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第141話 大幹部の依頼【②】

前回のあらすじ)大幹部【獣王】からゼノスに仕事の依頼が入った。ピスタが目の敵にしていた【獣王】は、実はピスタの父親だというが!?

 寒々しい水滴の音が、間断なく石の通路に響き渡る。


 ゼノスとピスタの二人は広大な地下水路を進みながら、地下ギルドの大幹部【獣王】の元へと向かっていた。少数で来るようにとの依頼なので、派閥員は同行していない。


「ええと、こっちだっけ」

「確かそうにゃ」


 大幹部からの依頼状を地下水路の各ポイントにいる【受付】に見せると、次のポイントまでの道順を教えてくれる。だが、水路は複雑に絡まり合っており、気をつけないとすぐにどこにいるかわからなくなる。大昔に何度も建て増しがなされたことで、もはや全容を把握している者はいないとも言われるそうだ。


「それにしてもピスタが大幹部の娘だったとはな」

「黙っててごめんにゃ。騙すつもりはなかったにゃ」


 ピスタの横顔は言い知れぬ不安と怒りが混ざり合っているように見える。


「親子の縁は切れてるから、血縁上は父親なだけで、もうあいつとは何も関係ないにゃ」


 ピスタは【獣王】のせいで一家が離散したと以前口にしていた。


「結局、あれはどういうことなんだ?」 

「そのままの意味にゃ。父親は地下ギルドの大幹部である自分に相応しくないと言って、母さんと幼かったあたしを追い出したんだにゃ。それからは苦労の連続にゃ。母さんは体調崩して大変だったし、それを見ていたあたしは年頃になって【情報屋】をやることにしたんだにゃ」 


 目的は、自分達を捨てた父親に会うこと。 


 拳を握りしめるピスタを見て、ゼノスはデッドスパイダーの討伐のことをふと思い出す。アイシャを守るために魔獣の前に飛び出した父親の背中を、ピスタはずっと眺めていた。


 娘を守る父親。娘を捨てた父親。

 その対比に何を思っていたのだろうか。


「つまり、ピスタが【情報屋】をやっていたのは父親への恨みが理由ってことか」

「悪いかにゃ。復讐は何も産まないとか、そんな説教は聞きたくないにゃ」

「いや、普通にすっきりするから時にはオススメだ。俺もひどい目に遭わせてくれたパーティのリーダーを殴り飛ばした時はすっきりした」

「そ、そうかにゃ……まさか背中を押されるとは思ってなかったにゃ」


 身構えていたピスタは拍子抜けした様子だ。

 ゼノスは相棒を正面から見据える。


「ただ、俺達はこれからお前の父親の依頼を聞きに行くことになる。つまり、困り事に手を貸すってことだ。お前はそれいいのか?」

「それは……」


 ピスタは少し口ごもってから、こう続けた。


「あたしは父親を許すつもりはないにゃ。でも、闇ヒーラーちゃんが短期間で大幹部になるつもりなら、こんなチャンスは滅多にないにゃ。ぺろぺろした友達だから、一人で行かせる訳にもいかないにゃ」

「要は父親の手助けはしたくないが、俺の後押しはしたいってことか。だけど、それは矛盾してないか?」

「わ、わかってるにゃ……」


 目的の相手との接点が急にできて、ピスタ自身まだ気持ちの整理がついていないのだろう。

 ゼノスはそれ以上、口を出すのはやめることにした。


 ただ、依頼を受けるまでに伸るか反るか、方針は決めておかねばならない。

 

 そこから更に複数のポイントを経由して、ようやく【獣王】の拠点に辿り着いた。


 仰々しい鉄の扉が壁に埋め込められており、外から眺めるだけでも凍えるような冷たい威圧感を覚える。大幹部クラスになると幾つもの拠点を持っており、襲撃に備えてちょくちょく場所を変えるようだが、今はここに潜んでいるようだ。


