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第132話 廃屋の思い出【前】

前回のあらすじ)幼馴染のヴェリトラはアンデッドを使って何かを研究している様子だった

 時は遡る。


「《治癒ヒール》!」

「《治癒ヒール》!」


 すえた匂いの漂う貧民街のあばら屋で、二人の声が同時に響いた。

 ヴェリトラの手から涼やかな白い風が吹き出し、ゼノスの手からは温かな白色光が溢れる。

 二つの光は混ざり合い、絡み合い、やがて同時に弾けて、きらきらと明滅した。


「ふむ……」


 隣で腕を組んでいるのは、黒い外套姿の無精ひげを生やした男だ。


「たった一年でよくここまで腕を上げたな。大したもんだ。俺の見る目は確かだった」

「本当ですか、師匠!」

「いや、見る目も何も、ヴェリトラを連れてきたのは俺だぞ、おっさん」

「ってこら、ゼノス。お前もちゃんと師匠と呼べ」


 師匠の叱責の声がいつものように響き、ゼノスと二人、目を合わせて笑う。

 ここは打ち捨てられた廃屋。隙間風はひどいし、雨漏りは大量、その上、薄汚い羽虫が我が物顔であちこちを飛び回っている。


 それでも、ヴェリトラはこの空間が好きだった。


 支配と抑圧と束縛に満ちた孤児院と違って、ここには穏やかな時間がある。孤児院の仕事をうまく抜け出しながら、ゼノスと一緒に師匠の元に通うようになってもうすぐ一年。今ではここで治癒魔法の訓練をする時間が何より重要なものになっていた。


「ヴェリトラはやはり理論の理解が早いな。基礎がしっかりしているから、応用も効く」

「えへへ」

「対するゼノスは、理論の理解が適当だ。ところどころ雰囲気でやってるだろ」

「う、ばれてた?」

「当たり前だ。だから、お前の魔法にはムラがあるんだ」

「やっぱり褒められなかった……」

「まあ、逆に言えば、勘だけでこれだけできるのは末恐ろしくもあるが……」


 師匠の元では、最初の半年は理論の説明や基礎的な訓練を行い、後半は実践訓練と称して怪我人や病人を実際に治療する行為も行っていた。貧民街は、環境の悪さや終わらぬ争いに起因する病人や怪我人が後を絶たず、奇面腫などの珍しい症例もある。おかげと言ってはなんだが、この期間で数多くの症例とその治療を経験することができた。


 師匠は無精ひげをざらりとなでると、少し胸をそらして言った。


「だがな、お前等。ちょっと怪我を治せるようになったからと言って、決して調子には乗るなよ。治癒師ってのは怪我を治してようやく三流なんだ」

「はい、師匠! 治癒師は人を癒して二流!」

「そして、世を正してこそ一流だろ。夢に出るくらい聞いたから覚えてるよ」

「そ、そうか……わかってるならいいが」


 二人に機先を制され、師匠は少し意気消沈して頷いた。


「たださ、おっさん。治癒師はこうあるべき、みたいな話はこれまで山ほど聞いたけど、肝心のおっさんの治癒魔法を見たことないんだけど」 

「ふふふ、半人前のお前等が俺の治癒魔法を見るのは百年早い」


 ゼノスの言葉を、師匠はいつものようにはぐらかす。


 確かにゼノスの言う通り、これまで師匠が治癒魔法を使ったところを見たことがない。そのうちそのうちと言いながら、もう一年だ。師匠はおそらく単なる魔法好きなおじさんで、指導はできても、魔法そのものは使えないのだろう。名前を教えてくれないのも、それが原因でどこかでトラブルになったのかもしれない。


 ただ、ヴェリトラにとっては大した問題ではなかった。


 魔法は使えなくても、知識は豊富だし、指導内容も的確だ。師匠のおかげで二人の治癒魔法の腕が上がったのは紛れもない事実だし、何より人柄が好きだった。孤児院の大人達と違って、師匠は理不尽に怒鳴ったり殴ったりは決してしない。いつも対等な目線で話し、笑い合ってくれる。


「師匠、質問いいでしょうか」


 ヴェリトラは正座をして右手を挙げた。


「勿論だ。スリーサイズ以外はなんでも聞いてくれ」

「おっさん……」

「なんだゼノス、その目は。ちょっとお茶目さを演出しただけだろぉぉ」


 時々反応しにくい冗談を言うのが、師匠の唯一の欠点かもしれない。


「あの……治癒師は怪我を治して三流、人を癒して二流、世を正して一流、と師匠はよく言ってます。怪我を治すというのは理解できるのですが、人を癒す、世を正す、というのがよくわからないです」

