第121話 手がかり
前回のあらすじ)亜人達がゼノスの幼馴染の情報を調べてきた
治療院に亜人の女頭領達が勢揃いする。
リリが気を使って窓を閉めると、蝉の声が遠くなった。
しんとした室内の空気に、何とも言えない緊張感が混じる。
「まずはあたしから。結論を言うと――」
一同を見まわしたゾフィアはそこで言葉を切って、こう続けた。
「実は……全くわからなかった。ごめんよ、先生」
がく、と体が前のめりに崩れそうになる。
「なんじゃ、散々勿体ぶって収穫なしかえ」
カーミラのじろりとした視線を受けて、ゾフィアは肩を落とした。
「面目ない。本気で探せば何かしら掴めると思ってたんだけど、本当に全く情報がないのさ。貧民街は勿論、市街区にも情報網を伸ばしてみたけど、影も形も掴めない」
あんたらはどうだい、とゾフィアは横に視線を向けた。
「ぬ、ゾフィアもそうだったのか。実は我もだ。地下ギルドにも当たってみたが、全く情報は出てこなかった」
レーヴェも残念そうに口を開く。
微妙に重苦しい空気の中、ゼノスは敢えて軽い口調で言った。
「そうか。まあ気にするな、わざわざありがとうな」
若干の拍子抜けは否めないが、初めから簡単に行くとは思っていない。
ゾフィアとレーヴェは申し訳なさそうに眉の端を下げる。
「ごめんよ、先生。これだけやって見つからないとなると、もう王都を出ているかもしれないねぇ」
「もしくは、ゼノスには悪いが、既にどこかで野たれ死んでいるかもしれんぞ」
「ゼノス……」
リリが気遣うような視線を向けてくる。
ハチミツ入りの紅茶をずずと啜ったカーミラが、もう一人の亜人に呼びかけた。
「貴様はどうじゃ、リンガ。さっきから黙っておるが」
「リンガも同じ。部下を使って調べたけど何も出てこなかった。ただ――」
「ただ?」
少し黙考してから、リンガは言った。
「ここまで情報が出てこないのは、逆に不自然な気がリンガはする。まるで意図的に痕跡が消されているような……」
「消されている?」
「うん。確かにゾフィアやレーヴェの言う通り、とっくに王都を離れているか、既に野たれ死んでいる可能性だってある。でも、もう一つ別の観点がある」
皆の注目を受けて、リンガは続ける。
「地下深くに潜っている」
レーヴェがゾフィアと顔を見合わせる。
「しかし、リンガ。地下ギルドは既に我の部下が当たってみたぞ」
「それは部外者が辿れる範囲の話。地下ギルドの幹部、特に上級幹部以上になると滅多に表に出てこない。もし、ゼノス殿の幼なじみがそこまでの地位になっていれば、情報が手に入らないのも納得できるとリンガは思う」
「ヴェリトラが、地下ギルドの上級幹部……?」
かつての優しく穏やかな親友の笑顔が脳裏によぎり、ゼノスは眉をひそめた。
そういえば、リズは地下ギルドの大幹部に優れた治癒能力を持っている人物がいるらしい、と言っていたが――
ゾフィアが嘆息して天井を仰いだ。
「なるほど、もしそうなら情報が出てこない訳だ。だけど、地下の上級幹部となるとさすがに調べるのが難しいねぇ」
「確かに部外者には限界がある。でも、リンガに一つ考えがないでもない」
もう一度皆の注目を受けた後、リンガはえへんと鼻を鳴らして言った。
「地下ギルドの【情報屋】を当たる」
「【情報屋】……なるほどねぇ」
「情報屋って何?」
首を傾げるリリに、ゾフィアは納得した様子で答えた。
「情報の売り買いを生業にしている奴らさ。あいつらなら独自の情報網を持ってるだろうし、確かにあたしらが動くよりいいかもね」
「だが、問題があるぞ。今度はその【情報屋】の居場所をどう突き止めるかだ」
続いたレーヴェの問いに、リンガは得意げに胸をそらした。
「ふふふ、それがわかるのだ」
「なに?」
「なぜなら【情報屋】はワーウルフが運営する賭博場に時々来る客なのだ」
「へぇ! 珍しくやるじゃないかい、リンガ」
ゾフィアが感心したように手を叩いた。
「ふはは、もっとリンガを褒めるといい」
勝ち誇ったリンガは、獣耳が生えた頭を、ずいとゼノスに向けてくる。
「……ええと?」
「ゼノス殿。リンガを褒めて欲しい。褒めると言えばよしよし」
「お、おお……」
確かに有用な情報かもしれない。ぽんぽんと軽く頭を叩くと、「むふふぅ」と変な声がした。
次の瞬間、にゅっとゼノスの前に別の頭が差し出される。
「いや、レーヴェまでどうした?」
レーヴェは少し不満げに顔を上げる。
「くっ、どさくさに紛れてゼノスに褒めてもらおうとしたけど無理だったか」
「全然どさくさに紛れてなかったが?」
「諦めな、レーヴェ。悔しいけど、今回はリンガの手柄だよ」
奥歯を噛み締めるゾフィアの横で、リリが涼しい顔でグラスを片付けている。
「リリも眠れない時、ゼノスによしよししてもらってるよ」
「なんだって……! いや、そうなんだろうけどさ」
「くぅぅ、リンガも一回じゃ足りないと思う」
「我もゼノスと同居するぞ」
「くくく……醜い女の争いを肴に飲む紅茶は最高じゃ」
「とりあえず落ち着こうな?」
なだめるように両手を広げると、気を取り直したゾフィアがごほんと咳払いをした。
「ま……そうだね。争うために来た訳じゃないんだ。ともかく、その【情報屋】から地下の上級幹部の情報を買えばいいんだね」
「うむ、その通り。前にリズというゼノス殿の幼馴染のことを調べた時も、リンガは部下を通じてそいつから情報を買ったのだ」
「ほう、それなら期待できそうではないか」
レーヴェが同調すると、ただ――、とリンガはわずかに逡巡して腕を組んだ。
「ちょっと、一筋縄ではいかない奴なのだ」