第114話 邂逅と決戦【前】
前回のあらすじ)ダリッツを己の意に背いたリズを粛清しようとした。そこに現れたのはゼノスだった。
貧民街の外れ。西にそびえる山中。
燃え落ちた孤児院跡で、ゼノスはこの施設の院長だった男と向き合っていた。
病的に青白く、細身なのは以前のままだが、背中からは本人に不釣り合いな筋肉質の腕が二本飛び出している。
「なんというか、この場所であんたと対峙するとは因果だな」
「誰だ、お前は」
ダリッツは眉間に皺を寄せる。
「え? 覚えてないとかまじか! 結構長いことここにいたんだけどな」
ゼノス、という名前もリズが口にしたはずなのに。
「ふん、孤児院の在籍者か。私が覚えているのは使える者だけ――」
言いかけて、ダリッツはゼノスを観察した。
「黒い外套。そうか、お前が件のヒーラーとやらだな。貧民街の支配者と思わせておいて、とんだ茶番だ」
「いや、勝手に間違えたのそっちだろ……」
「ご、ごめん……」
なぜか後ろのリズが謝る。
「治癒師風情が何の用だ? リズは操るのに失敗したと聞いたが」
「操られてる訳じゃない。面倒なことは極力したくない性分だが、今回は珍しく自主的にやってきてるぞ」
「わざわざ死にに来るとは、ご苦労なことだ」
ダリッツは背中の腕で、頑強な廃材を拾い上げた。
背面の二本の腕が軽々と、それらを振り回す。
「治癒師ごときに何ができる?」
「その通り。俺はただの治癒師だ。戦闘の専門家って訳じゃないし、前面で戦うのに慣れてる訳でもない」
「……何が言いたい?」
「俺はリズ姉に恩を返しに来ただけだ。個人的にあんたに恨みがある訳じゃ……いや、あるわ、めちゃめちゃある」
よく考えたら、子供の頃の過酷な境遇はこの男によってもたらされたものだ。
「だけど、あんたがリズ姉を解放して。大人しく地下に戻るなら積極的に関わりたい訳じゃない」
「却下だ。私に意見をするな。貴様が私の孤児院にいたというなら、院長には敬意を払え。私はここの王だ」
「生憎、敬意の払い方ってやつを習ってこなかったんでな。ここにそういう大人がいなかったからな」
立ち止まったダリッツは、無表情のまま髪をかき上げた。
「ゼノス、と言ったな。私は表に出るのが好きではない」
「奇遇だな。俺もだよ」
「特に地下の住人というのは、顔や姿や名前はおろか、存在さえも匂わすべきではないと思っている。存在を知られているということは、それだけで不利に働くからな」
その声色が一段と低くなり、ダリッツはわずかに腰を落とした。
「つまり、お前を生かして帰すつもりはないということだ」
「リズ姉、下がってろっ!」
リズを後ろに押し出すと同時に、後頭部に強い衝撃を受ける。
木の破片がばらばらと飛び散る中、ゼノスは無傷で振り返った。
「何?」
ダリッツは眉間に小さく皺を寄せる。
「無傷だと? どういうことだ? お前は治癒師じゃないのか」
「ただの治癒師だよ」
「無傷で済む治癒魔法などない。まさか防護魔法も使えるのか、どうなっている」
ダリッツは散らばった廃材を次々と持ち上げて、殴りかかって来る。
あるものは避け、あるものは手で受け止め、ゼノスに傷はつかない。
だが、身体の内部に衝撃は伝わるので、漫然と受け続けるのは得策ではない。
それに――
「なんか、棒で殴られ続けるのって精神衛生上よくないな。ここにいた時を思い出す」
ーー【脚力強化】。
ゼノスの足に青白い光がまとわりついた。能力強化魔法で相手との距離を一瞬で詰め、次に腕力を強化した拳を突き出した。
「ぐっ」
ダリッツは咄嗟に上体をそらし、拳は肩にかすっただけ。
それでも多少は効いたようで、ダリッツは大きく飛び下がった。
苦々しい顔で肩をおさえる。
「今のはどういうことだ。まさか能力強化魔法か? お前はなんなんだ」
「だから、ただの治癒師だって言ってるだろ」
そういえば、ここにいたのは子供の話を聞かない大人ばかりだった。
「ふん、そんな治癒師がいるか。お前は一体――」
そこまで言って、ダリッツは気づいたように細目を見開いた。
「そうか……その反抗的な目つき、思い出したぞ。貴様、私の金庫から大金を盗んだ小僧か」
「やっと思い出したか。思い出し方は気に食わないけどな。それ濡れ衣だし」
「粛清する」
「だから、話を聞け」
ガアァッ!
ダリッツが天に向かって咆哮すると、更に二本の腕が背中から突き出し、足は二回り以上太くなる。
後ろ脚で豪快に地面を蹴った瞬間、石礫が弾け飛び、弾丸のような速度で飛んできた。
「いや、なにそれ……?」
ゼノスは咄嗟に両手をクロスし、防護魔法を発動。
強烈な衝撃波が、大気を揺らした。
二人はもつれながら後ろの林の中に突っ込む。
「粛清ぃっ!」
ダリッツの六本の腕が、木々をなぎ倒しながら乱打してくる。
防護魔法で防いではいるが、そのままでは勝機は見えない。
とは言え、異なる種類の魔法は同時には使えないという制限がある。
切り替えのミスは致命傷になりかねない。
「【執刀】」
ゼノスは一瞬の隙をついて魔法を発動、腕の一本を斬り飛ばす。
しかし――
「がああっ」
ダリッツが一声発すると、その腕が根本から再生し、乱打が再開された。
二人は再び林から飛び出し、孤児院の焼け跡が残る位置まで戻ってくる。
肩で息をしながら、ゼノスはぼりぼりと頭をかいた。
「ったく、めちゃくちゃするな。あんたのところに在籍してた子供にもうちょっと優しくする気はないのか」
「却下だ。私はいずれ地下の王になる。路傍の石は排除するまで」
「話が通じない奴だな。昔からそうだったけど」
「ゼノスちゃんっ。ダリッツは再生する細胞が埋め込まれてるって言ってたわ」
リズが叫ぶ声が耳に入った。
「再生する細胞……なるほどな……」
ゼノスは腰を低く落とした。
両者の間に突風が吹く。
かつて支配していた者と支配されていた者が、時を経て、この孤児院跡で新たな決着の形をつけようとしていた。
次回、決着…!
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