「ああ……」


 師匠は軽く唸った。


「まあ、三流ですらない治癒師の俺が言うのもなんだが……まず、世を正すってのは、悪しき環境や体制を覆すってことだ」

「体制……?」

「お前達はまだ子供だ。今ある状況が当然のものと思っているかもしれんが、それが人の幸せに繋がらないものであれば、変えることも厭わないってことだ。と言っても、この国においては簡単なことじゃない。国家や体制、社会そのものまでもを治療してしまう治癒師……今となっては、もはや理想と言えば理想かもしれんがな」

「……」


 ヴェリトラはゼノスと顔を見合わせて首をひねった。師匠は苦笑する。


「ま、お前達にもいつかわかる時が来るさ。それで、もう一つの人を癒すっていうのは、怪我のみに囚われずに、その人自身を救うってことなんだが……例えば――」


 師匠は懐から黒革の手記を取り出し、ぱらぱらとめくった。

 中を見ながら、床の上に魔法陣を描く。


 師匠は魔法陣の創作を趣味にしているらしく、最近も指を複数失った時に、無作為にどれかを生やすというよくわからない魔法陣を教えてくれたことがある。どこまで本当かわからないが、若い頃は治癒師になるか、魔法陣の研究者になるか本気で迷ったそうだ。


「二人とも、これに魔力を込めてみろ」

「……?」


 ヴェリトラも興味を持って魔法陣の勉強をしていたが、これは随分と複雑な構造で、一見しただけではどんな効果があるのかさっぱりわからない。

 ゼノスと二人、魔法陣に手をかざして魔力を注いでみると――


「うわっ!」


 魔法陣に半透明の師匠の顔が浮かんで「ははは」と笑った。

 師匠は魔法陣の自分を見ながら、どや顔を浮かべる。


「どうだっ。幻影魔法を組み込んだ高難易度の魔法陣だ。癒されるだろ。怪我を治し、心を癒し、それでこそ――」  

「全然癒されないぞ、おっさん。むしろ悪夢を見そうだ」

「なんだと? そんなことないよな、ヴェリトラ」

「いえ、あの……」

「……よーし。じゃあ次こそ人を癒す魔法陣を――」


 師匠は不満そうな顔で、手記を更にぱらぱらとめくった。

 ゼノスが咄嗟に止めに入る。


「もういいって、師匠」

「師匠の手記はそんな変……面白い魔法陣がたくさんメモしてあるんですか?」

「ヴェリトラ、今、変な魔法陣って言おうとしたな……?」


 師匠が悲しげな目をするので、ヴェリトラは慌てて手を振る。


「あ、いえ、その、他にどんなのがあるのかと思って」

「逆に興味が出てきたな。手記見せてくれないか」


 ゼノスも同調する、が――


「駄目だ」


 普段の師匠からは想像もつかない厳しい言い方だった。

 刺すような物言いに身を固くすると、師匠はすぐに表情を崩して手記を懐に戻した。


「ああ、いや、これには色々と恥ずかしいポエムとか書いてるからな。人に見られると俺は社会的に死ぬ」


 その時にはいつもの師匠の顔になっていた。


 短くも充実したこの日の訓練が終わり、ヴェリトラとゼノスがダリッツ孤児院に帰る時間がやってきた。夕陽の差す畦道を、孤児院の門を目指して二人で駆け上がる。


「ポエムか……怖いもの見たさで逆に読みたくなってきたな。今度こっそり盗み見てみないか、ヴェリトラ。せっかく字も読めるようになったし」

「そう、だね……」


 隣のゼノスはいつも通り飄々としているが、ヴェリトラの足は重い。


 ――戻りたくない。


 このところ、特に感じていることだった。


 孤児院は何事も連帯責任で、誰かが戻らなければ仲間がひどい目に合う。だから、言われた仕事はなるべく早く済ませ、その足で師匠の元に通い、指定時間には孤児院に戻るようにしていた。


 しかし、ここ最近は何とも言えない焦りを覚えるようになっていた。


 もっと魔法の訓練をして、師匠に認められたい。

 孤児院では怒鳴られたり殴られたりするばかりで、褒められることなどなかった。

 だけど、師匠はいつも魔法を褒めてくれる。


「……」


 親友ゼノスの横顔を、ヴェリトラは眺めた。


 二人で師匠のもとに通って一年。ヴェリトラのほうが平均して良好な成果を上げていたが、ゼノスは時折驚くような力を発揮することがある。魔法陣についてもヴェリトラは興味を持って学んでいるが、師匠はゼノスには魔法陣は必要ないと言った。


 ――どうして……。


「何か悩み事か、ヴェリトラ?」

「ううん、大丈夫」 


 ヴェリトラは首を横に振って答える。幼い頃から一緒に育ってきただけあって、様子が少し変わっただけでもゼノスは気づいてしまう。


 でも、今はこの胸の想いを明かしたくはなかった。

今回と次回は過去回です。

その後は展開が動きますのでもう少しお付き合いください…!


見つけてくれてありがとうございます。

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