第101話 散策
前回のあらすじ)リズは記憶喪失を装いゼノスに傷をつけようとするが、防護魔法のせいでうまくいかなかった
「この辺りはどうだ、リズ姉」
「うん、よく、わからない」
その日、朝食を終えたゼノスは、リズを連れて廃墟街を散策していた。
さすがに記憶喪失は治癒魔法でどうにかなるものではないため、リズが倒れていた廃墟街をまわって記憶を刺激するのが目的だ。
「それにしても記憶がなくなるなんて、大変……」
一緒についてきたリリが、心配そうな顔で言った。
「リズさん、昨晩トイレと間違えて寝室に来ましたよね。最近の記憶も曖昧なんですか?」
「え、ええ、そうなの……」
リズがなぜか苦々しい表情で応じる。
その後、三人はかつて伝染病で滅んだ町をゆっくりと巡った。
廃墟。廃屋。腐りかけたあばら家。荒れ放題の墓地。
時間から取り残されたような風化した光景が続く。
「どうだ、リズ姉。何か思い出せたか?」
「ごめんなさい、思い出せない……」
「そうか……」
ゼノスは腕を組んで唸った。
「うーん……ちょっと散策する範囲を広げてみるか」
「範囲を広げる?」
「廃墟街で倒れていたからといって、ここに関係しているとは限らないしな。近くのエリアもまわってみよう」
首を傾げるリリに、ゼノスは頷いて続けた。
「廃墟街の近くって言えば、やっぱり貧民街だよな」
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廃墟街を奥に進むと、そこからは貧民が住むエリアだ。
建物の崩れ具合は廃墟街と似たりよったりだが、活気の面では正反対だ。
「よう、先生」
「おお、元気か?」
「あっ、ゼノス先生だ」
「はしゃぎすぎて前みたいにこけるなよ」
「先生、美人二人も連れてどうしたんですか~?」
「散歩だよ、散歩」
往来は亜人を中心とした人々で賑わっており、すぐにあちこちから声をかけられる。
時々立ち止まって話していると、様子を見ていたリズが怪訝な表情で言った。
「ねえ、ゼノスちゃん。随分と慕われてるのね」
「まあ、この辺りは割と顔見知りが多いしな」
「全然みんな怖がってなさそうだけど……」
「なんで怖がられるんだ?」
「だって、圧倒的な恐怖で支配している訳じゃないの?」
「いや、何の話?」
再会してからというもの、リズは時々よくわからないことを口にする。
今も額を押さえて「一体どういうこと……やっぱり変だわ……」などとぶつぶつ言っている。
大通りを抜け、迷路のような細道を曲がる。
難しい顔をしているリズに気を遣ったのか、リリが話題を振った。
「二人がいた孤児院って大変なところだったんだよね?」
リリの言葉に、ゼノスとリズは同時に首肯する。
「ああ、それはもうひどかった」
「牢獄のほうがましに思えるわね」
「院長のダリッツって奴がとにかくやばい奴でな」
細身でいつも青白い顔をしていた男。
まるで死神のような雰囲気で、顔を見るだけで子供はおろか大人の教官まで緊張していたのを覚えている。
ひととおり当時の愚痴で盛り上がった後、ゼノスはリズに尋ねた。
「ところで、記憶のほうはどうだ、リズ姉?」
「そうね……」
何かを悩んでいるように、リズは指先で顎をなでる。
その時、通りの向こうから小さな子供が数人駆けてきた。
そのうち一人がつまづいて派手にこける。
擦りむいて血が滲んだ膝を抱えて、火がついたように泣き始めた。
他の子供達もどうしようかとおろおろしている。
「ゼノス」
「ま、子供はあのくらいが元気でいいと思うけどな」
リリとゼノスは子供のところへ向かった。
「ほら、転んだくらいで泣くんじゃない」
「痛い、痛いよぉ」
肩をすくめたゼノスは、身をかがめて子供の膝に手を当てる。
「ほら、もう大丈夫だ。次からは気をつけろよ」
「あれ……痛くない?」
子供は不思議そうに首をひねった。
すりむいた膝は何事もなかったかのように綺麗になっている。
ありがとうお兄ちゃん――と言って、子供達は再び駆けて行った。
後ろに立っていたリズが、呆然とした様子で声を震わせている。
「あの、ゼノスちゃん……今のは……?」
ゼノスは振り向いて、ぽりぽりと頭をかいた。
「ああ、そうか。まだ言ってなかったよな。実は俺は治癒師をやってるんだ」
「へ?」
異様に驚いた様子で、リズが口を開けている。
「治癒師……? し、支配者じゃないの?」
「支配者って何の話?」
「で、でも、後ろ暗いことっていうのは……」
「一応、もぐりだからな。貧民だからライセンス取れないし」
「だ、だから、家に人体の本と薬があった……?」
「ああ、そうだよ。見られてたのか」
「……」
「リズ姉……?」
ゼノスはきょとんとして沈黙するリズを眺めた。
さっきの子供のような泣き顔で、リズはこう呻いたのだった。
「そ、そんなぁぁぁ……」
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