第118話 手記の行方<エピローグ②>
前回のあらすじ)リズは孤児院を作るために、治療院を離れた
※今回は章の繋ぎになるので短めです
幼馴染のリズが地下を離れ、孤児院を巡る一連の出来事はようやく落ち着きを見せた。
夕方になり、診察机に座るゼノスにリリが声をかける。
「ゼノス、またベッカーさんの手紙を見てるの?」
「ん、ああ」
広げた手紙に書いてあるのは、貧民街で出会った師匠のことだ。
過酷だった孤児院の頃に、可哀そうな行き倒れを生き返らせようとした。
そんな時に後ろから突然頭を殴ってきたのが師匠だ。
リズが孤児院の中で、自分達を守ってくれた。
外では大人の目を盗んでは師匠のところに向かい、魔法や世界のことを教わった。
あの二人がいたから、今の自分がいると言っても過言ではない。
ただ、何度読んでも当然手紙の内容は変わらない。
師匠が特級治癒師だったこと。
蘇生魔法という禁呪に手を出したであろうこと。
呪いのようなものが発動し、皆が師匠のことを忘れていること。
そして、詳しく知りたければ師匠の手記を探せ、ということ。
「何か新しい発見でもあったのか」
ベッドに座るカーミラが、足をぷらぷらさせながら言った。
「発見、という訳じゃないけど、今回リズ姉やダリッツに会って孤児院のことを思い返す機会が多かったんだ」
ゼノスは手紙から顔を上げる。
「孤児院はぎすぎすしてたけど、リズ姉のおかげでうちの班は比較的仲がよかった。中でも特に親しかった奴がいてさ」
思い出すように虚空を見つめて言葉を継いだ。
「俺が師匠に会った話をしたら、あいつも興味を持って一緒に通って教わってたんだよ」
「ほう、それは初耳じゃの」
「リリも初めて聞いた」
「ああ、そうだっけな。色々あったから言いにくいのもあったんだけど――」
苦労を共にした孤児院の仲間のことはよく覚えている。
リズにジーナ。
マーカス。
エミル。
ロンバッド。
アシュリー。
クジャ。
そして、もう一人――
ゼノスは机の手紙にもう一度目を落とし、つぶやいた。
「師匠の手記……もしかしたら、ヴェリトラが持っているかもしれない」
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貧民街の底、と呼ばれる場所。
蛇行する水路の更に奥深くに広がる地下空間に、甲高い声が響いた。
「やあ。君に言われた通り、ダリッツは始末しておいたよ」
鼠色のフードを被った【案内人】が大袈裟に手を広げると、真っ暗闇から声が聞こえてくる。
「後処理を頼むと言っただけだ」
「ふふ、慎重だね。それじゃあ地下ギルドの大幹部にボクが忖度しすぎたってことかな」
「……地下ギルドから消えたお前がどうして戻ってきたのか聞いていなかったな」
「まあ、しばらく身を隠すつもりだったけど、好奇心が抑えられなくてね。ボクの悪い癖だ」
「……」
「それに、ゼノス君には借りがあるからね」
無言の闇に向け、【案内人】は続ける。
「ゼノス君との因縁という意味では、君とは利害が一致すると思うけど?」
浅いため息のようなものが漏れ、ぱらぱらと何かをめくる音が聞こえた。
「ゼノス、か……その名前をまた聞くことになるとはな」
「おやおや、なんだか冷たいな。かつての親友なんだよね?」
【案内人】は挑発するように続ける。
「ちなみに好奇心という意味では、ライセンス無しで完璧な治療を行う闇ヒーラーゼノスと、脅威の治癒力を武器に地下でのしあがった君。同じ師匠のもとで治癒魔法を学んだ君達の、どちらが勝利するのか興味深いんだけどね」
返事はない。
ただ森閑とした暗闇だけが、そこに広がっていた。