第103話 本気のリズ様 vs 女達【前】
前回のあらすじ)ゼノスの破格の力を知ったリズは、ゼノスを本気で落とすことに決めた
【セント・ファビラウス歴304年 六の月 十四日】
記憶喪失を主張する女を連れて、廃墟街を散策しに行ったゼノスが戻ってきた。
「記憶は結局戻らずか」
「ええ、ごめんなさい」
「いや、俺のほうも無理させて悪かった」
「ううん、ありがとう。こうなったら焦っても仕方ないし。ゆっくりいくわ」
ゼノスとリズという女が会話を交わしている。
「でも、通り魔なんて怖いね……」
エルフのリリがぶるっと身をふるわした。
貧民街で何か事件があったらしい。
「まあな。このところ貧民街は平和だったからな……」
ゼノスはそう言って、ちらりとリズに視線を向けた。
リズはにっこりと美しい笑顔を浮かべる。
「どうしたの、ゼノスちゃん?」
「ああ、いや……なんでもない」
屈託のない表情に、ゼノスが首を横に振ると、リズはぱんと手を叩いた。
「さて、それじゃあ、気を取り直して、私ちょっとお掃除させてもらおうかしら」
「え、それはリリのお仕事だから」
リリが言うと、ゼノスの孤児院の幼馴染は笑顔で答えた。
「いいのよ、お世話になってるんだから、私がやるわ。ほら、座ってて」
リリの肩を押さえて、椅子に座らせる。
腕まくりをしたリズは、雑巾を絞って手際よく掃除を始めた。
そして、ほんの小一時間で見違えるように部屋が綺麗になる。
「うん、まあ、こんなものかしら」
「おお、すごいな」
「すごい……」
ゼノスとリリが一緒に感嘆していると、リズははたきを持って階段の方に進んだ。
「後は二階ね」
「ああ、いや、二階はやめといてくれ」
咄嗟にゼノスが止めると、リズは首をひねった後、階段を見上げた。
どことなく不安げな顔でつぶやく。
「そうね……なぜかわからないけど私もやめたほうがいい気がするわ……」
トラウマが脳裏をよぎったのだろうか。
結局、二階の掃除はなくなり、その後、食材や薬の買い物にゼノスとリリが出かけ、居候の女が一人残ることになった。
てっきり買い物に一緒に行くと思っていたから、少し意外な行動だ。
戸棚を開けて、リリの裁縫道具を見ているようだ。
何をしているのかと思ったが、その意図がわかったのは少ししてからだった。
「ゼノス殿、リンガが魚を持ってきたぞ」
ワーウルフのリンガが籠いっぱいの魚を持って、治療院に顔を出した。
「あら、こんにちは。ゼノスちゃんは今留守ですよ」
対応に出たリズに、リンガは少し驚いた顔で言った。
「む。貴様は昨日の行き倒れ……なんだ意識を取り戻したのか」
「ああ、あなたがリンガさん。私を運んでくれたと聞きました。おかげで助かりました。本当にありがとうございます」
「ふん。ところでどうして今もいるんだ。よくなったならさっさと帰るがいい」
「それがショックで記憶喪失になってしまって……治るまでここで一緒に暮らそうってゼノスちゃんが」
「なんだと、ゼノス殿が一緒に暮らそう、だと……?」
リンガは驚愕に目を見開いた。
「そうなんです。ゼノスちゃんとは昔の知り合いで、私のことが心配みたいで」
「くっ……やっぱり助けるんじゃなかった」
微妙な火花が二人の間で散っている。
「……あれ?」
リズは何かに気づいたように、リンガの置いた魚入りの籠に近づいた。
「リンガさん。これはどういうことですか?」
「なんのことだ?」
「ほら、この魚。エラのところに針が入ってます」
魚を一匹持ち上げ、リズは何かを引き抜く。
指先に細い針をつまんでいた。
「どういうことですか、リンガさん」
リンガが目を丸くする。
「い、いや、知らない。この魚は今朝獲れたばかりで……」
「そういうことは聞いてません。怪我でもしたら、どうするんですかっ」
「ち、違う。リンガは――」
「実は前にもらっていた魚にも針が入ってたんです。リリさんが怪我しそうになって、ゼノスちゃん怒ってましたよ」
「そ、そんなはずはっ」
詰め寄るリズから、リンガは後ずさるように距離を取る。
「違う、違うんだっ、リンガはそんなことしない……そんなこと、しないっ」
リンガはそう言うと、逃げ出すように帰っていった。
その背中を薄目で見つめ、リズはつぶやく。
「ふふふ、待っていれば誰かが土産を持って来ると思ったわ。昨日もそうだったしね」
針を裁縫箱に戻し、リズは小さく笑った。
「まず一人……邪魔な女は全員排除するわよ」
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漆黒の闇に支配された二階。
一体のレイスが、日記帳を前に口の端をにやりと上げた。
「なるほど……そのための裁縫道具か。掃除をしたのも裁縫道具をしまっている場所を確認するため。くくく、やるではないか、新参者。ベタな手だが、いきなりやられると戸惑うかもしれん」
そして、リンガ、と書かれた名前の右上にチェックを入れる。
「リンガが一歩後退か。敵は一人とは言え、なかなか手強いぞ。なんせゼノスの女共は女子力という点では烏合の衆じゃからのう……」
耳にペンを挟んで、日記帳をぺらりとめくった。
「さて、新参者の幼馴染とゼノスの女達、どちらがゼノスを手にするか。くくく、予感通り面白くなってきたではないか……!」
カーミラは暗闇の中で、両手をおもむろに交差させた。
――いざ、尋常に勝負!