第123話 地下ギルドの情報屋
前回)ゼノス一行は情報屋に会うためワーウルフの運営するカジノにやってきた
ワーウルフの運営する地下カジノは、多種多様な賭博客で賑わっていた。
歓喜の叫びと悲劇の呻きが混ざり合い、互いの運と金を賭けた場は一種独特な空気を醸し出している。
「とりあえず【情報屋】が現れるまでくつろいで欲しい」
リンガは部下を呼びつけ、バースペースに腰を下ろしたゼノス達に飲み物を持ってこさせた。
「呼んでおる……賭博の風がわらわを呼んでおるぞぉ」
熱気に引き寄せられるように、カーミラがふわふわとカジノスペースに向かう。
「いや、ちょっと待てぇっ! 悪いけど今回は大人しくしておいてくれないか」
「えー……」
「めちゃくちゃ不満そう!」
ここにいるのは治療院に来る客達ばかりではない。
今のところ客の意識は賭博に向いているが、アンデッド系最高位の魔物であるレイスの出現に気づけば大騒ぎになる可能性がある。
すると、カーミラはふんと鼻を鳴らした。
「わかっておるわ。じゃが、目立たぬよう見学するくらいはよかろう」
「まあ、騒ぎにならなけりゃ問題はないが」
「よし、わらわは杖に戻る。リリ、わらわを持ち運ぶのじゃ」
カーミラはそう言うと、煙のようになって、リリの持つ古びた杖に吸い込まれていった。
「さあ、行け! まずはルーレットを見学じゃあ」
「え、う、うんっ」
恐る恐るといった感じで、リリは杖を両手で握りしめ、賑わう賭場へと踏み出す。
「じゃあ、俺も行くよ」
「ゼノス殿。リリは大丈夫だとリンガは思う。店員は全員リンガの部下だし、リリのこともよく知っている」
「まあ、そうか……」
リンガに言われて、ゼノスは浮かしかけた腰を下ろした。よく見ると、フロアスタッフのワーウルフは顔見知りだらけだ。確かにこれならリリの心配はいらないだろう。早速スタッフの何人かがリリに話しかけていた。
「さて、せっかく来たのだから、我も見学してみるか」
レーヴェも立ち上がって、ゆったりした足取りで賭博客に紛れていった。
バースペースには、リンガとゼノス、そしてゾフィアが残される。
「で、リンガ。その【情報屋】ってのは信用できる奴なのかい?」
ゾフィアが足を組んで尋ねると、リンガは眉間に人差し指を当て、悩ましげな表情を浮かべた。
「うーん、まあ……信用できると言えばできるし、できないと言えばできない」
「はあ? 大丈夫なのかい」
「ただ、仕事の腕は確かだとリンガは思う。地下で数年以上【情報屋】をやっている」
「なるほどな……」
ゼノスは腕を組んで、頷いた。
情報屋は、情報の信頼性が命だ。
ある程度のキャリアがあるなら、少なくとも扱う情報に関しては信頼してもよさそうだ。
賭博場のような場所には様々な黒い情報も集まる。
定期的に顔を出しているのは、おそらくそういった情報の収集も兼ねているのだろう。
「なんにせよ、先生の幼馴染の情報、見つかるといいねぇ」
「その幼馴染がゼノス殿の師匠の手記を持っているとリンガは聞いた」
「あくまで可能性だけどな」
ヴェリトラとは孤児院の火事以来、もう長いこと会っていない。
昔は眼を合わせるだけであいつが何を考えているかわかったが、今は行方すら知れない。
過ぎた時間に思いを馳せながら歓談していると、店員のワーウルフがリンガに耳打ちをした。
リンガはおもむろに立ち上がり、ゼノスを振り返る。
「ゼノス殿。【情報屋】が来たらしい」
「よし、行くか」
「あたしも」
ゼノスとゾフィアはリンガの後に続いて、カジノの入り口に向かった。
だが、それらしき人物は見当たらない。リンガは受付にいる部下に声をかけた。
「【情報屋】はどこだ」
「あ、ボス、すいません。さっきまでいたんですが、もう奥に入っちまって」
「ふん。相変わらずせっかちな奴だ」
踵を返したリンガとともに、カジノ内を歩き回る。
しかし、賭博客が多くて、なかなか目的の相手は見つからない。
