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第137話 最初の依頼【後】

前回のあらすじ)地下ギルド員として最初の依頼をこなしたゼノスとピスタだが、治療した小型魔獣にはA型魔獣デッドスパイダーの針が刺さっていた。

 納屋に重苦しい沈黙が降りる。 


「ええと……デッドスパイダーって最近どこかで聞いた気が……」


 ピスタが言いかけて、両手を打ち鳴らした。


「そうにゃっ。地下ギルドに討伐依頼のあったランクAの激やば魔獣じゃにゃいかっ!」

「ええっ?」

「なんだって……!」 


 アイシャとその父親も驚いた顔をする。

 ゼノスはブルーラビットに刺さっていた針を、しげしげと眺めた。


「その名の通り、死を呼ぶ強大毒蜘蛛だな。ただ、これは産毛だからまだ若い個体だと思う」

「この鋭い針が、ただの産毛にゃのか?」

「普通はこんなところに現れないんだが、人里に迷い込んだのかもしれないな」


 冒険者時代は、この魔獣の襲来で村がほぼ壊滅に追い込まれたのを見たことがある。

 ブルーラビットはおそらく森でそいつに遭遇した。産毛一本が刺さったくらいで戻ってこられたのはその身軽さと幸運ゆえだろう。


「なんだか……嫌な予感がするにゃ」


 ピスタがぶるっと震えた。見ると、猫耳と焦げ茶色の髪の毛が逆立っている。

 箱の中のブルーラビットも忙しなく動き回っていた。何か嫌なものが近づいている。


「早く逃げるにゃ、ボス」

「でも、まだ金もらってないぞ」


 地下ギルドへの依頼は半額を事前に支払い、残り半分を達成後に渡すことになっている。前者は大幹部会に献上され、後者を依頼の達成者が受け取れるのだが、本宅に金を取りに行ったアイシャの祖父はまだ戻ってきていない。


「受け取り次第さっさとおさらばするにゃ。依頼は達成した以上、もう用はないにゃ」

「まあ、そうなんだが……」


 不安げにブルーラビットを抱き上げるアイシャと、おろおろする父親を横目で見て、ゼノスは言った。


「なあ、ピスタ。デッドスパイダーの討伐クエストって結構額がでかかったよな」

「それはそうにゃ。冒険者ギルドでも手を焼く案件にゃ」


 確かデッドスパイダーの吐く鋼の糸を入手する依頼だった。

 当然対抗できるパーティも冒険者ギルドにいるだろうが、上位ランクのパーティは何かと忙しい。タイミングが合わなかったり、対象魔獣を見つけられない場合は依頼がしばらく放置されることもある。おそらくそういう理由でこの依頼は地下ギルドに流れて来たのだろう。


「闇ヒーラーちゃん、なんか変なこと考えてにゃいか……?」


 ピスタが訝しげに問うた瞬間、外で悲鳴が聞こえた。

 納屋から駆け出した一同だが、すぐに足が止まる。


「ひっ!」

「うわああっ!」


 アイシャとその父親が同時に声を上げた。


 そこにいたのは、大人の背丈を優に超える巨大な蜘蛛だ。

 身体は黒と紫のまだら模様で、針のような毛が全身にびっしりと生えている。触手が蠢く口元からは青黒い粘液がぼとぼとと垂れ落ち、粘液を浴びた草はみるみる枯れて朽ちていった。


