第134話 派閥誕生
前回のあらすじ)ゼノスは幼馴染のヴェリトラにもう一度会うため、地下ギルドの大幹部を目指すことにした
その日の夜は、いつにも増して蒸し暑かった。
亜人達とピスタは、それぞれのねぐらに戻り、治療院に残るのはゼノスとリリとカーミラのみ。
淡いランプの明かりの下で、食卓に座るリリはうかない顔をしている。
「ねえ、ゼノス。本当に地下ギルドの大幹部になるの?」
「なりたい訳じゃないけど、他に方法がないなら仕方がない」
「でも……」
「大丈夫だ。無理はしないよ。とりあえずやってみて駄目ならまた考えるさ」
心配そうなリリの頭に、ゼノスはぽんと手を乗せる。
椅子で足を組むカーミラが、グラスの中の氷を指で回しながら言った。
「くくく……わらわとしては面白い展開じゃが、「とりあえず」で地下ギルドの最高幹部を目指そうとは、相変わらず傲岸不遜な男じゃのう」
「大海に出たければ流れに飛び込め、って師匠も言ってたしな」
地下ギルドへの潜入は明日からだ。
ピスタの話によると、地下ギルドのメンバーになるには【受付】と呼ばれる者を探し出して登録依頼をする必要があるらしい。ゾフィア達は協力してくれると言ったが、さすがにそこまで世話になる訳にはいかない。地下ギルドへの潜入は一人で行うつもりだ。
カーミラがふわりと体を浮かした。
「特別な準備はいらぬのか」
「ピスタに聞いたら、二つだけあればいいらしい」
一つは闇市で手に入れた、目の部分を隠す黒い仮面。
正体がばれるとヴェリトラに警戒されるだろうし、下手をするとこの治療院も危険にさらされる可能性があるため、顔を隠すのは必須だ。それに、ヴェリトラには、既に部下の手で死んだと思われている可能性もあるため、そういう意味でも正体は隠さなければならない。
「で、もう一つが通り名だな」
地下ギルドでは素性を明かす者はほとんどいない。だから、個人やグループに対して連絡用に通称が必要で、それを【受付】に提出する必要があるとのこと。
「ほう、どんな名前にしたんじゃ」
「別に、適当な思いつきで書いただけだ」
ゼノスは机の端に置いた封筒に目を向けた後、トイレに立った。
表情を曇らせるリリに、カーミラは不敵な笑みを向ける。
「心配するな、リリ。望むと望まざると、ゼノスの力は厄介事を惹きつける。あの男と一緒にいるつもりなら、いちいち動揺していては持たんぞ」
「う、うん……」
「むしろわらわは地下ギルドの者共に同情しておるがのぅ。あんなド級の新人がおるか」
「そうかもしれないけど……」
「それにしても、あやつはどんな通り名にしたんじゃ?」
カーミラは言いながら、机の端に置いてある封筒に手を伸ばした。
「あ、勝手に見ちゃ駄目だよ、カーミラさん」
「たわけ。わらわは何でも許される」
遠慮なく封筒から紙を取り出し、すぐに渋い表情を浮かべる。
「かぁ~、センスが皆無じゃのう。【回復屋】? オチも捻りもないではないか。十二点じゃな。千点満点のな」
「もう、カーミラさんっ」
リリが頬を膨らませると、カーミラは「ひひひ」と笑って二階に消えて行った。
トイレから戻ったゼノスは、さっきとは違う意味で不安そうなリリに声をかける。
「カーミラは?」
「ええと……楽しそうに二階に行ったよ」
「なんか嫌な予感がするな……と言うか、なんであいつはいっつも楽しそうなんだ?」
「うん、あんな風に生きたいってリリも思う」
「リリ。残念ながら、あいつは既に死んでるぞ」
地下への潜入を翌日に控え、嵐の前の静けさのような平穏な夜が過ぎていく。
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翌日。ゼノスは地下ギルドの拠点がある貧民街の底と呼ばれる場所に向かった。
近づくにつれて路地は細く入り組み、血と汚物が混ざり合った、むせかえるような香りが風に乗って流れてくる。
この辺りは貧民街の盟主とされる亜人達も容易に近づかない場所だ。
地下ギルドと、貧民街。
暗黙の境界線のそばに、猫耳をぴんと立てた少女が立っていた。
「あれ、どうしたんだ、ピスタ?」
足を止めると、【情報屋】は決意の眼差しで言った。
「三日三晩悩んで、あたしも闇ヒーラーちゃんと一緒に行くことにしたにゃ」
「そうなのか? この前はもう付き合えないって帰っただろ」
「当然にゃ。友達に再会するために地下ギルドの大幹部を目指すなんて、もはや無知や無謀を飛び越えて、ただの救いがたい大馬鹿にゃ」
まあまあな言われようだ。
「じゃあ、なんで?」
「ただ、よく考えたら、あたしも顔を見られてしまってるにゃ。下手をするといつ口封じの追手がやってこないとも限らない。闇ヒーラーちゃんにうっかり関わったせいで、とんでもないことに巻き込まれることになったにゃああ。しゃーっ!」
「そうだな。それは確かに悪かった」
素直に謝ると、ピスタは毒気を抜かれたように掲げた両手の爪を引っ込めた。
「まあ……半分こっちから首を突っ込んだところもあるし、もう仕方ないにゃ。ただ、そういう状況なら、ばらばらに動くより協力したほうが生き残る確率は高くなるにゃ」
「なるほどな……地下ギルドのことは詳しくないから、俺としては助かるが」
無関係の者を巻き込むつもりはないが、ピスタは既に関係してしまっている。
「それに、闇ヒーラーちゃんが万が一大幹部になれば、あたしにもメリットはある。だから、新興派閥として頑張っていくにゃ、ボス!」
「最善は尽くすけど、ボスっていうのやめてくれない?」
かくして、貧民街の片隅で、地下ギルド最小の派閥が誕生することになった。
そして、この派閥がたった一ヶ月後に大躍進を遂げていることを、まだ誰も予想することはできていなかった。
ボスになった男。
そういえば、闇ヒーラーはコミックシーモア様の電子コミック対象2023のラノベ部門にノミネートされているようです。よかったら応援してもらえると嬉しいです…!
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