛇を首に巻きつけた目つきの悪い男が言った。
「なんだよ。【獣王】、来てんじゃねえか。風の噂で死にかけてるって聞いてたのによ」
「ふあはは、誰じゃ。そんな根も葉もない噂を流しておるのは。この通りぴんぴんしとるわ。お前さんも息災で何よりじゃ、【蛇鬼】」
「ちっ」
【蛇鬼】と呼ばれた男は、面白くなさそうに舌打ちをした。
その他の者の反応は様々だ。【獣王】と軽い挨拶を交わす者いれば、誰とも話さず沈黙している者もいる。【獣王】の背後に立つゼノスに露骨に視線を向けてくる者もいれば、完全に無視している者もいる。
やがて、九席のうち、八席が埋まった。
だが、いまだ幼馴染の姿はない。
――どこだ、ヴェリトラ?
ゼノスは【獣王】の後ろに控えたまま、空席を眺めた。
「おい、もう時間だろ。【黒の治癒師】の野郎は来ねえのか?」
【蛇鬼】が悪態をつき、運営が確認してきますと走っていく。
「くははは、まあ来ねえなら来ねえで構わねえがよ」
「うぅむ……」
高笑いする【蛇鬼】とは正反対に、【獣王】は腕を組んで唸っている。
ゼノスは小声で話しかけた。
「どうしたんだ?」
「少し、妙じゃの」
「妙?」
「大幹部の唯一の義務は大幹部会への出席なんじゃ。そこに来られないということは、死んだか重傷を負ったか、いずれにせよここにいない者は大幹部の立場を剥奪されることになる。当然、大幹部の立場を狙う者は、我らの大幹部会への出席を邪魔しようとしてくる。万難を排してここに出席できるというのが、力を示す指標にもなっておる」
「……」
ゼノスは眉根を寄せて、顎に指先を当てた。
もしここに来なければ、ヴェリトラは大幹部の立場を失ってしまうと言う。
本人がそれを知らないはずがない。何かトラブルに巻き込まれてしまったのか。
「いや……」
別の可能性に思い至り、ゼノスは口元を押さえた。
それはすなわち、ヴェリトラはもう大幹部でいる必要がなくなった――
その時、先ほど出て行った運営が駆け足で戻ってきた。
手には黒い封筒を持っている。
「今朝、【黒の治癒師】の関係者を名乗る鼠色のローブの者が、担当の運営に手紙を渡していたようです。手紙は【黒の治癒師】からのもので、大幹部会の時間になったら開けて欲しいと」
「あぁ、そりゃ何の余興だ?」
【蛇鬼】が片眉を上げると、全身を鎧に包まれた別の大幹部が低い声で言った。
「迂闊に開けないほうがいい。開封で発動するタイプの魔法陣が描かれているかもしれん。【黒の治癒師】は、大幹部の中でも、最も何を考えているのかわからない危険人物だ」
「何考えてるかわかんねえのは、てめえも一緒だろ。【破戒騎士】よぉ」
二人の大幹部の間に、運営が割って入る。
「あの、一応、そう思って念のために事前に開けてみました。特に魔法陣のようなものはなかったのですが、その、内容がよくわからなくて……」
運営は困ったように言って、直立不動で手紙を読み上げた。
諸君。
黙って消えてもよかったが、数年間、顔を合わせた仲だ。
別れの前に【黒の治癒師】の決意表明をさせてもらおう。
本日、私の大願は成就する。
諸君らには供物として最後の役割を期待している。
それでは。
「供物……?」
大幹部達が各々怪訝な表情を浮かべていると、獣耳を左右に動かしながら【獣王】が言った。
「うん? 待て。どこかで声がするぞ」
すぐにはわからない。
だが、【獣王】の言う通り、次第に声のようなものが聞こえてきた。
唸り声、怒声、それに悲鳴のようなものも混じっている。
直後、運営の一人が転がるように部屋へと入ってきた。
「大変ですっ!」
青い顔で舌をもつれさせながら、続きを口にする。
「ア、アンデッドです。大量のアンデッドが地下水路に出没しています!」
室内にどよめきが起こる中、ゼノスは仮面の裏側で呟いた。
「ヴェリトラ……」
動き出すヴェリトラ…!
クライマックスなので珍しく真面目な展開が続いていますが、いい感じに決着すると思うのでもうしばしお付き合いください…!
明日も更新予定です。
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