 左右に五つずつある真っ黒な複眼が、こちらを無機質に見つめている。


 アイシャに抱かれたブルーラビットが、唸りながら牙を剥いていた。


「やっぱり来たな。デッドスパイダー」 

「おじいちゃんっ!」


 ゼノスの呟きと同時に、アイシャが駆け出した。巨大蜘蛛の前で、アイシャの祖父が膝をついている。見ると、腹の部分に針が数本刺さっている。


「待て、来るな。アイシャっ……」

「でもっ」

「止まりなさい、アイシャっ。こ、こいつは父さんに任せなさいっ。うおおおおっ!」


 さっきまで怯えた様子だったアイシャの父が、娘を守るため、決死の表情で駆け出した。


 デッドスパイダーは動かない。不気味な複眼は、近づく人間ではなくアイシャの抱えているブルーラビットに向いている。取り逃がした獲物のほうに意識がいっている様子だ。


「へぇ、アイシャの親父、やる時はやるじゃないか」

「……」


 隣に目を向けると、ピスタは娘のために身を投げ出した父親の背中をじっと見つめていた。

 どこか切迫した表情で、両の拳は硬く握りしめられている。


「ピスタ?」

「え、あ、何にゃ?」

「悪いけど、俺は動くぞ」

「へ? な、何を言ってるにゃ! 逃げたほうがいいにゃ。そもそもデッドスパイダーの討伐クエストは新人は対象外になっていたはず。無駄死ににゃっ」

「さっき魔獣の治療の依頼をこなしたから、もう新人じゃないぞ」

「そ、そんな屁理屈――いや、でも地下ギルドなら通るかもにゃ」

「別に善人ぶってる訳じゃないさ。この一家が全滅したら金が受け取れなくなる」

「そ、それはそうにゃが……」

「それに目の前で誰かに死なれるのは、もう勘弁なんでな」

「闇ヒーラーちゃん……?」


 ゼノスはその場を駆け出し、アイシャの元へと向かう。

 少女が抱いているブルーラビットの首筋を摘まみ、優しく持ち上げた。


「ちょっと借りるぞ」

「え、あ、お兄ちゃん?」

「おい、大蜘蛛っ、俺が相手だ!」


 ゼノスは声を張り上げて、デッドスパイダーを挑発する。アイシャの祖父は膝をついて荒い息を吐いており、父親のほうは娘の前に立って震える手で鍬を掲げていた。


 のそ、とデッドスパイダーが一歩を踏み出す。 


「よし、来い!」 

「って、逃げたにゃああっ⁉」


 ピスタの絶叫を背に、ゼノスはブルーラビットを抱えたまま、全速力で真横へと駆け出す。


 柱のような八本の脚を同期させながら、巨大蜘蛛が猛然と追ってきた。


「あ、いや、違う。囮になったにゃ……?」 


 その通り。デッドスパイダーの本来の目的は、仕留め損なったブルーラビットだ。

 この小型魔獣を持って逃げれば必ず追ってくると踏んでいた。


「囮にして悪いが、あの娘を守るためだ。協力してくれよ」

「キィッ」


 腕の中のブルーラビットが呼応するように吠えた。ゼノスは草原を飛ぶように走る。能力強化魔法で脚力を強化しているが、それでも差は徐々に詰まっている。一家から敵を十分に引き離したところで、ゼノスは立ち止った。


 息を整え、禍々しい姿で迫ってくるデッドスパイダーを見据える。


「治癒師は前衛で戦うな、か」 


 師匠の口癖の一つだ。


 確かに治癒師が怪我を負うと、痛みで集中力が削がれ、魔法の精度も落ち、結果的にパーティを危機にさらすことになる。かつてそれを痛感する出来事もあった。だから、師匠との別れの後、治癒魔法の応用で、防護魔法と能力強化魔法も覚えた。どちらも体の機能を強めるという点で、原理は同じだからだ。


 今なら、戦える。


「見ていてくれよ、師匠」 


 ゼノスはブルーラビットを地面に置くと、右手に《執刀メス》を作り出した。

 魔力を追加で注ぎ、それを長剣サイズまで肥大化させる。


 デッドスパイダーが放った毒針を、ゼノスは白く輝く剣で叩き落とした。防護魔法は面の攻撃には強いが、針のような一点突破の攻撃ではわずかに傷つく可能性がある。毒が体内に入り込めば、こっちの動きも鈍る。だから、全て叩き落とす。


 毒液。

 毒針。

 鋼の毒糸。


 次々と繰り出される死の雨を、かわして、叩き落として、切り裂いた。


 周囲の緑が飛沫を浴びて、あっという間に朽ち果てていく。脚力強化、動体視力強化、腕力強化を切り替えながら、敵の懐に潜り込み、足を一本斬り飛ばした。


「ガロォォォァァァ」


 咆哮とともに、残り七本の脚が出鱈目にゼノスに向かって振り下ろされた。


「と、とと、と」


 なんとかかいくぐりながら、もう一本の脚を切り落とす。逆上して襲ってくれば連撃するつもりだったが、デッドスパイダーはゼノスを警戒するように距離を取った。複眼でじぃとこちらを観察している。討伐ランクAというのは伊達ではないようだ。


 冒険者時代にデッドスパイダーとは何度か遭遇したことはあるが、毒液や鋼の糸よりもそれぞれが意思を持ったように動く八本の脚が厄介だった。だから、普通は複数人で対抗して脚を削っていく。


