第140話 大幹部の依頼【①】
前回のあらすじ)派閥員を拡充した【カーミラ様と愉快な僕達】は密かに勢力を伸ばすのであった
ゼノスが地下ギルドに入って、ちょうど一ヶ月が経とうとしたある日。
「ほう、なかなかやるではないか」
「リリ、ちょっと緊張」
「もうこんな場所を確保してるんだねぇ」
「さすがはゼノス殿だとリンガは思う」
「我も驚きはしないな」
地下水路の一角に、いつもの面子が勢ぞろいしていた。
カーミラが突然地下ギルドの見学に行きたいと言い出し、リリと亜人の頭領達もついてくることになったのだ。地下には危険も多いため、あまり巻き込みたくなかったが、カーミラが強固に主張し、見学だけならということでゼノスは渋々受け入れることにした。
「急に見学だなんてどうしたんだ?」
今日は派閥員達の目があるため、カーミラは杖に宿っている。
年季の入った木彫りの杖がぶるんと振動した。
「愚問じゃな。下僕達の働きを見に来たんじゃ。わらわは派閥の真のボスじゃぞ」
「名前だけだが?」
ここは、新興派閥、【カーミラ様と愉快な僕達】の拠点だ。意味不明な名称のため、派閥員達に由来を聞かれると思っていたが誰もそれを口にしていない。わからなすぎて逆にそういうものだと受け入れられているのかもしれない。それはそれで不本意ではあるが。
「おうおう、わらわの僕共が頑張っておるわ。それにしても、まるで悪人面の参考書を見ているようじゃ、くははは」
「お前、杖に宿っていても周りが見えるのか?」
「気合があればなんでもできる。こんなこともできるぞ」
杖の先端から、カーミラの半透明の顔がにゅうと飛び出す。
「怖っ。騒ぎになるからやめような」
「くくく……」
不敵な笑みを浮かべた顔が引っ込み、杖がぶるぶると振動した。
「それにしても、治療院より広いではないか」
「まあ、広さはいいんだけどな」
実績を上げたことで、より広い部屋をあてがわれた。
床面積は前回の部屋の数倍あり、天井も高い。
だが、太陽の光は差し込まないし、四六時中じめじめしているため環境は悪い。夜になればゼノスは治療院、ピスタは自分のねぐらに戻ることが多いため、ここにいる時間は長くないのだが、派閥員の多くはこの場所で寝泊まりしている。それでも彼らは水路脇に縮こまって寝るよりは遥かに快適だと言っているが――
「駄目だよ、ゼノス」
室内を見まわしたリリが、断言した。
「やっぱり駄目か」
「埃だらけ、黴だらけ。衛生状態もよくないし」
「そうだよなぁ」
気づいてはいたが、依頼優先でなかなか手がまわらない。
すると、リリは得意げに胸をはった。
「リリに任せて!」
雑巾、ほうき、はたき。リリは沢山の掃除道具を持参していた。
早速、濡らした雑巾を絞ってひび割れた石床を拭き始める。突然掃除を始めたエルフの幼女を不思議そうに眺めている派閥員達に、ピスタが大声で言った。
「ぼさっと見てるんじゃない。ボスの知人が掃除を始めたにゃ。手伝うにゃ!」
「掃除?」
「掃除って……どうやるんだ?」
ゼノスの手にした杖がぶるると振動する。
「ここは未開人の集まりかえ?」
「否定はできないけどな……」
確かに一般常識が欠落している者も多いが、貧民街の孤児院という特殊環境で育ったゼノスには理解できる部分もあった。リズや師匠がいなければ自分もどうなっていたかわからない。要はこれまで彼らに常識を教える者がいなかったのだ。
悪事を禁止して人助けの依頼ばかりやらせていると、最初は困惑していたようだが、最近は「人に礼を言われるってのは気分がいいっすね」「子供にありがとうって言われて泣いたっす」等という感想も聞かれるようになっていた。
そんな男達にピスタが、雑巾を投げて渡す。
