第104話 本気のリズ様 vs 女達【中】
前回のあらすじ)ゼノスを落とすことにしたリズは、まずはリンガを遠ざけた
【セント・ファビラウス歴304年 六の月 十四日(午後)】
午後になってやってきたのは部下を数人引き連れたレーヴェだった。
治療院の外壁や柱の一部が崩れかけており、修理という名目のようだ。
「ありがとうな、レーヴェ」
「レーヴェさん力持ちだからとっても助かる」
ゼノスとリリが助っ人に向けて言った。
「ははは、我らの手にかかれば修理など一瞬だ」
レーヴェを筆頭に、オーク数人が木材を肩に担いで屋敷の周囲を歩き回っている。
「はい、皆さん、お茶をどうぞ」
冷えたお茶を盆に載せてやってきたのは居候のリズだ。
甲斐甲斐しく皆にコップを渡していく。
「最近暑い日も多いし、脱水には注意して下さいね」
にこにこと微笑みながら、まるで女房のようにふるまっている。
「しかし、まさかゼノスの幼馴染だったとはな……」
「ええ、リズと言います。いつもゼノスちゃんがお世話になっています、レーヴェさん」
「む……いや、世話になっているのは我のほうだ」
レーヴェはなんとも言えない表情で応じた。
リズは盆を置くと、ゼノスに近寄っていく。
「ゼノスちゃん、私にも何か手伝わせて」
地面に置いてある金槌と釘を手に取り、腕まくりをした。
「これをこの壁に打ち付ければいいのよね」
「そうだけど、できるのか、リズ姉?」
「孤児院の時も大工仕事は時々やらされてたから多分大丈夫」
「そういえば、そうだったな」
リズは釘を壁に当て、金槌をふりかぶる。そして――
「あっ」
とバランスを崩し、背中からゼノスに倒れかかった。
支える格好になったゼノスがリズに言う。
「リズ姉、大丈夫か?」
「あら、ごめんなさい。久しぶりだからうまくいかなくて……」
ゼノスに抱き着いたリズは、レーヴェにちらと視線を送った。
「む、むむ……」
「リズ姉。家のことはこっちでやるから、あまり無理はするな」
「そ、そうね、ごめんなさい。私、非力だから……」
眉の端を下げ、残念そうにレーヴェに向けて言った。
「こういう仕事は、力持ちにお任せしたほうがいいわね。私もレーヴェさんみたいな筋肉が欲しいわ……」
「む、むむむっ……」
すれ違いざまにリズはレーヴェに囁いた。
「ゼノスちゃん、細い娘が好きみたいですよ」
「むむうううっ」
レーヴェは呻いた後、肩にかついだ角材を突然落として膝をついた。
「お、おい、レーヴェどうした?」
ゼノスが問うと、レーヴェは荒く息を吐いて呻く。
「くっ、我も非力だからこんな角材は持てなかったのだ」
「……さっき軽々と振り回してたけど?」
「か、か弱き乙女である我には、この角材はあまりにも重すぎた」
「いや、何の話……?」
「す、すまない。ゼノス、今日は調子が悪いようだ。お前等行くぞっ」
レーヴェは部下のオークを引き連れて去って行った。
「……なんだったんだ?」
首をひねるゼノスの後ろで、リズは一人にやりと笑うのだった。
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夕方になって三人目の亜人の女首領が顔を出した。
「ゾフィア、どうした?」
「先生、うちのもんが世話になったみたいだね。礼を言いに来たのさ」
土産物の果物と治療費を持参してきたようだ。
診察机のゼノスが尋ねる。
「結局通り魔は捕まったのか?」
「それが後ろからいきなり刺されたみたいで、相手を見てないっていうんだよ。情けないねぇ」
ゾフィアは言いながら、お茶を持ってきたリズに目を向けた。
「あんた、リンガが運んで来たっていう行き倒れだね」
「ええ、リズと言います。どうぞ宜しくお願いします」
「噂は聞いたよ。先生の幼馴染なんだって?」
「そうなんです、目が覚めたらゼノスちゃんがいたのでびっくりしました」
「で、記憶を失って、しばらくここに厄介になると?」
「はい、そうなんです」
リズは一点の曇りもない瞳で答える。
ゾフィアはリズをじろりと眺めて、浅く息を吐いた。
「ふぅん……まあ、いいや。また来るよ、先生。少し頻繁にね」
「そうなのか?」
「ちょっと気になるからねぇ」
立ち上がったゾフィアは、リズを横目で睨んで言った。
治療院を出た直後、ゾフィアの背中に、声をかける人物がいた。
「あの、ゾフィアさん」
「……あんたか。なんだい?」
後ろ手に治療院のドアを閉めるリズを、ゾフィアが振り返る。
リズは辺りを見回した後、声のトーンを落として言った。
「あの、通り魔の件ですけど、ちょっと気になることがあって」
「……」
「私もちょうど現場の近くにいたんですけど、早足で現場から遠ざかるオークとワーウルフの二人組とすれ違ったんです」
「なんだって?」
「勿論、無関係な可能性もありますけど、一応伝えておこうと思って……」
「ふぅん……記憶喪失の割にはよく覚えてるじゃないか」
「目が覚めた後のことは覚えてますから。私、真面目に言ってるんです」
ゾフィアはしばらく黙った後、踵を返した。
「……ふん。一応覚えておくよ」
「ええ、よく覚えといてね。それがあなたの行動を縛るから」
遠ざかる背中に、リズは静かな声で語り掛けた。
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「ふむぅ……思ったよりやるではないか、幼馴染」
治療院の二階で、カーミラは尖らせた唇にペンを乗せて言った。
なんとリズはものの一日で亜人達をゼノスから遠ざけることに成功した。
正直、そこまでやるとは想像していなかった。
「リンガとレーヴェはともかく、ゾフィアは頭が切れるからのぅ。手こずるかと思ったが、うまいネタを持ってきたものじゃ」
ゼノスの仲介で和解したとは言え、亜人抗争が終結してからの日は浅い。
いつ火種が再燃するかは誰にもわからない中、通り魔事件にワーウルフやオークの関与を匂わせることでゾフィアを牽制した。
これでゾフィアは、リンガとレーヴェの動向を注視せざるを得なくなった。
微妙な情報を吹き込むことで、密に連携されるのを未然に防いだわけだ。
「うぅむ、いつまで傍観しておくか。幼馴染にここが乗っ取られるのも面白くはないが……」
カーミラはレーヴェ、ゾフィアの名前の右上にチェックを入れた。
ただ、残る名前に目を向けたカーミラは「じゃが、もう少し待つとするか」と不敵に微笑んだ。
「ヒロイン争奪レースもいよいよ大詰め。次の相手は弱そうに見えて意外と手強いぞ、幼馴染よ」
ヒロイン争奪レース
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