「一人でやるのは骨が折れるが、地道にやるか」 


 深呼吸をして腰をわずかに落とすと、ブルーラビットが突然駆け出してデッドスパイダーに飛び掛かった。十ある複眼が、一斉に小さな獲物に向けられる。


 ゼノスの体が咄嗟に反応し、相手との距離を詰めた。

 瞬間、手にした長剣が、大剣サイズまで巨大化する。


「おあああああああああああああああああっ!」


 右から左へ。真横に薙いだ剣が、敵の脚を、胴体を、上下に分かつ。

 断末魔の悲鳴とともに、デッドスパイダーはその場に崩れ落ち、やがて動かなくなった。


 ゼノスは溜め息をついて、ブルーラビットを抱き上げる。


「気を逸らしてくれて助かったよ。おかげで予定より早く仕留められた」

「キィ!」

「わはははは、見たかぁぁ。うちのボスにかかればA級魔獣なんて瞬殺にゃああっ!」 


 家の前まで戻ると、ピスタが早速調子に乗っていた。

 アイシャの祖父に刺さった毒針を抜いて治療をする。デッドスパイダーとの戦闘に入る前に自動回復魔法をかけていたので、少しの安静でなんとかなりそうだ。


 勿論、別料金はもらうことにしたが。


「お兄ちゃん、ありがとうっ」

「お前さん……大したもんだな。礼を言う」


 アイシャの祖父をベッドに運ぶと、少女とその祖父からお礼を言われる。


 父親だけが、仏頂面で腕を組んでいた。そういう対応は慣れているので、それほど気にはならない。この国では、貧民を見つけると石を投げてくる市民もいるくらいだ。


 報奨金を受け取って、家を出ようとしたところ、「おい」と声をかけられた。

 振り返ると、アイシャの父親は唇を引き結び、やがておもむろに頭を下げてきた。


「助かった……ありがとう」

「ああ。また何かあったら言ってくれ」


 ゼノスは笑みを浮かべて片手を挙げると、最初の依頼の場を後にした。

 貧民街に向かって、のどかな田舎道を歩いていたら、ピスタが少し感激したように頭の後ろで手を組んだ。


「市民にお礼を言われたのなんて初めてにゃ」

「まあ、滅多にないよなぁ」

「闇ヒーラーちゃんは本当に大したものにゃ。ぺろぺろしたいにゃ」

「前から時々言ってるけど、それって何?」

「ぺろぺろは猫人族の親愛の情を表す行為にゃ。甘んじて受け入れるにゃ」

「そう言われると、なんか嫌だ」

「ぺろぺろぉ」

「おい、ちょっと」


 突然飛び掛かられて、二人して脇の土手をごろごろと転がる。


 突然すぎて避けきれなかった。さすが猫人族だ。素早い。

 腹の上に乗る格好になったピスタに、ぺろっと額を舐められた。


「お前なぁ……」


 ピスタは「うしし、これで友達にゃ」と笑った後、ふと寂しげな目をした。


「それに引き換え、あたしは駄目にゃ。【情報屋】になってから、いかにずる賢く立ち回るかしか考えていなかったにゃ」

「まあ……地下ギルドで生きていこうとするなら、ある程度は仕方ないんじゃないか」

「……でも、こんなんじゃ結局……」


 ピスタはそう呟いて口を閉じる。思いつめたような表情に、ゼノスは「とりあえずどいてくれない?」という言葉を飲み込むことにした。


「ええと……ピスタはそもそもどうして【情報屋】をやってるんだ?」

「それは……」


 わずかに言葉に詰まり、ピスタは続きを口にする。


「あたしは誰も信用せずに生きてきたにゃ。でも、ぺろぺろしたならもう友達、闇ヒーラーちゃんになら教えてあげてもいいにゃ」

「言いたくなければ別にいいけど」

「え、今更? むしろ聞いてにゃあ」

「お、おう……」


 しばらくの沈黙の後、上に乗ったままピスタはぽつりと言葉を零した。


「あたしも実は闇ヒーラーちゃんと同じ。ある大幹部に会いたいんだにゃ」

「ある大幹部?」

「あたしの一家はそいつのせいでばらばらになった。だから、そいつを許せないにゃ」


 今までに聞いたことのない冷たい声色だった。


「大幹部――【獣王】。あたしはそいつの情報を得るために【情報屋】になったんだにゃ」

明日も更新予定です。


見つけてくれてありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ぺろぺろが思ってたのと違って健全で良かったです(・∀・;)
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