第124話 大幹部の情報
前回のあらすじ)ワーウルフのカジノで、ゼノス達は猫人族の情報屋と遭遇した
「どーもぉ、【情報屋】のピスタですにゃん」
情報屋を名乗った猫人族の少女は、奥のバースペースでぺこりと頭を下げる。
チップの入ったカップをリリに差し出して、一言。
「はい。ちゃんと持ってなきゃ駄目だにゃあ。いい勉強になったにゃ」
「う、うん」
リリがなんとも言えない顔で頷くと、横のゾフィアが呆れた口調で言った。
「コソ泥の【情報屋】なんて信用できるのかねぇ」
「にゃはは、ちょっとしたシャレだにゃあ。でも、あたしの素早さは理解してもらえたかにゃ? この身のこなしで、どんなところにも入り込んで、情報をしゅばばとゲットにゃ」
「あんたとは仲良くなれる気がしないねぇ」
ゾフィアが視線で小さな火花を飛ばす。が、ピスタはにんまりと笑うだけだ。
「うふふ、それは残念にゃ。疾風のゾフィアちゃんとは是非仲良くなりたかったのににゃあ」
「……」
ゾフィアは薄緑の瞳を細めた。
「あたしのことを知ってるのかい?」
「あったりまえだにゃ。あたしは【情報屋】だにゃ。ちなみにそこの賭博よわよわお姉さんはオーク族の頭領、剛腕のレーヴェにゃ」
「くっ、殴り合いの勝負なら貴様なんぞに負けはせぬっ」
レーヴェが悔しそうに歯がみする。
ピスタはソファに座って足を組むと、小さな顎をくいとゼノスに向けた。
「でも、あたしが一番興味あるのは、そこのかっこいいお兄さんだにゃ」
「む」
唇を尖らせたリリを横目で眺め、ピスタは続けた。
「初めまして。廃墟街の闇ヒーラーちゃん」
一瞬の沈黙があり、ゼノスは口を開く。
「俺のことも知っているのか」
「【情報屋】を甘く見ないことにゃ。と言っても、闇ヒーラーに関しては漆黒の外套をまとった人間で、亜人達に慕われている、という情報だけで本物を見たことはなかったからピスタ感激にゃ! さっきのチップはお近づきの印だにゃ」
「いけしゃあしゃあと。リリから奪ったものを返しただけだろ」
ゾフィアの鋭い視線を、ピスタは涼しい顔で受け流している。
どうやら事前にリンガが言っていた通り、一筋縄ではいかない相手のようだ。
「それで、噂の闇ヒーラーちゃんがあたしに何の用にゃ?」
「ああ、情報を買いたいんだ。幾ら払えばいい?」
ピスタはぺろりと唇を舐めて、鷹揚に腕を組んだ。
「値段は情報次第だにゃあ。何が欲しい? 必要ならターゲットの趣味や嗜好、特殊性癖からトイレに行く回数までゲットしてみせるにゃよ」
「地下ギルドの大幹部の情報だ」
「……は?」
さっきまで余裕しゃくしゃくだったピスタの顔から、笑みが消える。
「大幹部の中に、かつてダリッツ孤児院にいたヴェリ――」
「ちょ、ちょっと待つにゃあっ!」
話を遮るように、ピスタは右手をゼノスの顔の前に差し出した。
「あんた、迂闊なことを公衆の面前で口にしないほうがいいにゃ」
「……どういうことだ?」
「地下ギルドの幹部……特に大幹部クラスのことを嗅ぎまわるのは、業界じゃタブーって知らないのかにゃ?」
「知らん」
「じゃあ、この機会に知っておくにゃ」
「つまり、その情報は売れないってことか?」
「当ったり前だにゃ。そんなことしたら命が幾つあっても足りないにゃ」
後ろに立つリンガが口を挟んだ。
「ピスタ。リンガはゼノス殿に世話になっている。知り合いのよしみでなんとかならないか」
「幾らリンガちゃんの頼みでも無理。話は終わりにゃ」
「……」
どうやら地下ギルドの壁は、想像以上に高いようだ。
対応を思案していると、ピスタのすぐ耳元で声がした。
「くくく……口ばかりの【情報屋】」
「は?」
ピスタの眉間に皺が寄る。
「今誰が言ったにゃ?」
「役立たず」
「ちょ、ちょっと待つにゃあっ!」
「ん?」
顔を上げたゼノスに、ピスタが怒号をぶつけた。
「……じょ、上等じゃにゃ。このあたしを挑発する気? 役立たずなんて噂が広まったら、商売あがったりだにゃ」