「幼女一人にやらせる気か。一日一善。うだうだ喋ってる暇があれば、手を動かすにゃあっ!」
「う、うすっ!」
腰を上げる男達と、腕を組んでふんぞり返るピスタを見て、リンガとレーヴェが苦笑する。
「ピスタがあんなキャラだとは、リンガは知らなかった」
「権力を持つと人が変わるタイプだな」
「どれ、折角来たんだ。あたし達も体を動かそうかねぇ」
ゾフィアの一言で、ゼノスと亜人達も加わり、大掃除が始まる。
大人数で作業したおかげで、部屋は数時間で見違えるように綺麗になった。
「おお、すげぇ」
「気分いいな」
「俺、掃除好きかもしんねぇ」
派閥員が感激する横で、レーヴェが荷台から大鍋と食材を取り出す。
「じゃあ、飯にするか」
「うおおおおっ!」
歓声が上がる中、亜人達と腕まくりをしたリリを中心に炊き出しの準備が始まり、具材たっぷりの煮込みスープが一同にふるまわれた。初夏とは言え、日の当たらない地下は常にひんやりしている。そのためスープの熱が一仕事終わった後の身にしみた。
「う、うめぇ!」
「お前、泣いてんのか」
「う、うっせえ。こんな温かいもの食ったの久しぶりなんだよ」
「まあな、俺が前いた派閥は下っ端は残飯しか食えなかった」
派閥員達はすっかり満足しているようだ。
ゼノスはその様子を見ながら、ぽりぽりと頬をかいた。
「結局、皆に助けられたな」
手にした杖が再びぷるると揺れる。
「くくく、感謝するがいい。わらわがあやつらを連れてきたおかげじゃ」
「ちなみにお前だけ何もしてないが?」
「笑止。わらわはいるだけで価値があるのじゃ」
なんという自己肯定感。
まあ、霊体で姿を現す訳にもいかないのだろうが。
ゼノスは手にした杖に笑いかけた。
「ありがとうな、カーミラ」
「……な、なにがじゃ」
「リリ達は多分、俺のことが心配だったんだよな。でも、俺の個人的な事情だから口を出せなかった。だから、無理に見学したいと行って連れてきたんだろ?」
どんな場所で何をやっているかを見ておけば少しは安心するはず。
皆を巻き込まないように注意したつもりだったが、逆に心配をかけてしまったようだ。
杖はしばし沈黙した後、わずかに震えた。
「……ふん、貴様は何でも一人でやりすぎなんじゃ」
「悪かったよ」
「じゃが……いざ来てみると、ここは匂うの」
「だから、掃除したんじゃないか?」
「そういうことではない」
「?」
ゼノスは首をひねる。杖が次の言葉を継げる前に、背後でリンガとピスタの声が聞こえた。
「ピスタ、ちょっと聞くが、ゼノス殿に妙な真似はしていないだろうな」
「妙な真似って何にゃ?」
「派閥員が入るまでは、地下で二人きりだったはずだとリンガは思う。ゼノス殿に迫ったりしたらリンガは許さない」
「やだにゃあ、リンガちゃん。あたしと闇ヒーラーちゃんは友達でビジネスパートナーにゃ。そんなことないにゃ」
ピスタはあっけらかんと続ける。
「ちょっとぺろぺろしただけにゃ」
「ひゅうっ」
「先生っ、リリが倒れたよっ!」
「リリっ! ちょ、それは違うんだっ」
「リンガはピスタを許さないっ」
「待て、リンガ。こんなところで争うんじゃないよ」
「リンガちゃん、爪を引っ込めるにゃ。ぺろぺろは猫人族の親愛を表す行為であって――」
「だったらリンガもゼノス殿にぺろぺろしようと思う!」
「我もだ! 親愛だ! ぺろぺろ!」
「リンガにレーヴェ、ちょっと黙れぇぇっ」
「どこ行っても変わらん光景じゃのぅ……」
いつもの騒動が収まり、一行は男達に見送られて治療院へと帰った。派閥員達も散り散りに依頼に出かけ、すっかり綺麗になった地下水路の一室にはゼノスとピスタが残される。
謎の疲れに襲われて座り込んだゼノスの横に、ピスタが腰を下ろした。
「それにしても、闇ヒーラーちゃんは本当に大したもんだにゃ」
