第122話 賭博場
前回のあらすじ)【情報屋】から孤児院の幼馴染の情報を得るため、一行はワーウルフの運営するカジノへと向かうことにした
三日後の夕刻。ゼノス一行の影が、貧民街の裏通りに長く伸びていた。
日中の熱気はなりを潜め、涼やかな風が首筋を通り過ぎていく。
「なんか、俺の事情で皆に時間を使わせて悪いな」
亜人達は一斉に首を横に振った。
「何を言ってるのさ。先生の問題はあたし達の問題だって言っただろ」
「うむ、いつも世話になっているからな」
「むしろ役に立てそうでリンガは嬉しい」
「そうか。恩に着るよ」
もしもヴェリトラが地下ギルドに深く関わっているなら、自分の力だけで探し出すのは困難だろう。癖の強いリンガが、一筋縄ではいかないというくらいだから【情報屋】はかなりの変わり者の可能性はある。
それでも会ってみなければ状況は変わらない。
一行はリンガの先導のもと、ワーウルフが運営する賭博場へと向かった。
「そういえばワーウルフの賭博場は今まで行ったことがなかったねぇ」
「確かに、我もないな」
「リリも。ちょっとドキドキするね、ゼノス」
「そうだなぁ」
緊張気味のリリは、両手で古めかしい杖を握りしめている。
随分と年季がはいったもので、複雑な文様が彫り込まれていた。
「なあ、リリ。その杖ってもしかしてカーミラか?」
まだ太陽が地上にあるため、アンデッドのカーミラはそのままの姿では外には出られない。ただ、霊体であることを活かして愛着のあるものに宿ることができるらしく、かつての持ち物だという杖に宿ってリリに運んでもらっているのだろう。
「うん、カーミラさんが絶対連れてけって言うんだもん。連れて行かなきゃ化けて出るって」
「既に化けて出てるが……?」
「くくく……腕が鳴るわ。わらわの運の太さを見せつける時が来たようじゃ。賭博の風が吹いておるぞぉ」
杖が小さく振動してカーミラの声がした。
「賭博の風って何? というか、お前、杖に宿ったまま話せるのか」
「くくく……やる気があればなんでもできる」
付き合えば付き合うほど、このアンデッドの生態の不可解さが増していく。
「今回は大人しくしておいてくれよ。というかわざわざ来なくてもよかったんじゃないか」
「たわけぇっ。かつて博神と呼ばれたわらわが行かずして誰が行くのじゃ!」
「え、そうなの?」
「嘘じゃ」
「嘘かよ!」
「ここが入り口だ」
カーミラと不毛なやり取りをしていると、先頭のリンガが路地裏にある古びた家屋を指さした。
「ここ……かい?」
「単なる民家にしか見えないが」
「外からはわかりにくくしている。他にも幾つかあるけど、【情報屋】がよく来るのはここ」
ゾフィアとレーヴェにそう答えると、リンガはきぃと軋むドアを押し開けた。
むっとする黴臭とともに、薄暗い室内が姿を見せる。開いたドアから黄昏色の夕陽が差し込み、腐った床板、朽ち果てた机や本棚、天井に張り巡らされた無数の蜘蛛の巣を照らし上げた。
「って、どこが賭博場なんだい? ただの廃墟じゃないか」
「ふふん、まあ見ていろ、ゾフィア」
リンガは鼻をこすると、奥の本棚に手をかけた。
辞書のような分厚い本を手前に傾けると、本棚がきぃと音を立てて扉のように開いた。そこには地下へと向かう階段が口を開けている。
ひゅう、とレーヴェが口笛を鳴らした。
「こっちだ」
リンガについて十数段の階段を降りると、今度は重厚な扉が待ち受けていた。
「おお……!」
リンガが両手でゆっくりと押し開けると、奥には外からは想像できないほど、煌びやかな空間が広がっていた。
開いた扉から、渦巻く活気と熱気が溢れ出し、肌をあぶる。
天井に幾つも吊るされたシャンデリアは、煌々とした明かりを赤絨毯に注いでいた。
カードゲームやルーレット台には多くの客が群がり、奥に設置されたバースペースで談笑の声が響く。
煙草やアルコールの香りが立ち昇り、熱を帯びた空気が地下空間の隅々まで満ちていた。
「おお。これはすごいな」
「ふふん、もっとリンガを褒めてもいいぞ、ゼノス殿」
灰色の頭髪から突き出す獣耳がぴくぴくと動いている。
「さあ、もう一度よしよしするのだっ」
「駄目だよ、リンガっ。カジノに連れて来たくらいで撫でてもらえる訳ないだろ」
「そうだ、ゼノスのよしよしはもっと大きな成果を上げた時にもらえるものだ」
「さっきから何の話?」
「くくく……醜い争い」
一歩前に出たゾフィアが、広々とした地下空間を見渡す。
「それで、リンガ。【情報屋】ってのはどこにいるんだい?」
「大体月に一回くらい来る。いつもの間隔なら今日くらいに来てもいいはず」
リンガは背伸びをしながら周囲に目を向けた。
「んー……でも、まだ見当たらない」
「どうする、ゼノス?」
「まあ、折角来たんだし、もう少し待ってみるか。リリ」
袖を引っ張るリリを連れ、ゼノスはバースペースに向かった。
「くくく……さぁて、まずはどれから攻めようかのぅ」
いつの間にか杖から飛び出しているカーミラが、そわそわしながら辺りを見回している。
「お前、何しに来たかわかってる?」
「は? 当たり前じゃろ」
「それならいいけど」
「賭博に決まっておろうがっ。賭博場に来て、賭博をやらぬ者がおるかぁっ!」
「やっぱりわかってねぇぇ!」