「いや、そんなつもりはないけど、やっぱり情報を売ってくれるのか?」
「それは――」
ピスタはわずかに逡巡した後、口の端を上げて言った。
「……いいにゃ。だったら、賭けだにゃ。闇ヒーラーちゃんが勝ったら情報を渡す」
ただし――、と付け加える。
「あんたが負けたら、私の所有物になるにゃ」
「は?」
「えええっ!」
ゼノスとリリが同時に声を上げる。
「何か問題が? こっちは命を賭けるんだから、あんたも人生を賭けるにゃ。噂の闇ヒーラーちゃんを手中にできるならやる価値はあるにゃ」
「だ、駄目だよ、ゼノスっ」
おろおろするリリに被せるように、「俺は構わん」と言葉が発された。
ピスタはにやりと笑う。
「いい度胸だにゃ、闇ヒーラーちゃん。あっちで勝負にゃ」
「な、なんで、ゼノスっ」
「先生、いいのかい?」
「いや、今の俺じゃないぞ……」
誰かが代わりに返事をした。と言っても、犯人は一人しかいないが。
ゼノスは無人の空間に声をかける。
「お前だな、浮遊体」
「くくく……仕方あるまい。火中に飛び込む覚悟がなければ、望むものなど何一つ手に入らぬ。それが人生じゃ」
「お前、時々真理っぽいこと口にするよな」
「伊達に三百年生きておらぬからのぅ」
「でも、本音は自分が楽しみたいだけだろ?」
「……ばれとる?」
「ばれてる」
「カーミラさん。そんなこと言って、もしゼノスが負けちゃったら――」
不安げなリリの前に、カーミラの半透明な身体がぼんやりと現れる。
「くくく、心配無用じゃ、リリ。必ず勝つ!」
「え、ど、どうして?」
「わらわに必勝法があるからじゃ。レーヴェ、さっき【情報屋】と勝負をしたんじゃろ。確かカードの数字当てと言っておったな」
「ああ、そうだ。互いが引いたカードの数字を交代で当てていく勝負だ」
カーミラは人差し指を得意げに額に当てた。
「くくく……敵はおそらく同じ勝負を挑んでくるはずじゃ。さっきレーヴェに勝って縁起がいいからの。しかし、わらわは霊体。姿を消せば【情報屋】のカードを幾らでも盗み見ることができる。そして、姿を消したままこっそりゼノスに数字を教えれば必勝間違いなしじゃあ!」
「す、すごいっ……!」
感激して両手を合わせたリリは、ふと首を傾げた。
「でも、それってずるじゃ……?」
「たわけぇっ。わらわは死霊王。全てのルールを超越した存在ぞ。わらわは何でも許される」
物凄い自己肯定感だ。
だが、ゾフィアはピスタが向かった観客同士の対戦スペースを不安げに指さした。
「でも、あんた、あそこには行けないんじゃないかい?」
「……は?」
カジノは地下にあるが、換気のためか、そこだけ格子天井の一部が地上と通じており、隙間から夕陽が差し込んでいた。
太陽の下に出られないカーミラは、しばらく無言で淡い陽光を見つめている。
「リンガ。勝負を別の場所に誘導できぬのか」
「参加者同士の対戦場はあそこにしかない。それ以外の場所に連れ出すのは不自然で、逆に怪しまれるとリンガは思う」
「おい、全てのルールを超越した存在。どうするんだ?」
ゼノスがじろりと眺めると、カーミラはにこりと笑い、やがて、すぅと薄くなっていった。
「って、逃げるなぁぁぁっ!」
思わず突っ込んだ後、ゼノスは諦めたように肩をすくめ、大きく息を吐いた。
「……まあ、仕方ない。大海に出たければ流れに飛び込め、だ」
「ゼノス、それ何?」
「師匠の十三番目くらいに多かった口癖だよ」
ヴェリトラの手がかりを掴むには、いずれにせよ避けられない勝負だ。
首をこきこきと鳴らし、ゼノスはゆっくりと対戦場へと足を進めた。
【情報屋】 VS 闇ヒーラーの賭博勝負――開始。
先週は色々と予定外のことが起こって更新できませんでした、、
来週はいつも通り更新予定なので、ゆるりとお付き合いいただければ…!
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