 仮面をつけたゼノスは、同じく仮面をつけたピスタを振り返った後、鉄の扉を叩いた。


「誰だ」


 と、低い声が聞こえる。


「おたくのボスから依頼を受けてやってきた」


 ゼノスは懐から依頼状を取り出し、扉の隙間に差し込んだ。

 しばらくの間があって、金属音とともに重い扉がゆっくりと開く。


 そこにいたのは門番と思われる十数人の男達だ。

 面構えも、まとっている空気も、ゼノス達の派閥員とは段違いだ。


 先頭のスキンヘッドの男が、依頼状を片手に言った。


「貴様らが、【カーミラ様と愉快なしもべ達】か」

「認めたくないけどそうだ」

「ついて来い」 


 中は想像していたより遥かに広い。

 回廊に階段が入り組み、部屋が幾つも連なっている。ここだけで十分迷子になれそうだ。


「ピスタ、お前はわかるか?」

「あたしが子供の頃にいたところとは場所が変わってるから、わからないにゃ」


 小声で言葉を交わしながら、ピスタはあちこちに顔を向けている。ゼノスは早々に諦めたが、いざという時に逃げ出せるように通路を記憶しようとしているようだ。


 そういう仕事は【情報屋】に任せることにする。


 ゼノスの役割は集中力を高めること。


 そして、腹をくくることだ。 


 拠点内をぐるぐると歩いた後、ようやく最奥の部屋に辿り着いた。ここは【獣王】の寝室だと言う。獣の咆哮のような音が中から響き、腹の底を震わせた。


「お前達、決して失礼のないようにな。【獣王】様を怒らせると命はないぞ」


 スキンヘッドの男の言葉は淡々としており、脅しではなく、事実なのだろう。

 男は控え目に扉をノックした。


「【獣王】様。例の奴らが参りました」

「入れ」


 返ってきた声はかすれているが、奇妙な迫力がある。

 スキンヘッドの男に続いて中に入ると、奥のベッドで大きな影がむくりと動いた。


 巨大な獅子。それが【獣王】の第一印象だ。


 おそらく種族としては猫人族なのだろうが、ピスタより獣の要素が強い。全身が獣毛に覆われ、焦げ茶色のたてがみが風格と荒々しさを同居させている。ベッドから半身を起こした格好だが、それでもゼノスより背丈が大きい。立ち上がれば、軽く二倍はあるだろう。

 

 背後でピスタが奥歯を噛み締める音がした。

 【獣王】は血のような赤い目を細めてゼノスの全身を眺める。


「よう来た。わしが怖くはなかったか」

「仕事なんだ。怖いも怖くないもあるか」

「ふあははは、言いよるわ」


 笑い声の風圧で、黒い外套がはためく。


「それにしても、【カーミラ様と愉快なしもべ達】というふざけた派閥名はなんじゃ。地下ギルドを舐めているのか」


 棘の混じった言葉に、スキンヘッドの男が不安げな表情を浮かべた。

 ゼノスは平然と答える。


「舐めてる訳じゃなく、不可抗力だったんだ。ふざけた名前という意見には全面的に賛同するよ。俺もできれば変えたい。あんたの力でなんとかならないか」

「貴様、【獣王】様に失礼な口を聞くな」


 詰め寄ってきたスキンヘッドの男を制したのは当の【獣王】だ。


「構わん。ふはは、なかなか面白い奴じゃ」

「それで、急ぎの依頼と聞いたが」

「お前さんにわかるか?」

「治療だろう。さすがに一目でわかる」


 なんせ【獣王】はベッドに座り、肩に布団をかけている。

 そもそも寝室で会うという時点で明らかだ。


「もとから体のあちこちにガタが来ておったが、ここ数週間特に調子が悪うての。息をするのもやっとだ。お前さんは治療もやると聞いている」

「その通りだが、素朴な疑問がある」

「言ってみろ」

「どうして同じ大幹部に頼まない? 【黒の治癒師】というヒーラーが大幹部にいると聞いたぞ」


 ふあはははは、と【獣王】は笑い、激しくむせこんだ。飛び出した血糊が床を濡らす。

 駆け寄ろうとした部下達を追い払い、【獣王】は言った。


「お前さん方は、地下ギルドに入って日が浅いから知らんかもしれんが、ここは魑魅魍魎渦巻く常世の地獄。ライバルの蹴落とし合いなど日常茶飯事だ。同業者に治療なぞを頼めば、弱みを見せることになる。それこそ治療に見せかけて亡き者にされるだろうよ」


