第117話 私の夢<エピローグ①>
前回のあらすじ)リズの妹ジーナの手術をゼノスは無事に終えた
ジーナの手術が無事に終わり、一週間が経った。
初夏の到来を告げる蝉の声がしゃわしゃわと降り注ぎ始めた一日。
廃墟街の治療院にジーナを連れたリズが顔を出した。
後ろに控えている大男はガイオンだ。
「どうしたんだ、リズ姉?」
リリと一緒に出迎えると、リズは晴れやかな顔で言った。
「ああ、うん、ちょっとゼノスちゃんに報告があって」
「報告?」
「私達、地下を出ることにしたの」
「おお、そっか」
幹部であるボスのダリッツが姿を消し、派閥は解体状態になっているという。
「それでね……」
リズはもじもじと手をすり合わせた後、意を決したように言った。
「私、孤児院をやろうと思ってるの」
「おお」
「今さらだけど……今度こそ、みんなが笑える場所を作りたいなって思って」
犯した罪は決して消えない。
それでも少しでも贖罪ができれば、とも思っている。
「なるほど。それはすごくいいと思うぞ。リズ姉ならできるよ」
ゼノスは何度も頷いた後、後ろのガイオンに目を向けた。
「そいつも一緒に行くのか?」
「悪いか。俺がリズ様を守る」
「そんなこと言ってついてこようとしてるの。力仕事も必要だし、護衛にもなるから困りはしないんだけど」
そう言いながら、リズは悩んでいる様子だ。
「ただ、サキュバスの力でずっと従わせるのも……」
【混ざり】の力は突然変異的に使えるようになる一方、急に使えなくなることもあると聞く。
ジーナが回復した今、この力で言う事を聞かせ続けることに葛藤を覚えているようだ。
ゼノスはガイオンをちらりと見た後、リズに視線を戻した。
「ちなみに、リズ姉が男を操る力ってどれくらい効果時間があるんだ」
「まあ、血を流すやり方だと、代謝されるまでの数時間くらいかしら」
「効果が切れたらどうするんだ」
「連続して操る場合は、効果が切れる前にまた血を入れるの」
「その男に最後に血を入れたのはいつなんだ?」
「それが……随分前なのよね」
「じゃあ、とっくに効果は切れてるんじゃないか?」
「……?」
不思議そうに首をひねるリズに、ゼノスは続ける。
「だから、リズ姉を守りたいってのは操られてる訳じゃなくて、そいつの意思だと思うぞ」
「え、そうなの?」
「そ、そうですよ、リズ様っ。なんだと思ってたんですか」
ガイオンはおろおろした様子で言った。
「あなたは単純だから、血の効果が異様に長持ちするのかなぁって……」
「ひ、ひでえ」
泣きそうな顔のガイオンに、なぜかジーナが「どんまい」と声をかけた。
どうやら、すっかり元気になったようだ。
「それでね、ゼノスちゃん。孤児院が軌道に乗ったら、遊びに来てくれる?」
「ああ、勿論行くよ」
リズはじっとゼノスの顔を眺めた後、一瞬だけリリを見て、踵を返した。
「じゃあね、ゼノスちゃん、リリちゃん」
「ああ、じゃあ」
「またね、リズさん!」
玄関先まで出てきたゼノスとリリに、リズは大きく手を振る。
支配者の館として、当初禍々しさすら感じた治療院は、今はとても暖かく穏やかなものに見える。
「お姉ちゃん、よかったの?」
隣を歩くジーナが言った。
「なにが?」
「お姉ちゃんは、ゼノスお兄ちゃんの隣にいたいんじゃないかなって」
「なんでそう思うの」
「女の勘。それにゼノスお兄ちゃん、すごくかっこよくなってたから」
「生意気言わないの」
こつん、と妹の額をこづいた後、リズは治療院の前に立つゼノスとリリを振り返る。
「そうね……でも、あそこに私なんかが入る余地はないから」
「そう? 中は結構広かったよ」
「そういうことじゃないの。やっぱりまだお子様ねぇ」
「ぶー」
リズは妹に笑いかけ、視線を前に向けた。
「ジーナ。私達は、私達の居場所を作りましょう」
子供達が、自由に笑って、自由に泣いて、飢えることなく、凍えることなく、安心して眠れるような。
そして、いつの日か、巣立っていったことを誇れるような。
そんな、居場所を。
明るい陽射しを浴びて、リズは輝くような笑顔で言った。
「だって、私はみんなのお姉ちゃんだから、ね」