しばらく探し回っていると、向こう側からレーヴェがとぼとぼとやってきた。
「どうしたんだい、レーヴェ。暗い顔して」
ゾフィアが声をかけると、レーヴェは恐ろしいものでも見たような口調で言った。
「き、聞いてくれっ、ゾフィア。信じられないことが起こったのだ」
「信じられないこと?」
「賭博客に声をかけられ、我はカードの数字当てゲームをしたのだ。そしたら……」
ごくり、とそこで喉を鳴らす。
「気づいたら、持ち金が全てなくなっていた」
「何言ってるんだい。それが賭博だよ、レーヴェ」
「くうっ、拳の勝負なら負けはしないのにっ!」
「それはもう賭博じゃないよ……」
その時、離れた一角で小さな歓声が上がった。
「……なんだ?」
様子を窺おうとすると、突然ゼノスの耳元で声がした。
「やりおるわ」
「うわ、びっくりした」
横を向くと半透明の女がにやりと口角を引き上げている。
「カーミラか。驚くから消えたまま話しかけるのやめてくれない? ちなみに何の話だ?」
「くくく……リリの奴じゃ。ルーレットで大穴を当てよった」
「なんでリリがルーレットをやってるんだっけ?」
「愚問なり。カジノに来て、リリの運を使わぬ手はあるまいて」
確かに、貧民街の夜祭りで、リリは五つのサイコロ全てで6を出すという強運を示したことがある。その時はカーミラも全て1を出すという悪運を発揮していたが。
「あのなぁ……いたいけな幼女を賭博の道に引き込むなよ」
「まあ、せっかく来たんじゃ。一度くらい良いではないか。何事も経験じゃ」
「ったく。本当はお前がやりたいだけだろ」
「くくく……賭博の風を浴びて、多少は満足したがの。わらわはもっと血沸き肉躍る勝負を求めておるぞお。次は倍賭けじゃあ!」
こいつ、賭け事で身を滅ぼすタイプか?
そういえば師匠にも賭博によく付き合わされていたことを思い出す。人生何事も勉強だ、とか言っていたが、子供に何を教えようとしていたのだろうか。
ルーレット台の前では、リリが照れた様子でこちらに手を振っていた。
「あ、ゼノス! リリ、少し家計に貢献したかも!」
銀色のチップがいっぱいに詰まったカップを抱えて、こっちに駆け出す。
しかし、次の瞬間、リリの前をふいに風が吹き抜けた。
「……え、あれ?」
そして、いつの間にか、リリの手からチップ入れが消えていた。
「あははは、チップを拾うなんて今日はついてる日だにゃあ」
少し離れた場所で満足げな声を漏らしたのは、小柄な少女だ。
猫のように吊り上がった瞳。ふわふわした焦げ茶色の髪からは、猫耳が飛び出している。
猫人族と呼ばれる亜人の種族だ。
その手にはちゃっかりとチップ入りのカップが握られていた。
「あっ、貴様はっ!」
レーヴェが少女を見て声を上げた。
「さっき我から有り金を奪っていった奴!」
「あははー、お姉さん、さっきは儲けさせてくれてありがとにゃん」
ぺろりと舌を出して、少女はその場を立ち去ろうとする。
「待ちなっ。そのチップはこの娘のだろ。返しな」
ゾフィアはあっけに取られたままのリリの肩を叩き、低い声で猫人族の少女に詰め寄った。
相手は全く悪びれない調子で頭をかいた。
「それは言いがかりにゃ。このチップは拾っただけだにゃあ」
「猫人族がすばしっこいのは知ってるけどね。どうやら手癖も悪いみたいだねぇ」
「証拠でもあるのかにゃ?」
「コソ泥風情が、盗賊の目をごまかせるとでも思ってるのかい」
「待て、ゾフィア」
リザードマンの女頭領を制したのは、ワーウルフの女頭領だった。
「止めないでおくれよ、リンガ。あんたの賭場に迷惑はかけない」
「そういうことではないのだ、ゾフィア」
「あら、リンガちゃん。お久しぶりだにゃあ」
ゾフィアに襟首を掴まれたその人物は、にこやかな顔でリンガに手を振る。
「そいつだ」
「え?」
リンガは溜め息混じりに、やけに陽気な猫耳少女を指さした。
「そいつが【情報屋】だ」