第105話 本気のリズ様 vs 女達【後】
前回のあらすじ)ゼノスを落とすため、リズは亜人達を遠ざけた。
【セント・ファビラウス歴304年 六の月十四日(夜)】
辺りがすっかり暗くなった頃、キッチンではリリが夕食の準備をしてた。
そこに顔を出したのはリズだ。
「いい匂いね。ご飯はいつもリリさんが作ってるの?」
「ゼノスもよく作ってくれるけど、忙しい時期はリリがやってます」
「ねえ、私にも手伝わせてくれない?」
「え、掃除もしてもらってるし、大丈夫ですよ」
リリは恐縮して答える。
「ううん、家の修理では全然役に立たなかったし、これくらいはさせて」
「でも……」
迷う素振りのエルフの少女に、リズはにこやかに言った。
「じゃあ、二品ずつ作らない? そうすればお互い半分の労力で済むし。ただの居候というのも心苦しいし、お願い」
「……わ、わかりました」
「嬉しい、ありがとう」
リズはリリのエプロンを巻いて、キッチンに立った。
鼻歌を口ずさみながら、野菜を刻み、魚をさばき、肉を炒め、自家製ソースまで手際よく作っていく。
「す、すごい……」
隣のリリが包丁を持ったまま目を丸くする。
グリル野菜のチーズ和え。
パイ生地の包み焼き。
海老たっぷりのクリームソースパスタ。
一角牛のもも肉のステーキ。
あっという間に美しい盛り付けをなされた皿が四つ出来上がった。
「あの、リズさん。二品ずつって……」
「あ、ごめんなさい、つい作りすぎちゃった」
リズはぺろっと舌を出すと、皿を食堂に運んだ。
「でも、せっかくだから食べて食べて。ゼノスちゃん、ご飯よ」
診察室からやってきたゼノスが食卓を見て声を上げる。
「うお、なんだこの豪華な料理」
「やだ、ありあわせで作っただけよ。さ、リリさんも」
「あの、リリはまだ一品もできてなくて……」
キッチンから申し訳なさそうにリリが顔を出す。
「あら、そう……でも、冷めちゃうともったいないからとりあえず食べよう?」
「う、うん」
リリは食卓に腰を下ろして、目の前の料理を口に入れる。
「お、おいしい……!」
「ほんと、よかった」
安堵した様子を見せたリズは、ゼノスに視線を向ける。
「ゼノスちゃん、私、孤児院の後のことはまだ思い出せないけど、孤児院にいた時のことは色々と思い出してきたわ」
「そっか、それはよかったな」
「ほら、お腹がすきすぎて、大人の目を盗んで山に木の実を取りに行ったりして」
「ああ、懐かしいな」
「秘密基地の洞窟のこと覚えてる? あそこに泉があって、時々入ってたわよね」
「そうだな、孤児院には風呂なんてなかったし」
「マーカスちゃんが一回溺れかけた」
「底に珍しい貝があるって取ろうとした時だよな。結局ただの石だったやつ。あいつらしい」
「ヴェリトラちゃんは水嫌いで絶対入らなかったわよね」
「妙なこだわりのある奴だからな」
「……」
想い出話に花が咲いている間、リリは黙って料理を口に運んでいた。
やがて、夜も更けて全ての皿が空になった。
皿を持ったリリがキッチンに向かうと、食堂から二人の会話がした。
「美味かったよ、リズ姉。ありがとう」
「ううん、こんなものでよければ毎日作ってあげるわ」
「え……」
キッチンでリリはしゅんとうつむく。
作りかけだった一品は、キッチンの端ですっかり冷えてしまっている。
「……」
無言で皿を手に取り、ゴミ箱に傾けた。
その手を止めたのはゼノスだった。
「ちょっと待った。それっていつもリリが作ってる煮物だよな」
「あ、う、うん。まだ途中だったんだけど、もう……」
「待て待て。食材を捨てるなんて勿体ないぞ」
「で、でも、もう冷えちゃったし」
「冷えたくらいなんだ。孤児院の時は腐ったパンが最大のご馳走だったぞ」
ゼノスはリリの手から皿を取り上げると、料理を口に流し込んだ。
「うん、うまい」
「そんなことないよ、リズさんのに比べれば……」
「確かにリズ姉のは美味くてびっくりしたな。でも、リリの料理は落ち着くんだよ。いつも食べてる味だからかな」
「ゼノス……」
「ん? なんで泣きそうな顔してるんだ?」
「そ、そんなことないよっ」
リリはごしごしと顔をぬぐって、笑顔で言った。
「じゃあ、次は温かいの作ってあげるね、ゼノス」
その様子を壁の後ろから眺めていたリズは、悔しそうに親指の爪をきちりと噛んだ。
「……なんで。完璧な作戦だったのに……」
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さらにその様子を二階から覗いている半透明の女がいた。
「なるほどのぅ。まずは圧倒的な家事スキルの差を見せつけ心を折る。それだけに留まらず、相手が踏み入ることのできない二人だけの思い出話を繰り広げて敵を蚊帳の外に置きつつ、絆を思い知らせる。マウントの常套手段ではあるが、徹底しておる」
感心しながら、カーミラは続ける。
「しかし、一緒にいる時間は短くとも、絆という点ではリリも決して劣ってはおらん訳よ。なんせ治療院の立ち上げからずっと苦楽を共にしてきておるからの。しかも意外と侮れぬ。第一夫人の座につくのは容易ではないぞ、幼馴染よ。くくく……」
口の端を上げた後、カーミラはわずかに目を細めた。
「とは言え、幼馴染は多少オイタが過ぎるようじゃ。生者同士の営みに手を出すのは主義ではないが、どれ、ここにいる間は生首の女の悪夢を見る呪いくらいはかけておいてやるか」
むにゃむにゃと呪文のようなものを唱えた後、カーミラは形のよい顎をなでた。
「それにしても、幼馴染の女には執念のようなものを感じるのぅ。何か切羽詰まった事情でもあるのか……いずれにせよ、これで諦めるタマではあるまい。さて、どんな奥の手が飛び出すか」
そして、その時、女達の中心にいる闇ヒーラーは果たしてどのような選択をするのか。
乞うご期待……と不気味な声が二階にこだました。