第139話 カーミラ様と愉快な僕達【後】
前回のあらすじ)浮遊体のせいで変な名前の派閥になった
ゼノスはピスタと一緒に、地下水路へと向かった。
迷路のような通路を進み、地下の拠点へとたどり着く。
一定の実績を上げると、派閥の部屋を用意してくれるのだ。と言っても、まだ机と椅子を置くのがやっとの手狭な空間だが、そこに柄の悪い男達が所狭しとひしめきあっている。室内には全員入りきらず、外にまで行列ができていた。
ゼノスは仮面をつけて、男達の前に立った。
「ええと……どういうこと?」
「へえ、あっしは【壊し屋】のズイって者です。あんたがボスですかい?」
先頭にいる無数の傷を顔に持つ男が野太い声で言う。
「一応、そうだけど」
「あの、俺達を【カーミラ様と愉快な僕達】に入れてくだせえ」
「その名前を口にするのはやめてくれない?」
「なんでですかっ、俺達も【カーミラ様と愉快な僕達】に入りたいんですっ!」
「だから、その名前を連呼するなぁっ!」
押し問答の後、ゼノスは肩で息をしながら、隣に立つピスタに目を向けた。
「これ、どうなってるんだ?」
「実はこういうことは地下ギルドでは時々あるんだにゃ」
ピスタは得意げに鼻をこすった。
表社会に居場所をなくし、一攫千金を夢見て地下ギルドに入ったはいいが、個人や少数派閥ではなかなか旨味のある依頼にありつけない。かと言って、大手派閥に入っても下っ端の取り分はごくわずか。何年もの間、そんな状況に陥った者達が考えるのが、新興の勢いある派閥に加入することらしい。
そうすれば、まだ人数が少ないため取り分も多く、しかも依頼は多く集まる。
「なるほど……」
言われてみれば道理ではある。
だが、面子が濃い。ざっと見渡すだけでも、絵に描いたような悪人面ばかりだ。
よく見たら、加入初日に絡んできた奴らもいる。
「なんか……気が進まないぞ」
そもそも自分はずっと地下でやっていくつもりはないのだ。
ヴェリトラに会えれば目的は達成。派閥に入れたところで、すぐ解散では彼らも困るだろう。
「それは心配ないにゃ。もし闇ヒーラーちゃんが幹部クラスになれば、そこの初期メンバーだったということは強い肩書になるにゃ。結局、奴らにもメリットがある。利用しない手はないから、あたしに任せるにゃ」
「大丈夫か?」
「あたしも闇ヒーラーちゃんを見て、ずる賢く立ち回ってばかりではいけないと気づいたにゃ」
横のピスタがずいと前に進み出た。
「お前達、あたしがナンバーツーにゃ。うちに入りたきゃ、あたしの言う事を聞くにゃっ」
「うす、姐さんっ」
仮面をつけたピスタは男達を睥睨し、居丈高に言った。
「うちに入りたきゃ、一日一善。善行を積むにゃ!」
「……善、行?」
「善行ってなんだ?」
「わかんねえ、見たことも食ったこともねえ」
男達がざわめき始める。ピスタは腕を組んで溜め息をつく。
「善行っていうのは、他人様が喜ぶ仕事をやるってことにゃ。うちでは悪事は禁止」
「ま、まじですかっ」
「地下ギルドで悪事以外に何をやれっていうんだ……?」
「よく探せばちゃんと人助けの依頼もあるし、あたしの情報網で役立つ仕事も沢山とってくるにゃ。嫌ならうちにはいらないにゃ」
「う……」
そう言われても、他に行き場所がないからここにきているのだろう。それを理解しているからこその対応だ。充分ずる賢く立ち回っている気もするが、ここはピスタに任せることにする。
「わかったかにゃ?」
「は、はい……」
男達は渋々と頷く。
「聞こえないにゃ」
「はいっ」
「もう一回!」
「はいぃぃっ!」
「もう一回ぃぃ!」
「はいぃぃぃぃっ!」
「ふはは、気持ちいいにゃああっ!」
「今、気持ちいいって言ったか?」
「言ってないにゃ」
ゼノスから目を逸らすと、ピスタは右手を高々と天に向かって突き上げた。
「よっしゃぁ、【カーミラ様と愉快な僕達】の快進撃を始めるにゃああっ!」
「おおおっ! 俺たちゃ【カーミラ様と愉快な僕達】ぃぃ!」
「その名前を大声で言うのはやめろぉぉぉ!」
地下ギルドに潜って二週間。【カーミラ様と愉快な僕達】は、大幅に人員を拡充し、更なる飛躍を遂げるのだった。
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それから更に十日ほどが経過した。
薄暗い地下水路の一角を、周囲の闇に溶け込むような漆黒のローブをまとった人物が早足で歩いていた。
「さすが、【黒の治癒師】だね。血みどろの抗争の被害者達を、あっという間に回復させた」
少し後ろをついてくる鼠色のローブを被った人物が楽しそうに言った。
「おい、貴様はいつまで【黒の治癒師】様につきまとうつもりだ」
部下のエルゲンは苛々しながら【案内人】に噛みついている。
この胡散臭い何でも屋のことはヴェリトラも全く信用していないが、役には立つ。
使える間だけ利用すればいいと考えていた。
そんな思惑を知ってか知らずか、【案内人】は軽い調子でエルゲンに言った。
「まあ、いいじゃないか、部下君。【黒の治癒師】とボクは、今は協力関係なんだから」
「ふん」
苦々しく鼻を鳴らすエルゲンを気にも留めず、【案内人】はヴェリトラに話しかける。
「そういえば聞いたかい? 最近変な名前の派閥がすごい勢いで実績を上げてるみたいだよ」
「知らないな」
「結成して一ヶ月も立たないうちに多くの人員を集め、早くも将来の幹部候補って噂だよ」
「そうか」
「あれ、興味ない? いけないなぁ、好奇心の枯渇は心の老化だよ。教えてあげようか?」
「誰があがってこようがもはや関係ないことだ」
ヴェリトラは歩く速度をわずかに緩めて言った。
「そんなことより、お前の準備はできているのか?」
「もう、ほとんどね。そっちはどうだい?」
「今回の仕事で必要な資材は全て集まった。例のものも準備ができている」
漆黒のローブの下で、ヴェリトラは黒革の手記を握りしめ、恍惚の表情を浮かべた。
「もうすぐです。もうすぐお会いできますよ。師匠」
変な名前の派閥爆誕の裏で、ヴェリトラの企みは着々と進み…!?
明日も更新予定です。
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