第138話 カーミラ様と愉快な僕達【前】
前回のあらすじ)最初の依頼を終えたゼノスは、ピスタが【情報屋】になった理由が大幹部【獣王】の情報を集めるためだったと聞いた
地下水路に戻って成果を報告すると、顔の半分に刺青の入った【受付】の女は楽しそうに口の端を持ち上げた。
「へぇ、やるじゃんっ」
小型魔獣の治療依頼の完了。デッドスパイダー討伐についても、採取した鋼の糸を提出した。
鑑定が終わると、【受付】は革袋に入った報奨金を手渡してきた。
「ちなみにデッドスパイダーの件は一応、新人は対象外の依頼なんだけどぉ」
「その前に小型魔獣の依頼を完了しているから、俺達は新人じゃないぞ」
「あはは、そうだねー。ま、いっか」
屁理屈が通じた。この辺は冒険者ギルドにはない適当さである。
「やった。報奨金ゲットだにゃ!」
手垢にまみれた金貨に頬ずりをするピスタは、すっかりいつもの調子に戻っている。
地下ギルドの大幹部【獣王】の居場所を突き止めたい。
それがピスタの目的だという。
もし、ゼノスが大幹部になれば、【黒の治癒師】のみならず【獣王】に会う機会もあるはず。だから、ピスタは危険を冒してゼノスに同行することにしたと言う。
金貨に親愛の情を示しているピスタの横顔をぼんやり眺めると、【受付】が面白そうに言った。
「それにしても変な名前の派閥の割にやるねぇ、あんた達」
「そうか?」
確か【回復屋】という名前にしていたはずだ。そんなに変わっているとは思えないが。
「だって、意味わかんないもん。これ、何?」
【受付】の女は笑いを堪えながら、ゼノスが派閥名を書いた紙を顔の前でひらひらと振る。
そこに大きく書かれてあったのは――【カーミラ様と愉快な僕達】
ピスタがぱちくりと瞬きをする。
「ええと……これはなんにゃ?」
「いや……え?」
筆跡が自分のものとは違う。というか、内容の時点で犯人は一人しかいない。
「浮遊体ぃぃっ、名前を書いた紙をこっそり入れ替えてやがったぁぁ!」
地下空間にゼノスの叫び声が響き渡るが、既に後の祭り。
各所にこの名前で登録してしまったため、もう変更できないと言う。
「じゃ、これからも頑張ってね。【カーミラ様と愉快な僕達】っ」
【受付】のウインクを受け、ゼノスは肩を落としてその場を後にしたのだった。
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二週間後。初夏の陽射しの下、今日も蝉が心地よく合唱している。
治療院の診察室で、リリがハチミツ入りのアイスティーを机に置いた。
「ゼノス、大丈夫? 無理してない?」
「ありがとう、リリ。多少は無理してるけど、仕方ないな」
肩をもみほぐしながら、ゼノスは紅茶のカップを手に取る。
一気に飲み干すと。冷えた甘味が全身に染み渡った。
このところ、可能な限り地下ギルドの依頼をこなしながら、合間の時間で治療院に戻ってきて、患者を診るという生活を続けている。
地下での実績は順調に増えているが、正直大幹部に届くレベルには全く至っていない。
暗殺やら恐喝やら窃盗などの依頼は寝ざめが悪くなるため引き受けておらず、治療行為や冒険者ギルドから流れてきた依頼をこなすようにしていた。デッドスパイダーの時のように時々大きな額の依頼もあるが、ピスタと二人だけでこなしていくだけでは、金額の積み上げには限界がある。
ヴェリトラの蘇生魔法の準備がどれだけ進んでいるかわからない以上、あまり時間をかける訳にもいかない。
「先生、あたし達も協力しようか?」
「リンガ達が部下ともどもゼノス殿の派閥に入れば一気に最大級の派閥になるはず」
「それで手分けして依頼をこなせば、実績もたくさんあげられるぞ」
いつもように食卓に陣取っている亜人の頭領達が心配そうに提案する。
「うーん、でもなぁ……」
個人的な問題に、無関係の亜人達を巻き込むのは抵抗がある。
そもそも彼らが大挙してゼノスの派閥に入ったら、嫌でも上に警戒されるだろう。
「もう十分助かってるよ、ありがとうな」
亜人達は運営サイドに目をつけられない程度にゼノスの派閥を名指しで依頼してくれており、それによって実績が挙げられているところもある。
「くくく……【カーミラ様と愉快な僕達】の活動はどうじゃ?」
「くっ、余計な真似を……」
ベッドの端で楽しそうに足を組むカーミラを、ゼノスは横目で睨んで嘆息する。
この浮遊体の悪戯のせいで、妙な派閥名がついてしまった。
おかげで変な意味で目立ってしまっている。
「まあ、良いではないか。【回復屋】なんてセンスのない名前では格好がつかんぞ」
「お前がセンスを語る……?」
「それに【回復屋】なんて治癒を前面に押し出した名前にすると、貴様の幼馴染とやらに感づかれる可能性もあるぞ」
「まあ……それは、一理あるが」
「くくく……陰謀渦巻く地下ギルドにおいては、まず同業者に警戒されないことが重要なのじゃ。この名前であれば誰も脅威とは思わぬ。わらわの深淵なる策謀よ」
「嘘だよね? 絶対、適当につけたよね?」
カーミラが「ひひひ」と二階に消えると同時に、治療院のドアが開いた。
そこに立っていたのは、猫人族の【情報屋】だ。
「新しい依頼か、ピスタ?」
地下ギルドの公式の依頼を待つだけではなく、ピスタは【情報屋】としての伝手を活かして、様々な形で依頼を取ってきていた。しかし、ピスタは首を振ってこう言った。
「闇ヒーラーちゃん、朗報にゃ! 派閥に入りたいって奴がたくさん来たにゃ」
「……まじ?」
明日も更新予定です。
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