 少人数で来るように言われたのは、【獣王】が弱っているという情報を広めないためか。

 地下ギルドは思った以上に殺伐としているようだ。


「かと言って、地上の治癒師はわしを怖がってここに近づきすらしない」

「それで俺に依頼が来た訳か。同業者だけどいいのか?」

「ふあはは。信じられねえが、お前さん方の派閥は悪事を禁止してるらしいじゃねえか。そんな派閥のボスなら頼んでみようと思うての」

「詳しいんだな」 

「わしゃぁ地下の大幹部だ。ここに寝とるだけで、地下の情報は入ってくる。中には下の動向になぞ興味のない大幹部もいるがな」


 ゼノスは頭をぼりぼりと掻いた。

 状況はわかった。図らずも善行を働いていたことが良い方向に作用したようだ。


「ちなみにあんたを治療した後、口封じに殺されないという保証は?」

「そりゃわしを信用してもらうしかないの。こう見えて義理人情には厚いほうだ」

「あ、あんたを信用なんて――」


 ピスタが叫びそうになったので、ゼノスは咄嗟に肩を押さえて首を横に振った。

 二人とも仮面をつけているので、【獣王】は娘が目の前にいることには気づいていない。


「すまない。助手はちょっと緊張しているようだ」


 ゼノスは場を取り直して、大きく頷いた。


「いいだろう。依頼を引き受けるよ」

「失敗したら、どうなるかわかっているな」


 鋭利なナイフを突きつけてくる部下に、ゼノスは言い放った。


「治療の邪魔だ。お前達は部屋から出ろ」

「なんだとっ?」

「あんたらのボスが患ってるのは、腐蝕肺という肺が腐っていく病気だ。肺の病気は呼吸、つまり命に直結する。繊細な手術が必要だ。病人以外がいると気が散る」


 ベッドの上の【獣王】は、怪訝な表情を浮かべる。


「診察もせずにわかるのか」

「診察はもうしてるよ。あんたの息から独特の腐敗臭がする。珍しい病気だが十中八九間違いない」

「ふあはははっ! 面白い。大した奴だ」


 【獣王】は高らかに笑い、部下達に部屋を出るように命じた。

 男達はゼノスを睨みつけながら、渋々と外へ出て行く。


 当の患者は機嫌が良さそうに胸をさすった。


「たとえはったりだとしても、その度胸が気に入った。お前さん、うちの派閥に入らねえか。幹部クラスで待遇するぞ」

「大幹部にしてくれるっていうなら考えてやらんでもない」

「ぐはははは」


 ゼノスは仮面をつけたピスタを振り返り、小声で言った。


「さて、お前はどうする?」

「あたしは――」

「と言っても選択肢はないけどな。お前は相棒だろ。手伝ってもらわなきゃ困る」 

「……は? て、手伝いなんてできないにゃ。そもそも依頼が治療だと知ってたら――」

「父親との関係は、お前の事情だから口は出さない。だが、俺は闇ヒーラーだ。患者がいて必要な対価を払えば治療はする。その他のことは全て治療の後だ」

「で、でもっ」

「さっき言った通り、難しい治療だ。うまくいかない可能性だってある。本当に立ち会わなくていいのか?」

「……」


 ピスタは無言で【獣王】に顔を向けた。


「何をこそこそ話している?」

「ああ、いや、治療方針についての相談だ」


 ゼノスは【獣王】に向き直り、おもむろに腕まくりをした。


「それじゃあ、手術を始めるぞ」

波乱を含んだ手術が始まる


明日も更新予定です。


見つけてくれてありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
肺が腐る病気か・・・オチが読めた! ます片肺を切り取って回復魔法で再生させるを 2回繰り返すだけの簡単な手術★
[一言] 思ったより軽い恨みだったな。確かに悪行には違いないけど、 ホームレス中学生の父親レベルじゃないか。人によっては、 田村みたいにそれを利用し成功したりして全く恨みがないみたいだし てっきりパパ…
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