「俺は何にもしてないよ」
「してるにゃ。市民にお礼を言われたのなんて初めてだったし、ここでも貧民街の亜人達と地下ギルドの男達が自然に交流していた。普通はそんなことあり得ないにゃ。闇ヒーラーちゃんは傷を治すだけじゃなく、きっと人と人とを繋いでいるんだにゃ」
「……人と、人か」
治癒師は怪我を治して三流、人を癒して二流、世を正して一流。
そんな師匠の口癖をふと思い出す。
ピスタは抱えた膝に顎を乗せ、視線を遠くに向けていた。
「闇ヒーラーちゃんなら、もしかしたら、あたしの……」
「何だ?」
「あ、いや、何でもないにゃ」
ピスタは首を振って明るい調子で立ち上がる。
「ともかく、闇ヒーラーちゃんは大幹部になって【黒の治癒師】に会う。あたしは大幹部になった闇ヒーラーちゃんから【獣王】の情報を得る。お互いの目的のために頑張ろうにゃ」
「そうだな」
座ったまま、片手でハイタッチを交わす。
派閥も拡大し、実績も大幅に増えた。
とは言え、現状では大幹部への出世にはまだまだ届かないだろう。
それでも、作戦はあった。
「あたしの予想ではそろそろにゃ」
ピスタのつぶやきとほぼ同時に、部屋の入り口に女が姿を現した。
「やっほー、元気ぃ?」
立っていたのは【受付】だ。派手な爪と髪型は会うたびに変わっている。
女は部屋を見て、目を丸くした。
「って、めっちゃ綺麗になってんじゃん。どしたん?」
「大掃除をしたんだよ」
「まじ? 掃除とか超ウケる!」
何が面白いかわからないが【受付】は手を叩いて笑っている。
ゼノスはやれやれと腰を浮かした。
「それより依頼か?」
「あ、そうだった。あんたら喜びなよ。超超大物から指名!」
「超超大物?」
「うん、大幹部」
「おお!」
「すごい、予想以上にゃん!」
ゼノスとピスタは顔を見合わせて頷いた。
二人で相談した作戦だった。
小さな依頼をいくら積み上げても大幹部には到達しない。しかし、評判にはなる。【情報屋】のピスタが、自身の情報網を使って勢いのある新興派閥が出てきたことをあちこちに触れ回っていたのだ。
結果、評判を聞きつけた大物から直接指名をもらえれば額も実績も破格だ。
しかし、いきなり大幹部を引くとは思わなかった。
「依頼をした大幹部ってどんな奴なんだ」
尋ねると、【受付】はさらりと相手の通り名を口にした。
「【獣王】って呼ばれてる古参の大幹部。それ以上詳しいことはあたしもわかんないけど、明日にでも拠点に来て欲しいんだってさ」
「え……?」
さっきまで喜んでいたピスタが絶句する。
「【獣王】って、確か……」
ピスタが探していた相手そのものだ。
【受付】は不思議そうにピスタを見た後、ひらひらと手を振った。
「じゃ、頑張りなよ。あんたらのこと結構気に入ってるから、死なないでね」
「嫌なこと言うな」
「だって、相手は大幹部だよ。失敗したらコレじゃん」
【受付】は舌を出して首を斬る仕草をした後、軽やかな足取りで出て行った。
去り際に不吉な忠告を受けることにはなったが、意外な形で目的の相手と会えることになった。
「よかったな、ピスタ」
「……驚いたけど、やっとその機会が来たにゃ」
ピスタは低い声で拳を握りしめる。
以前、その大幹部によって一家がばらばらになったとピスタは言っていた。
「【獣王】は一家の仇ってことなのか?」
「一家の仇と言うか、一家そのものと言うか、憎い相手なのは確かにゃ」
「……?」
首をひねると、ピスタは少し口ごもった後、こう続けた。
「実は……【獣王】はあたしの父親なんだにゃ」
父親なんだにゃ。
明日も更新予定です。
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